第10話 狂った私

「あぁ……最悪だ」


 声にならない呟きが喉の奥で詰まった。目の前には、冷たく横たわる男たち。黒いスーツが赤く染まり、血がじわじわと床を浸していく。


 これが、初めて人を殺した光景。


 私はその場に立ち尽くし、ただ、焦点の合わない目で彼らを見下ろしていた。心臓は激しく打ち続けているのに、体は動かない。頭の中は真っ白だ。


「私……人を……」


 言葉が途切れる。震える声で何を言おうとしているのか、自分でもわからなかった。


――銃を持てば、簡単だよ。殺すことなんて、すぐにできる。


 麻衣さんがそう言っていたのを思い出す。確かにそうだった。相手は銃を構え、私を殺そうとしていた。反撃しなければ死ぬ、それだけはわかっていた。私だって訓練を受けていたし、動ける自信はあった。でも……。


「本当に、私がやったの?」


 足元には、倒れた男の血がじわりと広がっていく。視界がぼやけ、足元がぐにゃりと揺れた気がした。背筋に冷たいものが走り、思わず目を閉じた。


――銃声。


 最初の男を撃った時の音が、まだ耳に残っている。彼の目が大きく見開かれたまま、動きを止めて倒れた瞬間、私は無我夢中だった。殺さなければならない、それだけを考えていた。


 でも、どうして今は何も感じられないんだろう。


 私はこれからもこうやって、人を殺していくのか。


 胸の中がじわじわと冷たくなっていくのを感じながら、私はゆっくりと深呼吸をした。戦いは終わったはずなのに、まだ体中が緊張している。手が震えているのがわかる。それでも、銃を握りしめたまま、指は固まって離れない。


 これが私の道なんだ。


 殺し屋としての道を選んだ。選ばされた。麻衣さんに拾われ、命を救われた時、私はもう普通の少女ではなくなったんだ。そう、あの時からもう後戻りはできなかった。


「……笑うしかないか」


 乾いた笑みが自然と浮かんだ。こんな状況で笑うなんて、自分でもいかれていると思う。けれど、笑わなければ自分を保てない。目の前の血だまりを見ながら、私はかすかに唇を動かした。


「これが私の人生か」


 選んだわけじゃない。けれど、誰かが選ばなければならなかったのだ。普通の生活を送ることができない私が。


「……もう、戻れない」


 吐き出すように呟いた言葉が虚空に消える。

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