第12話 すっかり忘れていた

 私、新垣灯里は誰かに狙われているらしい。

 昨日、任務の帰りに懸賞金三千円がかけられていると判明した。

 正直、私を狙うには安すぎると思ったが、狙われていることには変わりない。

 このまま手をこまねいていれば、殺されるのは自明の理。それは私としても良くない。


「なんとかしないとなぁ〜」


 お昼休み、私は学校で弁当を食べながら、思わずつぶやいていた。


「また青春したいとか?」

「いや、今回はそれじゃない」

「あれ? 灯里っちにしては珍しいね。いつも『青春したぁ〜い』とか言ってるのに」

「いつもの青春コンプレックスはどうした?」

「何そのイメージ?」


 ひどすぎるわ。


「じゃあ何よ?」

「まぁ、大した話じゃないからさ」


 そう。そんなにたいした話じゃない。

 ビンゴブック発行機関のビンゴブックに私の名前が書かれていて、三千円の賞金首になっちゃったんだよねぇ。


 なんて言えるか!


 心配してくれるのはありがたいが、残念ながら詳細は話せない。

 彼女たちは私の家業を知らないのだから。


「ま、どうせすぐ解決するんでしょ?」

「灯里っちはいつもそうだもんね!」

「悩んでるかと思えば、数分後にはそんなこと忘れてるとかしょっちゅうだもんね」

「そうそう。青春したいとか言ってるけど、数分後には忘れてるしね。あぁ、いつものね、みたいな気分だよ」

「それってひどくない?」


 本当にひどい。


「元気出しなって、もうすぐ文化祭だってあるんだから」

「ん? 文化祭?」

「あれ? 覚えてない? 来月の文化祭だよ」

「……あぁ、そういえば」


 指名手配の件ですっかり忘れていたが、日浦高校では来月の六月に文化祭がある。

 まぁ、至って普通の文化祭だ。それ以上でもそれ以下でもない。

 だが、クラスの出し物の他にステージ発表というものが存在し、申請すれば誰でも参加が可能なのだ。


 しかも、特筆すべきはこの学校の生徒が参加していれば、他校の生徒も参加が許されているという点にある。

 それほど多くはないが、部活以外でバンド活動をしている学生などは、バンドごと参加する場合もある。


「灯里はステージ発表とかするの?」

「なんで私が?」

「こういうの出たがりじゃん?」

「まぁ……」


 常日頃から『青春したい』と渇望している私からすれば、文化祭という青春イベントを逃すわけにはいかない

 しかし、今は仮にも懸賞金がかかっている身だ。

 出ないほうがいいし、モチベーション的にも出たくはなかった。


「琴音は出ないの?」

「出るわけないじゃん」

「結衣は?」

「見てる方がおもしろい」

「だよね〜」


 元々、二人が出ないのはなんとなくわかっていた。


「まぁ、今回は私もパスかな」

「やっぱり珍しい。灯里っちが出ないなんて」

「私も諸事情があるしね。たまには見てまわるのも良いかな」


 今から準備と言っても時間がないし、今回はおとなしくしていよう。

 そう思ったのも束の間だった。


「おい、新垣はいるか?」


 突然、教室に担任の先生がやってきた。

 いつもは職員室でご飯を食べているはずなのに、珍しいこともあるものだ。


「はい、いますけど」

「おお、いたいた。はい、これ」

「? なんですか、これ?」

「ステージ発表のメンバー申請書だ」

「? なんでこれを私に?」

「何言ってんだ? 二週間前にお前が出たいって言ったんだろ?」

「……あ!」


 そう言われて思い出した。

 私は二週間前のホームルームでステージ発表に参加すると先生に伝えていた。

 先生はそれを覚えていて、こうして申請書を持ってきてくれたのだ。

 すっかり忘れてた。


「ちなみに、枠は押さえておいたから、途中でやめるとかできないからな」

「……マジっすか」


 これは……大ピンチじゃね?


