第8話 任務

 次の日、私――桜木彩優は、いつもの日常を過ごし、放課後、本業である任務に向かっていた。

 時刻は十八時。学校が終わってから一時間しか経っていない。

 颯斗には「一緒に帰らない?」とラインがきたけど、用事があると断ってしまった。正直、一緒に帰りたい気持ちが強かったが、心を鬼にして断った。


 そして今、物陰に隠れ、ターゲットのいる屋敷を見ていた。

 庭には花が植えてあり、玄関の周りにはジョウロとかが置いてあった。

 どこからどう見ても普通の一軒家。

 だが、ここには人を殺して金を稼ぐ、賞金稼ぎを生業としている輩がいるらしい。

 裏の世界では、殺しの依頼を受注し、ターゲットにされた人物を殺すとお金を渡す機関が存在する。

 そこが発行しているビンゴブックをもとに、ターゲットを殺し、大金を得ている集団が多く存在する。

 殺し屋業界でも危険視されていて、対処しようとする動きもあるが、セキュリティが非常に高く、何一つ情報が手に入れられないのが現状だ。


 そのため、今のところ賞金稼ぎを地道に殺していくしか解決策がなかった。


 そして今回のターゲットは、賞金稼ぎをしている三人組だ。


「敵の三人は家の中にいますね」

『この三人組は残虐非道と噂されています。注意してください』


 耳につけてるインカムから遊矢くんの声が聞こえる。

 彼はそのIQの高さから、私たち二人のオペレーターを担当している。

 プログラミングが得意で、情報収集の精度は私が出会ってきた中でダントツと言ってもいい。


「三人の戦闘スタイルを教えてください」

『戦闘スタイルは統一されてるみたいで、銃を持って奇襲してくるタイプみたい。だから肉弾戦とかの情報はほとんどないね』

「そうですか」

『だけど、一人一人が格闘技をかじってるみたい。三人の中で一番身長が高いやつがキックボクシングを、中くらいのやつが剣道を、一番小さいやつが空手をやってたみたい』

「それだけあれば十分です。さすがですね、遊矢くん」

『こ、これくらい、当然だよ』


 最後の方はくぐもった感じの声だったが、うれしそうなのは伝わってきた。


「では、行きましょうか」

『了解!』


 私は気を引き締め、臨戦体制に入る。

 玄関に近づくと、中からワイワイした声が聞こえてくる。

 殺しの報酬で悠々自適な生活を送っているのだろう。


 だが、それも今日までだ。

 私はトビラの横に背を向けながら銃を構える。

 あたりを確認し、安全かどうか確かめ、トビラにICチップを貼り付ける。


「サーチをお願いします」

『了解』


 インカム越しにキーボードをカタカタする音が聞こえる。

 ICチップを貼ることで、トビラにセンサーやトラップが仕掛けられているかをあらかじめ確認できる。

 サーチを怠ったせいで命を落とした同期を何度も見ていた。


『終わったよ。玄関にセンサーが貼ってあったけど解除しておいた』

「ありがとうございます」


 安全が確保された私は、内ポケットからある器具を取り出す。

 トビラを開けるピッキング用具だ。これを使って開ける。

 数秒カチャカチャすると、穴におさまった手応えを感じる。音を立てないように回すと、静かに「カチャっ」と開く音が聞こえた。

 細心の注意を払いながら、ゆっくりと扉を開ける。中から賑わった声がより大きく感じる。

 リビングには灯りがついており、そこに続く廊下は暗いままだった。

 足音を立てないよう慎重にリビングへと向かう。

 ゆっくり、ゆっくり、ゆっくり、


 バン!


 銃声が聞こえてきた。

 気がつくと、私の足元に煙を立たせながら、銃痕がくっきりと刻まれていた。


「まさか避けられるとは思わなかった」

「そっちこそ、不意打ちとは卑怯ですね?」


 背後を振り返ると、そこには銃を持った男が一人立っていた。

 その音を皮切りに、リビングから銃を持った男が三人、近くに上にあがる階段から一人、銃を持った男たちが現れた。


「……なるほど。まんまと罠にハマったということですね?」

「あぁ、そういうことだ」


 周りの男性たちは私を見て嘲笑を浮かべていた。


「私たちにガセの情報をつかませて、ここをわざと襲わせた」

「そうだ。俺たち賞金稼ぎはその職業上、正義の殺し屋に狙われる可能性は常にあるからな。簡単に殺されるほど、マヌケじゃないんだよ」


 先ほども説明したが、賞金稼ぎを殺すのが対策の一つである。それをわかっていて対策を打たないやつの方がマヌケだろう。


「お前たちと正面から戦っても勝ち目はない。人数を誤魔化し、アジトの場所を偽装した。本来のアジトはここではない」

「ですが、なぜ私が来るタイミングがわかったのですか?」

「会話を盗聴していたからだ。おかげでスムーズに事が運んだよ」

「なかなかやりますね」

「お前たちのハッカーがポンコツだっただけだ。最も、ここから生きて帰れたらの話だがな」


 どうやら、私の想像していた以上に最悪な展開だ。


「だが、お前にチャンスをやろう」

「チャンス?」

「見たところ、女としては上玉だな。どうだ、俺たちにつかないか?」

「……もし断ったら?」

「断る権利があると?」

「……」


 この場の主導権は敵側にある。

 本来ならば私に言い返す権利はない。

 私が生き延びる道は敵の指示に従うだけだろう。

 だけど、生死を分けた選択だというのに考えるのはあの人のことだ。


(そんな不安が吹き飛ぶくらいの時間を、これから一緒に作ってくれませんか?)


「残念ですが、私には愛する彼氏がいます。あなたたちに屈するわけにはいきませんね」

「……そうか。なら、死んでも文句を言うなよ」


 背後にいた男が引き金を静かに引いて行くのを肌で感じる。

 今までにも何度か経験した死の恐怖。

 だけど、今回は今までのものとは違う。


「一つ言い忘れていましたが、いつ、私が負けたなんて言いましたか?」

「はぁ? 負け惜しみもいい加減に……」


 バン!


 そこから先の言葉が紡がれることはなかった。

 銃声が鳴り響いたと同時に、背後に立っていた男が地べたに倒れた。

 頭から血が流れていて息をしていない。

 眉間に撃ち抜かれた銃弾が指すのは、即死ということだろう。


「おまたせぇ〜」

「いえ、ベストタイミングです。灯里」

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