第6話 王国の噂話

ソレル公爵家の嫡男であるマイトリー・カヴァリエール・ド・ソレル。


その名は、今や貴族社会全体にとって話題の中心となっていた。彼の非暴力での解決策や戦争回避の試みは、ただの理想論として一蹴されることもあれば、彼の大胆な決意と見なされることもあった。だが、貴族社会で起こるすべての行動は表面の美しさの裏に陰謀や権力闘争をはらんでおり、誰もが信頼できる相手ではなかった。


広間の中央に吊るされた巨大なシャンデリアが、まばゆい光を放っていた。貴族たちはその下で互いに笑顔を交わしつつ、心の中では自分の利益や権力を計算していた。


広間の一角、数人の貴族がワインを片手に低い声で会話をしていた。彼らは互いに耳を寄せ合いながら、表面的には冷静を保っていたが、その視線には確かな緊張感が漂っていた。


「最近のマイトリー公爵、どうやら将軍との戦いを避けたいらしいぞ。非暴力で何とかするつもりらしいが、あの将軍が相手だぞ。戦いなしで解決できるとは思えないな。腰抜けだ」


話の中心にいた一人が皮肉な笑みを浮かべながら言った。その言葉には、ただの非難以上に、王国での勢力争いにおける嫉妬や敵意が込められていた。ソレル家は王国北部の豊かな領地を持ち、工芸品や芸術で栄えるその文化的な影響力は、他の貴族たちにも劣らぬものであった。彼がこの争いで勝利することは、自らの権力基盤を揺るがしかねない。それ故に、彼らの非難にはある種の警戒心が含まれていた。


「剣を抜かずに友愛だと?笑わせるな。貴族の身で、剣を抜かずに済むとでも思っているのか?」


一人がさらに声を上げ、周囲の同意を得ようとするかのように顔を見回した。その冷笑的な視線には、何かしらの優越感が漂っていた。非暴力の戦略を取ることは、表向きには臆病者の行動として見られていたからだ。


別の男がその会話に加わった。その者はやや違った意見を持っているようで、落ち着いた声でこう言った。


「だが、彼は過去に無血で異民族を降伏させたという偉業を成し遂げている。彼には信頼できる度量があるのかもしれないぞ。あの第七遠征軍の硬柔入り交ぜた指揮、忘れたか?」


「度量だと?強大な将軍を前にして、あえて戦わない覚悟を決めるのはただの臆病者の言い訳だ。剣を振らずに戦争を避けるなんて、貴族のすることか?」


「ソレルの家名も、彼の代で終わるな。立派な装いの裏には、戦う力がないんだよ。結局は、勝負を避ける言い訳に過ぎん」


広間全体がざわめいていた。そこに集まる貴族たちは皆、外見上は高貴な振る舞いを見せていたが、心の中では激しい権力闘争が繰り広げられていた。誰が次の政治的優位を得るのか、誰が失墜するのか。その焦点が今やマイトリーに向けられていたのだ。


「だが、彼の主張する理想は本物だ。前は危なっかしい狼のような男だったが、今は成熟した大人になった。最近は、民主からの支持も高く、王からも見直されているそうだ」


それに応じて、一人が冷ややかな目を細めた。


「確かに、共感している者もいる。だが、それだけで将軍が手を引くと思うか?元々確執があるのに今更。甘い考えだな。あの男がそんなに簡単に折れるわけがない」


その言葉には、将軍の非情さと彼が持つ圧倒的な力に対する恐れがにじみ出ていた。広間にいる貴族たちもその点においては同意しているようだった。将軍は、力で敵を屈服させることを信条とし、その実力と冷酷さから多くの敵対者を震え上がらせてきたのだ。マイトリーがそれを知っていながらも非暴力で解決しようとしているということが、一部の者にとってはまさに無謀な挑戦に見えていた。


「だが、現実は厳しい。将軍はますます挑発的になっている。非暴力で収まらなければ、結局は剣を抜かざるを得なくなる。彼がどれだけ危険な橋を渡っているか、分かっているのか?」


「その通りだ。もしも解決できなければ、マイトリーの名声は地に落ちる。それどころか命を失うだろう。彼が失敗すれば、ソレル家全体が大きな危機に陥る。あの家は長い間栄えてきた名門だが、それだけでは戦いに勝てない」


マイトリーの状況を危険視する声が広がる中、もう一人の貴族が口を挟んだ。


「しかし、彼はこれまで常に冷静で合理的な判断をしてきた。北方の異民族を無血で降伏させた彼の手腕は、誰もが認めている。彼の判断が間違っているとは思えない」


「確かに、あの時の功績は誰もが称賛している。しかし、今回は相手が違う。あの将軍が耳を貸すとは思えん。戦場では冷酷さが求められるのだ。彼が戦いを避けるつもりなら、ソレル家に未来はないだろう」


「だが、それこそが彼の強さだ。戦場で剣を取らずに勝つ、それができるのは真の指導者だ。戦いの場に信頼を持ち込む勇気、それが彼にはある」


「それは理想論だ。現実を見ろ。もし将軍が彼に攻撃を仕掛けたらどうする?その時、剣を抜く覚悟がなければ彼は終わりだ」


「そうだな。いつか戦わねばならない時が来る。それを避けて通れると思っているのなら、彼は既に道を誤っているのだろう」


彼らの意見は分かれていたが、全員が一つのことには同意していた。それは、マイトリーの未来が今、非常に危険な分岐点に立たされているということだった。彼が非暴力で解決策を見つけることができれば、それは王国全体にとって新たな時代の幕開けを意味するかもしれない。しかし、失敗すれば、彼は自らの家名と共に奈落の底に落ちていく。


貴族たちは各々の思惑を胸に秘めながら、それぞれの視線を交わし、静かにその場を後にした。

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