第2話

人混みは嫌いだ。


そう思いながら、パーカーのフードを被って道を歩く。


歩きにくい。

気分も更に悪くなりそうだ。


ついさっき、友達と思ってたヤツに裏切られた。

待ち合わせ場所の手前で声もかけずに、引き返した。


スマホが何度も軽く震える。


電話の内容が聞こえるくらい大声で喋っていた事も僕があの時後ろにいた事も気づかなかったんだろうな。


もう全てどうでもいい。


暗い気持ちが、感情が。僕の心を埋めつくしていく。


そう感じた時だった。


『⋯やべ、迷った?』


いつもの道と雰囲気が明らかに違う。

道が変わったのか?


焦りながら灯りを探すと少し遠くに、薄明かりが見えた。


助かった。あそこで道を聞けば⋯


入口に⋯ランタン?だっけ?このちょうちんみたいなやつ。

何だか変わった店だな⋯

そう感じながらドアを開ける。


「⋯いらっしゃいませ。」奥のカウンターからバーテンダーがこちらを見た。


『あ、あの、客じゃ、な、くて⋯』

上手く話せない。

こんな時コミュ障過ぎる自分に腹が立つ。


「どうぞ、こちらへ。」

『あの、客じゃ⋯』

「そちらでは、きちんとお話が聞けませんから。」


⋯あぁ、そういうこと⋯

確かにここからじゃ聞き取りづらいかもな⋯


カウンターに近寄り、バーテンダーと顔を合わせた。

間近で見る顔は、男から見てもやけに綺麗な顔。

⋯悩みなんて、ないんだろうな。


「どうぞ、掛けてください。」

『いや、客じゃなく、て⋯あの、み、道を』


「ココロに何か、抱えてはいませんか?」


初対面なのに心の奥を見られた気がして、胸が更に苦しくなる。


『何を⋯言っ、て⋯どう、して⋯』


「今宵お話下さった事が、あなたのココロとカラダを潤します。」


僕は軽い目眩を感じた。


『⋯昔から友達と思ってたヤツに、裏切られて⋯』


もういいや⋯

何だか胸の内を話せそうな気がして、自然と話し始めた。


僕の話は拙(つたな)い。

語彙力は皆無に近い。

そう自分で思ってる。

だけど⋯何で今はこんなに話せるんだ?


僕が話していると、酒棚に置かれているグラスが光った。

バーテンダーはそのグラスを取り出し、僕の目の前に置く。


そしてボトルがひとつ、またひとつと光り出す。

バーテンダーは同じ様に、その光を集めてテーブルに置いた。


『⋯こんな僕を受け止める人なんて、誰もいないんだ⋯

結局、僕は⋯僕は誰からも!愛されないんだ!』


そう言った時、バーテンダーが口を開いた。


「お客様は、ご自分が傷ついても相手は傷つけない方の様ですね。

ですから⋯相手を許すか、受け止めて」

『無理だよ!!』


カッとなった僕は思わずバーテンダーの話を遮った。


『僕の話聞いてた?

聞いてなかったからそう言えるんだろ!?

無理だよ!

あ!あんなことされて!どう許せって言うんだよ!』


声を荒らげる僕を前にしても、バーテンダーは顔色ひとつ変えなかった。


「⋯言葉足らずでしたね。

失礼致しました。

ご自分を守るために、相手を許すか受け止めて差し上げるんです。

お客様自身がほんの少しだけ、変わればいいんです。」


⋯変わる⋯?僕が⋯?


「相手はもう変われないし、変える事も出来ません。

だったら諦めて、お客様が少しだけでいいから変わればいいんです。

⋯お辛かったですね。これが答えみたいです。」


そう言ってバーテンダーは仄かな甘い香りがするカクテルを差し出した。


『···これは···』


「ニコラシカです。

ここから導き出される言葉は[覚悟を決めて]

今宵はこの1杯が、あなたのココロとカラダを潤します。」


『覚悟を⋯決める⋯』


僕はカクテルを手に取り、グラスの上に置かれたレモンと砂糖を頬張った。

⋯口が甘酸っぱい。

グラスのブランデーを流し込むと、さっきまで感情を吐き出していた口を通り、気持ちが満たされてく⋯


そんな感覚を覚えた瞬間だった。


『⋯はっ?⋯えっ??』


さっきの人混みに再び紛れ込んでいた。


『⋯夢?』

今まで何をしていたのか記憶を辿ろうとした瞬間、スマホが軽く震えた。

スマホに目を落とすと、何十件かの着信。

そのままメッセージを見ると、表面上は心配そうな文面が並んでいた。


『⋯もういいんだ。もう。』

そう呟き、今まで友達でいてくれたアイツへの返信をタップし始めた。


まだ仄かに口の中に残る、甘い味を無意識に噛み締めながら。

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星降る月夜、宿り木の下で @screenwriterakari

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