第6話 嫉妬をしている

「はぁ……。なに考えてるんだろ。私……」


 時間はあっという間に過ぎていき、放課後になった。

 時刻は十八時を回っており、昇降口に行くと外はすでに夕陽が差し込んでいた。

 今日は日直だったから帰りが遅くなってしまった。

 仕事を終え、帰路につきながらため息をついてしまう。


 歩きながら今朝のことを考えていた。

 颯斗が話しかけてくれたとき、一緒にいた宮下くんや地野さんが親しく話していたのを見て、心の中がモヤっとしてしまった。

 この感情の名前はすでに知っている。


 いわゆる嫉妬というやつだ。


 颯斗と二人の間に感じた、私なんかが割り込めないような時間、お互いが信頼している関係、その全てがうらやましいと思い、私にそんなものはないと悟ってしまった。

 少し前の私には無縁な感情に、自分でもびっくりしているし、なんなら戸惑ってもいる。

 心の整理が全然つかず、今日の授業もほとんど聞いていなかった。まぁ、自分としては一日授業を聞かないくらい平気だが、それくらい考え込んでしまった。


 でも、いろいろ考えてしまったが、一つだけわかっていることがあった。


「会いたいな……」


 思わず口からポロッと出てしまう。

 胸の中にあった、たった一つの答え。


「呼んだ?」

「うわぁ!」


 この場にいるはずのない声が聞こえて、思わず声を飛ばして驚いてしまった。


「ど、どうしてここに⁉」

「いや、彩優のこと待ってたんだ」

「え⁉ 授業が終わってから一時間は経ってますよ? ずっと外で待ってたんですか?」

「あぁ、まぁ……」

「どうして連絡してくれなかったのですか?」

「彩優を驚かせたくて。ダメだった?」

「……ダメじゃないですけど」


 ダメではない。むしろ、めちゃくちゃ嬉しい。

 表に出してないだけで、内心では飛び跳ねたいくらい嬉しい。


 だけど、それと同時に「会いたい」ってセリフを聞かれたと思うと、恥ずかしさで死にそうになる。


「ど、どうして待っててくれたんですか?」


 颯斗は部活に所属しておらず、授業が終わったら基本的に帰っていいはずだ。


「いや、彩優が暗そうな顔をしてたから」

「私が、ですか?」

「うん。なんて言うか、いつもより元気がないっていうか、何かあったのかなって」

「……」


 図星だ。


 見てくれていた嬉しさと、心配をかけてしまった申し訳なさで、心中はごった返していた。


「……心配してくれてありがとうございます。ですが、大丈夫ですから、気にしないでください」


 素直に口にできたら苦労はしない。

 社交辞令みたいな返事をして歩き始めようとした。


「嘘だね」

「え?」

「嘘ついてるでしょ?」

「嘘なんか……」

「じゃあ、なんで悲しそうな顔をしてるんだよ?」

「!」


 私は思わず、自分の顔を触ってしまった。

 知らず知らずのうちに、悲しそうな顔をしていたのか。


「言いたくないなら言わなくていい。だけど、もし一人で悩んでいるなら相談してほしい。俺は彩優の彼氏なんだから」

「……」


 そこまで言われてしまっては、話さない訳にはいかない。

 私は今朝あったことも含めて、全てを包み隠さず話した。

 宮下くんと地野さんを見てうらやましくなったこと。私には埋められない溝を感じてしまったこと。結果二人に嫉妬してしまったこと。

 話している最中、まともに顔を見れず、ずっと下を向いていたが、それでも颯斗は黙って聞いてくれた。


 やがて話し終わり、恐る恐る顔をあげて颯斗の方を見る。

 しかし、颯斗は小刻みに震えながら、徐々に笑い声が聞こえてきて、ついには大きな声で笑い始めてしまった。


「ハハハハハハハ! アハハハハハハハ!」

「! わ、笑わないでください!」


 こっちは真剣に悩んでいたんだ。

 笑われてほしくはなかった。


「いやいや、ごめんごめん。ちょっとおかしくなっちゃってさ。そんなことで悩んでいたのかって」

「そんなことって、こっちは真剣に……」


 そこから先の言葉を出す前に、颯斗は私を優しく抱きしめてくれた。


「颯斗⁉」

「わかってないみたいだからさ」

「なにが⁉」

「俺が彩優を好きだってこと」

「!」


 抱きしめながら、優しく語りかけるようにささやかれる。


「確かに、あいつらは小学校からの付き合いだよ。だけど、彩優との時間の方が俺にとっては特別だし、かけがえのないものだと思ってる」

「……」

「不安にさせてごめん。でも、これだけは信じてほしい」

「……」

「そんな不安が吹き飛ぶくらいの時間を、これから一緒に作ってくれませんか?」

「……」


 まるでプロポーズみたいな一言だったけど、私にとっては心地よく、何より今一番ほしい言葉だった。


「……うん。そうする」

「よかった。それと、はいこれ」

「?」


 颯斗から渡されたものは小さいプレゼント箱だった。

 でも、私の誕生日はまだまだ先だし、プレゼントを渡すような日でもないはずなのだが。


「その顔は分かってないみたいだね」

「これって?」

「今日は付き合って一年の記念日でしょ?」

「え? あ!」


 そこで今日――四月二十八日が颯斗と付き合ってちょうど一年の記念日だった。

 今朝の考え事ですっかり忘れてしまっていた。


「めずらしいね。彩優が忘れてるなんて」

「うぅ……」


 普段なら絶対に忘れずに、ちゃんとプレゼントだって用意したはずだ。

 だけど、今日に限ってこんなドジを踏むなんて思いもよらなかった。


「ま、そのおかげで俺のプレゼントの効果は絶大になったから、結果オーライかな?」

「……私の気は収まってないです」

「まぁいいじゃん。それより開けて見てよ?」


 颯斗に促され、手渡されたプレゼントの包装を丁寧に剥がしていく。

 包装の中には小さな箱があり、中を開けてみると、


「ブレスレット?」

「そうだよ。店員さんに聞いて女性に人気の色にしたんだ。ピンクゴールドっていうらしいんだけど、彩優ってあんまり装飾品とかつけないからどうかなって思ったんだけどね。嫌なら捨ててもらっても……」

「絶対にしないです!」


 颯斗のネガティブな発言に思わず大きな声を出してしまう。


「大切にする! 絶対に捨てたりしません!」

「そ、そうか……」

「はい、大事にします。ありがとうございます」


 今の私は満面の笑みになっているだろう。

 さっきまでの不安が嘘のように消え、今は嬉しさが込み上げてくる。


「……やっぱかわいいよ」

「! い、いきなりなにを⁉」

「いや、本心だけど?」

「そ、そう言うことじゃないです!」


 不意に言うのはずるい!

 私ばっかりドキドキさせられてる!


「今度は私がプレゼント渡しますから、楽しみにしててください」

「あぁ、彩優からもらったものならなんでも嬉しいよ」

「……またそうやって」


 はぁ。


 やっぱり、私はこの人が好きだ。大好きだ。

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