第7話 一日の終わり
「……ということがありました」
家に帰ってきて、これから就寝というときに、私――新垣灯里は彩優から惚気話を聞かされていた。
なぜ聞いているのかというと、彩優が帰ってきたとき、今まで見たことがないくらいニヤけた顔をしていたから、なにがあったのかを聞いてみると、えへへ、と幸せ全開の笑みを浮かべてきた。
そんな顔をされたら誰だって気になってしまうものだ。ましてや、少女マンガ好きの私としてはラブコメ展開の空気を無視できなかった。
今日一日の用事を済ませ、後は寝るだけというタイミングで聞いてみた。
ちなみに私たち二人は同じ寝室で寝ている。
彩優がここに来たとき、別々の部屋にしようという話もあったが、私が同級生と同じ寝室で寝るのに青春を感じ、一緒の寝室になった。
頬を紅潮させて、少し恥ずかしいのかモジモジしていた。
「……」
「灯里?」
「……キュ」
「キュ?」
「キュン死にするやろがい!」
夜中にも関わらず、今日一番の声をあげる。
隣の部屋の師匠からは「うるさい!」と怒られたが、そんなことお構いなしだった。
「何そのラブコメ展開! 少女マンガでしか聞かないシチュエーションにキュンキュンしないやついないでしょ!」
「そ、そんな大きな声を出さなくても……」
「これが大きな声を出さずにいられるか! なんて、なんて、……うらやましいんだ……」
急に声が小さくなってしまった私。
さっきまではトキメキが止まらなかったけど、突然、心の奥底にあった虚しさが込み上げてきた。
「大丈夫ですか?」
「大丈夫じゃない。もっと青春したくなった……」
「げ、元気だしてください」
「……まぁでも、彩優が幸せそうなら、私はうれしいよ」
「急にどうしたんですか?」
感情の起伏が激しい自覚はあるが、うれしいと思う気持ちは本心だ。
「だってさ。彩優がここに来たときは『人と馴れ合う気はありません』って感じだったしね」
「……その節はすみません」
「全然気にしてないし、そんな人が数日後に彼氏を作ってきて、びっくりしちゃったよ。それから笑顔が増えて、表情がだんだん柔らかくなったし、なんだか私もうれしくなったしね。今もだけどさ」
「……」
「だからさ。これかも、彩優のこと教えてね?」
「……それは灯里が聞きたいだけでは?」
「……てへぺろ」
「てへぺろって……」
彩優の指摘に舌をだしながら照れくささをごまかす。
自分の本心とはいえ、あまりにも赤裸々に語りすぎて、少しばかり恥ずかしくなってしまった。
あまり本心をしゃべりすぎるのもよくないと、舌を出しながら後悔していた。
「まぁでも、ありがとうございます」
「……うん!」
「ですが、灯里の方はどうなんですか?」
「どうっていうと?」
「灯里の恋愛事情です! 私も隠さず話したんです。今後は灯里の番ですよ」
「そ、そんなこと言われても……」
顔をぐいっと近づけて、圧をかけてくる彩優。
凄みある表情だが、そんなことを言われても困る。
生まれてこの方、誰かと付き合ったことはないし、恋愛に関してのエピソードは一つも持ち合わせていない。むしろ欲しいくらいだ。
「相澤くんはどうなんですか?」
「侑? あいつとは何にもないよ?」
「そうなんですか? 幼なじみですよね?」
「そうだけど、私にとって侑は幼なじみ。それ以上でもそれ以下でもないの」
確かに、侑は幼なじみではある。
だけど、それだけだ。
あいつとは幼稚園からの知り合いで、小さい頃はよく一緒に遊んでいて、それこそ家族以上に長い時間を共に過ごしていたと思う。
だけど、中学進学を機に私の周りの環境は一変してしまった。
家も引越し、学校でもクラスが違えば、おのずと会う機会も減ってくる。
それに両親のこともあって、あまり顔を合わせたくないというのもあった。
同じ高校に入り、同じクラスにもなったから話す機会は増えたものの、それ以上は何にもない。
私にとって侑は幼なじみという認識は変わっていなかった。
「そうなんですか?」
「そう!」
「これっぽっちも?」
「これっぽっちも!」
「……」
割と強めに否定したが、それを聞いた彩優は渋い顔をしていた。
「何か悪いことでも言った?」
「いえ、少し不憫だなと……」
「誰が?」
「それは言えません」
特に知りたいわけでもないので、これ以上は追求しなかった。
「では、気になる人とかいないのですか?」
「全く!」
「クラスの男子とか?」
「運命の人は現れず!」
「……学校の人とか?」
「普通すぎてつまらない!」
「……まぁ、がんばってください」
「最後ひどくない⁉」
「……」
「……」
「……ぷっ」
それから私たち二人は笑い出してしまった。
何気ない会話だが、彼女がくる前には考えられなかった光景だ。
だからこそ思う。彩優が来てくれてよかったって。
それでも、彼氏を先に作られるのは想定外すぎたが、まぁいい。
「あははは。ま、灯里も恋をすれば変わりますよ」
「経験者は語るってやつだね!」
「まぁ、そんなところです」
笑いながら語るその表情は、笑顔に溢れていて、本当に心の底から変わったと思わせるには十分だった。
「さ、もうこんな時間ですし、そろそろ寝ますか?」
彩優にそう言われて時計を見ると、時刻は十二時を回っていた。
「では、おやすみなさい」
「おやすみ〜」
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