第9話 正義の殺し屋

 倒れた男の背後には、灯里の姿があった。


「な、なんだ、お前!」

「通りすがりの女子高生ですが何か?」


 すっとぼけた顔で事実とも取れる発言をする灯里。

 それを見て、敵はものすごくイラついていた。


「普通の女子高生が銃なんて持つか!」

「……は! 確かに!」


 灯里は今日一番の驚き顔を見せる。


「私はもう、普通の女子高生にはなれないのか……」

「今更なにを言ってるんですか?」


 この状況でするような会話ではないが、灯里らしいと言えば灯里らしい。


「な、なぜ、仲間が来ている。別の場所にいたはずじゃ⁉」

「まだわかりませんか? どっちがダマされたのか?」

「ど、どういうことだ?」


 敵の動揺をよそに私はネタバラシを続ける。


「彩優が一人で来るという情報を一方的に手に入れたと思ったかもしれませんが、実は、握らされた情報だったら?」

「……は! まさか!」

「彩優はさっき言ってたよね。まんまと罠にハマったって」


 そう。最初からこうなることはわかっていた。

 この任務をするにあたって、敵の情報を掴むところからスタートした。


 しかし、情報を得ている段階で不自然な点があった。


「おかしいと思いました。あなたたちがやった殺しがとても三人ではこなせない内容です。そこで私たちはある仮説を立てました。実は三人組ではなく、複数の犯行ではないか? と」


