第13話 結成

「というわけでさ。一緒に文化祭――」

「出ません」

「まだ言い切ってない!」


 放課後になり、バイトも一段落したところ、私が閃いたぴったりの人物を口説いていた。


「ステージで歌ったり踊ったりするんですよね?」

「そうだよ?」

「そんな見せ物できません」

「つれないこと言わないでよ、彩優」


 そう。私が見つけたうってつけの人物とは彩優だ。

 なぜそう思ったのかというと、彼女の運動神経は言うまでもなく、歌の方もとびきり上手いのだ。

 以前、歓迎会も兼ねて‘odd eye’のメンバーでカラオケに行ったとき、彩優は初めて来たというが、歌わせてみるとめちゃくちゃうまかったのだ。

 しかも、歌うのが難しいとされる最近のJ-POPだった。


『聞いたことあるの?』


 と聞いてみると、


『さっき聞きました』


 なんて言われた。


 殺しの才能もありながら、歌のセンスも抜群という、今回にぴったりの人材である。


「私と彩優で出たら、絶対盛り上がると思うんだけどさ」

「盛り上がる必要はありません」

「彩優は運動神経もいいし、歌もうまいしピッタリなんだよ。だからさ、一緒に出ようよ?」

「……そんなことをしている場合ですか?」

「うぐっ。そ、それは……」


 彩優に思いっきり白い目を向けられ、たじろいでしまった。

 私は賞金首だ。本来ならステージ発表なんてしている場合ではなかった。


「そ、そうだけどさ。二週間前に打診しちゃったから、今さら取り消せないというか……」

「つまり、灯里の尻拭いのために、一緒に出てくれと?」

「そうは言ってないじゃん」

「ですが、そういうことですよね?」

「……」


 彩優を誘おうと思ったのは、彩優が適任だったからだ。

 しかし、そんなつもりはなくとも、彩優からしてみれば、そういった意味に感じてしまうだろう。


「でもさ、他校の文化祭に出られるなんて普通はできないよ?」

「そんなことをしたくありません」

「……きっと楽しいよ」

「私は別に楽しくなくてもいいです」

「おねがぁぁぁぁい! お願いだから私と一緒にステージに出てよ! 他の人にも断られて、彩優にしか頼めないんだよぉぉぉぉぉぉぉぉ!」

「……はぁ」


 彩優にめちゃくちゃ深いため息をつかせてしまったが、今の私はなりふり構っていられなかった。

 なぜなら、このままでは悲惨な文化祭になってしまうからだ。

 それだけはなんとか阻止しなければならない。

 私は誠心誠意、彩優を泣き落とすしかなかった。


「そこまでよ、灯里。彩優も困ってるじゃない」


 みっともなく彩優にしがみついて懇願していると、奥から出てきた麻衣さんが止めてきた。


「師匠から言ってください。一緒に出なさいって」

「残念ながら、そんな命令を下すつもりはないわ。それに、ものすごく嫌がってるじゃない。今にもあなたを殺しそうなほど睨んでいるわ」

「え⁉」

「睨んではいません。呆れているんです」

「どっちも嫌だよ!」


 もはや、彩優には私にかける情けはなくなっていた。


「ちなみにクラスでは何をするのかしら?」

「コンセプト喫茶」

「喫茶店やるの? ならあなたにぴったりじゃない」

「だからこそだよ! いつも喫茶店で働いてるのに、なんで文化祭まで喫茶店で働かないといけないのさ!」

「あら。お化け屋敷よりはいいわよ。あれは作業が大変な上に、効率も悪いから行列ができちゃって、本当にめんどうくさいわ」

「師匠の学生時代ってかなり昔じゃないですか?」


 そう言ったら殴られた。


「痛っ!」


 頭に大きなタンコブができてしまった。


「ま、話が外れちゃったけど彩優の言うとおり、あなたは賞金首なんだから、文化祭ではおとなしくしてなさい。いつ、誰が、襲ってくるかわからないんだから?」

「……はぁい」


 ここまで話がまとまっては、これ以上は無理そうだ。

 トホトホと落胆して、テーブル清掃を続けた。


