第11話 WANTED新垣灯里

「これは……困ったわね」


 テーブルの真ん中にある、一冊の本を見つめ麻衣さんは困った様子を見せていて、全員が困惑した表情を浮かべていた。

 事の発端はさっきの依頼だ。

 殺し屋家業を生業としている五名の集団を殺し終わり、帰ろうとしたところ、敵が所持していたビンゴブックを発見。

 パラパラめくると、そこにはこう書かれていた。


〈WANTED 新垣灯里 懸賞金三千円〉


 なんと、灯里が賞金首になっていたのだ。

 喫茶店に戻ってきた私たちは、早速話し合っていた。


「これって、どうしたらいいんでしょうか?」


 私もこのようなケースは経験がない。

 誰かに恨まれる前に殺してしまうし、学校でも人との関わりを断っている。

 逆恨みされることはない。


 だが、良い意味でも灯里は、人とのつながりを大事にする。

 知らず知らずのうちに恨みを買っているかもしれない。


「う〜ん。彩優、ビンゴブックのシステムを知ってる?」

「はい。確か……」


 ビンゴブックを発行している機関の仕組みは至ってシンプルだ。

 殺してほしい人物がいた場合、機関に依頼し、ビンゴブックへ記載される。

 その際、機関への依頼分と成功報酬を加えた金額を提示する。

 金額の幅はピンキリで、少額からでも依頼できるらしい。


 ただし、少額すぎると誰もやってくれないというデメリットも存在する。

 したがって、記載されれば必ず実行されるわけではない。


「この場合、ビンゴブックのターゲットが死ぬか、依頼者が取り下げるか、もしくは依頼者が死ぬかのどれかしかないわ」

「ということは、依頼者を殺すしかないと?」

「このまま何もしないでいると、灯里が一方的に殺されるだけだしねぇ」


 現実問題、仮に犯人が見つかったとしても、取り下げるとは思えない。

 なら答えは一つ。依頼人を調べ上げて殺すのが、我々にとって最善の選択肢だ。


「じゃあ早速調べましょう。遊矢くん、すぐに調べてください」

「彩優さん、それは無理だよ」

「どうしてですか?」

「相手はビンゴブック発行機関だよ。簡単に調べられるわけないよ」

「遊矢くんでもですか?」

「……そこまで言うなら」

「やめなさい、遊矢。カッコつけてもカッコ悪くなるだけよ」


 引き受けようとした遊矢くんを食い気味で止めに入る麻依さん。母親に止められて少しばかりムッとした様子だったが、すぐに落ち着きを取り戻していた。

 遊矢くんにしては簡単に引き下がるのは珍しかった。


「いくら遊矢でも無理よ。相手はビンゴブック発行機関、殺し屋業界が手を余している組織。一般のハッカーじゃ、ね?」


 私も全容は知らないが、簡単に入り込める組織ではないと知っている。

 対処が簡単な組織なら、ここまで手をこまねいているはずがない。

 その難しさは熟練の麻衣さんの方がよくわかっているのだろう。


「遊矢くん。気持ちだけ十分ですから。ありがとうね」

「……ごめん」


 悲しそうな顔をしているが、こればっかりはしょうがない。

 私も少しだけ申し訳ない気持ちになる。


「で、さっきから黙っている灯里はどうなんですか?」


 隣でじっと黙っている灯里に向けて言った。

 この話は灯里のためにしていることだ。

 なのに、先ほどから一言も話さない。

 自分が狙われている自覚があるのか?


「……許せない」

「……」


 よく見ると少し震えていた。

 怒るのも無理はない。

 ビンゴブックに載っているということは、誰かが自分を狙っているということだ。

 その人に怒りを覚えるのは仕方がない。


「……どうして」

「……」

「どうして私の懸賞金がこんなに低いんじゃあい!」

「……え?」


 灯里の予想外の反応に、思わず素っ頓狂な声が漏れる。


「そこですか?」

「だって、私を殺そうとしているのに三千円って。安すぎやろ! 私の価値は三千円ってか!? 舐めるのも大概にしろよな!」

「……」


 心配して損した。

 こんなことを思ったのは生まれて初めてだ。


「もう知りません。あとは勝手にやってください」

「あぁ。そんなつれないこと言わないでぇ!」

「こっちは心配してるんです。それなのに全然危機感がないじゃないですか」

「いやいや、危機感は感じてるよ。仮にも狙われているわけだしね」

「じゃあどうして、そんな感じなんですか?」

「うーん……ま、なんとかなるでしょ!」

「なんとかって……」


 危機感があるとか言っておきながら、まるで感じない。

 どこまでも呑気なものだ。


「でも、心当たりとかないの、灯里ねぇちゃん?」


 遊矢くんが根本的な質問をした。

 何か心当たりがあるのなら、それを取り除くのが一番手っ取り早い。


「う〜ん。何かあったかな?」

「例えば、学校で恨まれているとか?」

「いや、そんなことないと思うけどなぁ」


 まぁ、灯里はこういう性格だ。

 恨まれていても気づかなそうだ。


「とにかく今は情報を集めるしかありませんね」


 対策もろくに出来ない。

 様子見しか私たちにはできなかった。


「ま、なんとかなるでしょ!」

「またそれですか? 殺されかけているんですよ?」

「平気だよ! 返り討ちにしてやる!」


 そう言った灯里はシャドーボクシングをして、徹底交戦をアピールしていた。


「はぁ〜。どうしてこんな感じに育ったのかしら?」

「灯里は最初からこうだったんですか?」


 ため息まじりにしみじみつぶやく麻衣さんに聞いてみる。


「最初からこんな感じだったわ。売られそうになった時もアホっぽい顔をしてたし」

「……そうですか」

「ま、今でもアホっぽい顔をしてるしね」


 確かに……


「ちょっとそこ! 誰がアホっぽいって?」

「灯里ねぇちゃんのことだよ。もう少し自分で鏡見た方がいいよ?」

「なんだと遊矢!」


 バカにされた灯里は遊矢にヘッドロックをかます。

 絞められた遊矢くんはみるみるうちに青ざめていった。


「その辺にしたらどうですか?」

「……ま、この辺で勘弁してやるよ」


 拘束していた遊矢くんを解放する。


「……やっぱり彩優さんの方が優しい」

「なんだと遊矢! もういっぺんやってやろうか!」


 火に油を注ぐとはまさにこのこと。

 灯里はもう一度締め技を試みるが、何度もかかるほどバカではなく、今度は灯里から逃げ始める遊矢くん。

 部屋中をぐるぐる追いかけっこが始まってしまった。

 もはや、ターゲットにされていることなど忘れているようにすら感じる。


「はぁ〜。自分の立場、わかってますか?」

「わかってるよ」

「だったら、もう少しちゃんとした方がいいですよ?」

「大丈夫だって、だって誰が来たって負ける気しないしさ。それに」

「それに?」

「彩優もいるしね!」

「……」


 どこまでも楽観的すぎて、どこか気が抜けそうになる。

 本当に解決できるのだろうか?

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