 用事を済ませた先生はすぐに教室を出ていき、私は自分の席に戻った。


「……琴音は」

「いやだよ」

「……結衣は」

「私も〜」

「……どうしよう」


 突然のイレギュラーに動転しまくる私。

 応募をすっかり忘れていただけでなく、何をやるのかも全く決めていない。

 あと一ヶ月しかないというのに、これでは到底間に合わない。

 このままでは一人で漫談をする羽目になってしまう。


 なんとかしなくては……


「けど、どうすれば……」

「相澤とかは? 誘ったら出てくれるんじゃない?」


 私がメンバーに悩んでいると、琴音から意外な人物の名前が出てきた。


「え、なんで侑なの?」

「あいつならノリ良さそうだし、なんかやってくれるかもよ?」

「侑と二人で何すんのよ?」

「……夫婦漫才とか?」

「絶対ヤダ!」


 人生に数回しかない文化祭を、よりにもよって幼なじみと、しかも漫才を、恋人でもないのに夫婦漫才をしなければならないんだ!


「じゃあ他に誰かいるわけ?」

「……それもそうだけどさ」

「灯里っちと相澤くんが出れば大ウケ間違いなし!」

「絶対にヤダ!」


 二人はどことなくノリノリだけど、それだけはありえなかった。


「なんの話してんだ?」


 だというのに、空気を全く読まない侑が私たちの会話に割り込んできた。


「お、噂をすればじゃん」

「俺もいるよ」

「あんたの噂はしてない」


 相変わらず、斎藤くんにそっけない琴音。


「僕の名前が聞こえてきたんだけど、何か用か?」

「絶対にヤダ!」

「何が⁉」


 侑が来たからか、先ほどの提案が鮮明にイメージされて、ものすごく嫌な気持ちになり、つい口走ってしまった。


「えっとね。灯里が文化祭のステージに出るみたいだから、相澤くんでも誘ってみたらって?」

「なんで僕が?」

「誘ったらすぐ承諾してくれそうだから」

「だから、何回も言ってるけど、それはありえないから!」

「あぁ、こっちだって願い下げだね! なんでこんな色気もない女と一緒に青春の思い出を作らないといけないんだよ!」

「誰が色気ないだコラァ!」


 結局はいつもの繰り返しだった。


「本当に出ないのかい? チャンスじゃないの?」


 何やら小声で斎藤くんが侑に耳打ちしていたが、小さすぎて聞き取れない。


「チャンスかどうか知らないが、僕は文化祭実行委員だ。根本的な話、そもそもステージに出られないんだよ」

「え? 侑って実行委員だったの?」


 うちの文化祭では、実行委員はステージに出られないという謎ルールが存在する。

 一説には何かトラブルがあった際に、すぐ対処できるようにするため、とかなんとか。


「そう。だからそもそも出られない。ま、仮に出られても、こっちから願い下げだけどな」

「それはこっちのセリフだし!」


 無駄な話ばかりしすぎて、話が全然進まない。


「そもそも、灯里はステージで何する予定なんだよ?」

「まだ決めてない」

「意気込むのは勝手だが、締め切りまで五日しかないぞ。それまでに演目とメンバーを探さないと、お前の青春は悲惨になるぞ?」

「そんなことわかっとるわい!」


 こちらの焦りを煽るような言い方をしやがって、本当にムカつくやつだ。

 けれど、侑の言うとおり、早くなんとかしないと悲惨な結果になってしまう。

 現実的に、今の状態で、期間内にできることと言えば、


「歌って踊るくらいしかできないか。歌がうまくて運動神経がよくて都合がつくメンバーが……」


 そこである人物がひらめいた。


「ひらめいた!」


 自分の天才的な思いつきに、ついガバッと立ち上がり大きな声を出してしまう。

 そのせいで、周りのクラスメイトたちが一斉に注目してきた。


「確か、他校の生徒も参加していいんだよね?」

「あぁ、そうだが?」

「ふふ。いるんだよねぇ。歌がうまくて運動神経がいい、うってつけの同級生がさ」

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