「こんにちは」


 そんなときだった。お店のドアがカランカランと鳴り、聞き慣れた声の持ち主が店内に入ってきた。


「颯斗! 来てくれたんだ」


 彩優の彼氏の颯斗くんはイケメンスマイルを振りまきながら、彩優に優しく手を振っていた。


「行くって言ったしね。それに、彩優にも会いたかったから?」

「……」

「あらあら、そんなセリフをナチュラルに言えるなんて、こっちまで頬が熱くなっちゃうわね」


 これがモテる男のムーブというやつか。やるな、颯斗くん。

 彩優も颯斗くんの前では形無しだ。


 ……ん? 待てよ?


 いいことを思いついた。


「あのさ、颯斗くん。折り入って相談があるんだけど、いい?」

「どうしました、新垣さん?」

「いや、実はね、私の学校で今度、文化祭があるんだけど、そこでステージ発表をすることになって、彩優と出ようと思ってるんだけど……」

「え? そうなの?」

「それに関しては断ったはずです」

「そうなんです! 誘ったんですけど断られちゃってぇ〜」


 わざとらしく語尾を伸ばして匂わせるような態度をとる。

 ここまでくればみんなも察しがつくだろう。彩優に至ってはジト目でこちらを睨みつけてきた。


 知らんぷり、知らんぷり。


「私の代わりに、説得してくれませんかねぇ?」

「僕、ですか?」

「彩優も颯斗くんの頼みなら聞いてくれると思うですよねぇ?」


 チラチラと彩優の方を見ながら颯斗くんにお願いしてみる。

 私が説得してダメだったものでも、颯斗くんが説得すれば絶対にうまくいくはずだ。


 さぁ! 私の代わりに彩優のことを説得してくれたまえ!


「でも、彩優は出たくないんだよね?」

「……うん」

「だったら、無理にやらせるのは良くないと思うけどな」

「そ、それは……」


 どうやら私は見誤っていたようだ。

 颯斗くんは紳士で、彩優の味方だ。彩優の意思を尊重できる完璧な彼氏である颯斗くんは、彩優の嫌がることは絶対にしなかった。

 彩優も「ほら見ろ。颯斗は私の味方なんだ(想像)」と言っているような目をしている。

 そんな簡単にうまくいくはずもなかった。

 だが、そんなものは想定内だ。


「でもさ、颯斗くんは彩優が歌って踊ってかわいい姿とかさ、見たくない?」

「歌って踊る?」

「ステージ発表で歌とダンスをしようと思っているんだ。かわいい衣装着て、かっこよく踊ってる姿とか、見てみたいと思わない?」

「それはまぁ、見てみたいですが、彩優がやりたくないならやらない方が」

「やります」

「え?」


 よし! 釣れた!


「やりたくないんだよね?」

「でも、颯斗は私のかわいい姿が見たいんですよね? かっこいい姿が見たいんですよね?」

「そ、それはそうだけど……」

「ならやります! 颯斗にかっこかわいい姿を届けてみせます!」


 先ほどのやる気のなさはどこへいったのか、今はやる気に満ちた表情をしている彩優。

 もはや、誰も彼女を止められなかった。


「あんた、汚いわね」

「まぁまぁ、いいじゃん」


 師匠に耳打ちされたけど、そんなのは関係ない。

 それに、彩優にとっても楽しい思い出になるはずだ。


「そういうわけだから、颯斗くんも文化祭を見にきてね」

「あ、あぁ、もちろん」


 目の前の状況が変わったのに戸惑った様子だったが、デートの機会もあげたんだから、逆に感謝してほしいくらいだ。


「よし! そうと決まれば練習だ! 私たちのユニット名は『アカリトアヤ』だ!」


 こうして、私たち『アカリトアヤ』は、文化祭でのステージが決まった。


「『アカリトアヤ』って、安直すぎるでしょ……」

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オッド・アイズ 君塚直紀 @KimitsukaNaoki

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