 遊矢が手に入れた情報では、その仮説が一番しっくり来ていた。


「そこからは簡単です。仮説をもとに検証していくだけです」

「……だが、どうして仲間がここにいる?」

「それはねぇ〜。それもガセネタだったりしてぇ〜」

「!」


 盗聴されていたのも最初から知っていた。

 あえてそれを盗聴させ、私一人の単独犯だと思わせ、灯里に不意打ちをさせる準備をさせた。


「ですが、この作戦は私が考えたものではありません。私たちには優秀なメンバーがいますからね」


 この作戦を考えたのは、他でもない遊矢くんだ。

 敵の情報から仮説、推測、盗聴を利用したアイデアなど、今回の作戦の全て考え、実行に向けた張本人。


 さすがのわたしもその思考力に恐怖を覚えたものだ。


「ま、遊矢は頭の作りが違うからねぇ」

「はい。今回は遊矢くんの手柄ですね」

「でも、作戦とはいえ愛の告白は本人の前でしたほうがいいよ?」

「……あれは忘れてください」

「ダメ。後で颯斗くんに教えてあげるね」

「……灯里、後ろには気をつけてください」

「ごめんごめんうそうそうそ! 冗談だって!」


 もはやこの場にあった緊張感はどこかに霧散し、私たち二人は普段通りに会話するのに対し、残っている五人の敵は青ざめた表情を浮かべていた。


「……ふざけるな! 人数ではこっちが勝ってんだ。有利なのは変わってねぇ! テメェらをここで殺す!」


 まるで自分を鼓舞するように大声を張り上げる。

 それに呼応するように他の男たちも銃を構え直す。


「準備はいいですか。灯里?」

「いつでも。そのために来たんだから。ね、彩優?」


 お互いに顔を見合わせる。

 でも、なぜだかこんな状況でも自然と不安はない。


 自分でも不思議に思う。

 灯里となら何も怖くないと。


「やっちまえ!」

「「「「おお!」」」」

「こっちも行きますよ!」

「ほいキタァ!」


 敵が掛け声と共に私たちに一斉に発砲する。

 室内にいては分が悪いと思った私たちは、一旦外に避難した。

 銃弾に気をつけ、こちらも銃弾で牽制しながら外に出る。

 当然、敵もそれに続き私たちを追いかける。

 それを灯里が銃で持って牽制し続ける。

 その間に、外にあるリビングに通じている窓から侵入し、挟み撃ちにする作戦だ。


 だが、それを察知したのか、一人の敵がリビングに入り込んだ。

 おそらく、私たちの作戦の裏をかくため、あえてそこに向かったのだろう。


 しかし、それこそが陽動。

 逆に挟み撃ちできると踏んだ敵はトビラの方に徐々に近づき、外に出ようとする。

 これ以上近づくのはまずいと判断し、灯里がトビラから離れる。

 背中を向けて走り出した灯里を追うようにトビラから出ようとしたところを、物陰に隠れていた私が眉間に銃弾を打ち込む。

 私がリビングの方に向かったと見せかけて、物陰から扉の近くにきた敵を撃ち込む。

 まんまと罠にハマった敵はトビラの近くで倒れた敵を見て、驚きを隠せなかった。


「まずは一匹」


 残りは三人だ。

 だが、こちらの方にいるのは二人。あとの一人は灯里の方だ。


「この!」


 残っていた二人。のうちの背の高い方が、私にパンチをくらわせようとした。


 それを簡単に避ける。


「なに⁉」

「あなたたちの情報はすでにつかんでいます。一番背の高い男がキックボクシングの使い手だと。ですが」


 渾身の右ストレートを避けた私は、そのまま懐へと潜り込み、敵の腹部に右左とパンチをくらわせたあと、キックを一発ぶち込んだ。

 攻撃をまともくらった敵はその場に腹を抱えて倒れてしまった。


「誰も近接戦闘ができないとは言ってません」


 倒れたところを見逃さず脳天を撃ち抜く。

 残りは二人。こっちの担当は一人だ。


「くそ!」


 残った一人はパニック状態に陥り、手元の銃を乱発していく。

 当然、デタラメに打たれた銃弾が当たるわけもなく、カチカチ、っと虚しい音が響きわたった。

 どうやら敵の銃は弾切れになってしまったみたいだ。


「くっそぉ!」


 銃を床に投げ捨て、なけなしの勇気で私に近接戦闘を挑んできた。

 こいつは情報にあった通り、空手を習っていた中くらいの身長の男だ。

 空手特有の鋭く、キレのあるパンチやキックが繰り出されていく。


 だが、この程度の攻撃など、私にとってはどうってことはない。

 むしろ、これくらいの実力ならば、殺し屋養成学校にいた同級生の方がよっぽどすごかった。


「残念ですが、もう終わりです」


 敵の攻撃をいなし、頬に一発、腹部に一発、顎に一発、最後は回し蹴りで脳天を直撃し、トドメの一撃に銃弾を打ち込んだ。


「残るは灯里の方ですね」


 窓ガラスを割って、リビングで戦闘しているはずの灯里の様子を見に行った。

 割れた窓ガラスから中の様子を恐る恐る覗く。


「あ、彩優! 見て見て!」

「何してるんですか?」

「チャンバラごっこ!」


 笑いながらそう言った灯里は、敵が木刀を振り回しながらも、その攻撃全てを手元に握られたテレビリモコンで受けきっていた。

 確か、情報によれば一番身長が低い敵は剣道を嗜んでいたはずだ。


 なのに、まるで赤子の手を捻るように笑いながらいなしていた。

 心なしか敵も涙目になっているような気がした。

 敵ながら同情すら覚えてしまう。


「はぁ。早くトドメを刺しちゃってください」

「それもそうだねぇ」


 間延びした返事をした灯里は、テレビリモコンを振り上げ、木刀を敵の手から弾き飛ばした。

 武器を失った敵は戦意を喪失し、その場にへたり込んでしまった。


「……その笑いながら戦う真っ赤な髪の毛の女に、どんな状況でも冷徹な表情を浮かべる青髪の女の二人組……。もしかして、〈オッド・アイズ〉か?」

「あれ、私たちのこと知ってるの?」

「……この世界で知らないやつなんていないだろ?」

「あっそ。じゃあ、あんたの履歴に書き加えておいてよ」


 銃を構えながら、微笑みを浮かべる灯里。


「あんたを殺した。正義の殺し屋だって」

「……ごめんだね」


 手元の引き金が引かれる。

 任務完了。敵の一掃に成功した。


「はぁ〜。今日は一層疲れましたなぁ〜。このあと銭湯でも行かない?」

「ダメですよ。報告書とか報奨金とかやることがいっぱいなんですから」

「えぇ〜。少しくらいいいじゃんかよぉ〜」

「ダメです」

「あ〜あ。颯斗くんに彩優が愛の告白をしてたって言っちゃおっかなぁ〜?」

「……少しくらいなら」

「よっしゃあ!」


 ガッツポーズをとる灯里。

 殺しの後だというのに呑気なものだ。

 それも師匠ゆずりということか。


「さ、銭湯に行こう!」


 そう言ってこの場を後にしようとした。

 そんなときだった。


「ん? これは何ですか?」


 私は足元に転がっていた一冊の本に気づいた。

 興味本位で拾い、中をパラパラとめくる。

 どうやら、敵が持っていたビンゴブックだったようだ。


 しかし、そこには私が知っている名前も書かれていた。


「これって……灯里?」 

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