第7話 石像には世俗は関係ない

部屋の静寂が重くのしかかる中、マイトリーはベッドに腰掛け、心の奥底で渦巻く不安を抱えていた。将軍ジェラードとの緊張状態が続き、彼の領地はいつ戦火に包まれるかわからない。マイトリーは、非暴力の道を信じているが、現実はその理想を押しつぶそうとしていた。


「カルヤーナミッタ、私は戦いたくないんだ。非暴力を貫きたいけれど、ジェラード将軍は私の領地を狙っている。この状況に、どう立ち向かえばいいのか……」


カルヤーナミッタ(石像)は、そこに静かに座っているだけだった。しかし、その冷静さの中に確かな答えを持っているように見えた。


しばらく静寂があった後、彼の静かな声が、マイトリーの心に響く。


「殺さないことは尊いが、現実を無視するわけにはいかん。心を浄めることも大事じゃが、行動がなければ何も変わらん。世間での問題は、瞑想では解決しないのじゃ。我らの道は世間から外れておる。真逆と言っていい。世間での人々は好んで戦い、そして苦しむ。我らの道は、人の苦しみを無くす、涅槃への道なのじゃから」


マイトリーは窓の外を見た。闇の中にある領地は静かに見えるが、外の景色は、いつジェラードの軍が動くかという緊張感が漂っていた。そして、目を逸らしたくなる。目を逸らして、集中瞑想に逃げ込みたくなる気持ちが生まれた。カルヤーナミッタの言葉がそれを止める。


「闘争の世界に止まる限り、瞑想しても問題は解決しとらんぞ」


「ここしばらく、善い行いを続けてきたつもりだ。確かに心は安らいだ。人も優しくなった。それでも、何も変わらない部分も見えてきた。そして、今にも殺されそうだ。どうすれば、この状況が改善するのか……」


カルヤーナミッタの声が、彼の疑問に答える。


「善行はカルマを変えて、未来を良くする力を持っている。だが、今すぐに結果を求めるな。カルマの影響は複雑で、未来を見通すことは難しい。お前が今どう行動するかにかかっておる。貴族として戦って勝つのも一つの方法だ。五戒を守り死ぬのもまた一つの方法だ」


マイトリーは、深く頷いた。彼はずっと瞑想だけに頼ってきたが、現実の問題から逃げていたのかもしれないと気づく。


「将軍との対立を避けたい。彼は力で解決しようとしているが、私はそれにどう対処すればいいのか……」


カルヤーナミッタは少しの間を置いてから答えた。


「慈悲の力は偉大だが、ジェラードのような因縁浅からぬ者には通じぬこともある。現実と理想のバランスを保ちながら、適切な行動をとるのじゃ」


深く息をつき、マイトリーは心の中でその言葉を反芻した。彼が抱える貴族の重責、その中での争いと裏切り、過去の全てが今を蝕んでいる。


「もっと平和でシンプルな生活を送りたい……。貴族の責務から解放されればいいのに。どうすれば、その道が見つかるんだろう」


カルヤーナミッタの声は、今度は少し軽やかだった。


「私の世界であれば、聖職者として専念する出家の道があるじゃろう。全てのカルマから解放され、執着を断ち切る生き方がのう。あるいは、石像になるのも一つの選択肢じゃ。誰にも期待されず、何もせず、ただじっと座っておるだけの平和な生き方じゃぞ」


マイトリーは思わず笑みを浮かべた。


「石像か……確かに、それなら誰にも迷惑をかけないし、問題もないな。」


カルヤーナミッタの声は穏やかだが、どこかユーモアを含んでいた。


「石像はな、何も考えず、何もせんからな。悪いカルマは一切生まれんぞ。しかし、お前は世間では多くの領民と家来を預かる公爵様じゃ。よく考えてみることじゃ」


マイトリーは深く息を吐き、窓の外を見つめた。空の色は暗いまま、何も変わらなかった。

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仏像転生 カルヤーナミッタの異世界寄帰伝 カルヤーナミッタ @shakushaku

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