庶民の子だと馬鹿にされていた私が実は公爵令嬢だった

たけまる

第1話

 十四年前。薄暗い森の中、整備もされていない道で猛スピードを出しながら走る馬車があった。

「奥様、お逃げ下さい!」

 煌びやかなドレスを見に纏った女性が側で赤子を抱いている女性に声をかけた。外から馬の足音と銃声が鳴り響き馬車が蹴られる。それを皮切りに騎士の剣が交わる音が聞こえる。たちまち馬車は失速し、ついには止まってしまった。

「汚い私の服で申し訳ありません。ドアが開いたら走って下さい!」

 赤子を抱いた女性はドアが開いた途端に向かい側のもう一つのドアから外へ飛び出した。

「女が一人逃げたぞ!」

 後ろを振り向く暇もなく全力で森を駆け回り、だんだんとなんの音も聞こえなくなった。次第に雨が降り、雨の音だけが大きく聞こえてくる。女性はついに倒れこんでしまった。

「あぁ……シャーリー、貴女だけでも……」

 そう赤子に声をかける女性だが、次第に意識が薄れていく。

「あぁ、なんということだ!」

 薄れゆく意識の中、女性ははっきりと男性の声を聞いた。

「急いで我が家に運ぶのだ!」




 十四年後、現在。長くに渡り行われたここ、西の帝国と隣国との大戦は西の帝国の勝利として終戦した。それに伴い西の帝国では各地で戦勝祭りが行われていた。

 南部では庶民の市場で大いに祭りが盛り上がり、至る所で帝国を讃美する声が響き渡っていた。そんな市場に車椅子を押し歩く少女と車椅子に座る意識のはっきりしない女性が街並みを見て歩いていた。

「見てお母様、街が華やかに色付いているわ」

 うなづく事もなくただボーっとしている女性に少女は語りかけた。そこへ豪勢なドレスを見に纏い、左右に令嬢を従える一際目立つ金髪の少女が道を塞ぐように現れた。

「ご機嫌よう、エリカ夫人とハワード男・爵・令・嬢」

「ご機嫌よう、サンタナス伯爵令嬢」

 ここ南部を仕切る辺境伯の娘、ローズだった。艶めく金髪をくるりと巻き上げ、華美な帽子を被っている。

「ローズ様の行く道を塞ぐ不届きものは一体誰かと見てみれば……であるシャーロットなんてねぇ!」

 取り巻きの一人が嫌らしく少女に話しかける。少女の名はシャーロット。ハワード男爵家で過ごしている身元不明の養女だ。出生がわからない彼女は貴族から馬鹿にされたように庶民の子と呼ばれている。

「……すぐに退きますので……」

 シャーロットは車椅子を端に寄せ、ローズの道を開ける。取り巻きの一人がそんなシャーロットの足を引っ掛け、彼女は転んでしまった。

「あらあら、庶民の子は本当にどんくさいわねぇ」

「よしてあげてサラ嬢。父親がいないから大変なのよぉ~、シャーロット嬢は」

 クスクスと笑う令嬢たち。シャーロットは唇を噛み締めながらその場を後にした。

「大丈夫よお母様、あんな人たちよりお母様と残りの時間を過ごす方が大事だから。私は負けないわ」

 シャーロットの母エリカは歳を重ねるごとにだんだんと身体が弱っていき、今では歩く事も会話をする事もままならなくなっていた。そんな状態が続き、医者からは余命幾ばくもないと宣言されたばかりだった。

 シャーロットが母を抱きしめる。母はもう、シャーロットを抱きしめ返すほどの気力は残っていなかった。




 その頃、サンタナス伯爵家ではパーティの準備が執り行われていた。

「ローズの十四歳の誕生日パーティは盛大に祝うのだ! なんてったってあのレイモンド公爵様が南部に立ち寄られるからな!」

 恰幅のいい男性がワインを片手に使用人に命令する。その人物はこの屋敷の主人であり、ローズの父にあたるサンタナス伯爵だ。

「やはり南部のあの噂は本当でしたね、アナタ。戦争が終わり、真っ先に南部に公爵様が訪れる。その理由は……」

「そうさ! その理由はローズさ」

 伯爵のそばで煌びやかなドレスを見に纏う女性がニヤリと笑い、腕を絡める。

「十四年前、戦争が激化するなか妊娠中だったレイモンド公爵夫人は実家へ向かう途中女の子を出産し、敵に襲われた。その時生き残った公爵様の娘が南部にいる……それは正にローズなのです!」

 公爵と同じ金髪を持つローズは孤児院で伯爵夫妻に引き取られた娘だ。

「何のために孤児院を周り、金髪の女の子を養女にしたのか。それはこの時の為なのだ! ただ一つ気がかりな人間がいるな……」

「ハワード男爵家のシャーロット」

 彼女もまた、金髪を持つ少女だ。

「仮にあの娘が本物だったとして、公爵様は一度も娘を見たことがない。シャーロットの存在が知られなきゃ正真正銘、金髪の少女はローズただ一人。ローズこそ公爵家の娘だと信じるはずさ」

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庶民の子だと馬鹿にされていた私が実は公爵令嬢だった たけまる @Takemaru2736

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