第5話 私の日常(桜木サイド)
私――桜木彩優は学校の自分の席につき、読書をしていた。
賑やかなバイト漬けの休日が明け、今日は登校日だ。
私が通っている高校、水上高校は、バイト先から電車を六駅離れた場所にある。
県内でも有数の進学校で、県内にいる人なら知らない人はいないほど知名度が高い。
どうしてこの学校に通うことになったのかよくわからないが、今さら変えるわけにもいかないので、特にこだわりもなく通っている。
廊下側の席で読書をしながら周囲を見回す。
「ねぇ。昨日のドラマ見た?」
「主演の人、かっこよかったよね!」
「なぁ、今週号のマンガ見たか?」
「まさかあんな展開になるとは予想外だったわ」
いかにも高校生らしい会話が聞こえてくる。
私は人と関わるのが苦手だ。
バイトも働くのが所属する条件だから仕方なくやっているが、なるべくなら人と関わりたくない。
こうやってひっそりと読書をしていれば、それでいいのだ。
しかし、
「何読んでんの?」
「!」
本の続きを読もうとしていたところで、窓からヒョッこと顔をのぞかせて私に話しかけてきた人物がいた。
クラスで一番人気のある七瀬颯斗だ。
「……別に」
「少しは構ってくれてもいいんじゃない?」
「……」
耳元に顔を近づけ、私にしか聞こえないくらいの小さい声で話しかけてくる。
吹きかけられる息と、大好きな人が近くにいる嬉しさで、顔がどんどん赤くなる。
「学校では話しかけない約束では?」
「ま、少しくらいいいじゃん?」
「……少しくらいなら」
確かに私たちは付き合っている。だけど、学校では過度に干渉しないようにしている。
というのも、
「颯斗! 桜木さんにダル絡みすんなよ」
「別にダル絡みじゃねぇよ」
「そうだよ。桜木さんも困るでしょ?」
「そんなことないよ。ね、桜木さん?」
「私は別に、七瀬さんのことを迷惑だと思っていませんよ」
これが私たちの関係だ。
実は、私たちが付き合っていることはみんなに内緒なのだ。
これも、ひとえに颯斗の人気があるせいだ。
彼に話しかけてきた人物。最初の男性――宮下修二。二番目の女性――地野彩芽。
宮下くんは犬っぽいかわいらしい見た目で、地野さんはボーイッシュな感じだが、運動部で鍛えられたスタイルの良さが際立っていた。
この二人と合わせた三人は小学校からの付き合いで、学校でもその見た目から知らないものはいないほどの有名人だ。その影響力は計り知れない。
そんな中の一人が付き合っていると周囲が知れば、なにが起きるのかわからない。
颯斗自身は別にいいと言っているが、私がむやみやたらに言いふらしたくないのだ。
私のわがままで隠しているのは申し訳ないと思うが、颯斗も私の意見を尊重して誰にも言っていない。それも、最も親しい二人でも、だ。
だから、学校で会うときはこうして他人行儀な呼び方をする。
それに、
「何あの子、七瀬くんに話しかけられてデレデレしちゃって」
「本当、顔も近いし、調子に乗らないでほしいわ」
「七瀬くんもどうしてあんな芋くさいやつなんかと」
そんな女子の会話も聞こえてくる。私みたいな芋くさい私と付き合ってると言ったら、どんな目に遭うかわからない。
これはあくまで、私たちの身を守るためでもあった。
「まぁ、桜木さんがいいならいんだけど、嫌なら素直に言ってね。こいつ、こう見えて面倒くさい性格だからさ」
「おい修二。桜木さんの前で変なこと言うなよ」
「実際そうじゃないかな? 昔からそうだしね?」
「彩芽もなに言ってんだよ!」
これが三人のやり取りだ。いつも楽しそうに、私にはない長年の付き合いから生まれる心地よさ。
毎回見てると思う、私は颯斗のことをまだ全然知らない。
「……」
――キンコンカンコン
「やべ! チャイムが鳴ってる。早く席に着こうぜ!」
「あ、あぁ」
宮下さんの言うとおりに自分の席に向かっていく二人。
その後ろをやれやれと言いながら追いかける地野さん。
「うらやましい……」
……は! 私は今何を。
人との関わりを絶ってきたはずの私が、他人をうらやましいと思う日が来るとは。
それもこれもあの日、颯斗に出会ってからだ。
また過去の話になってしまうが、遡ること一年前の出来事だ。
私が〈オッド・アイズ〉に配属されてまだ三ヶ月しか経っていない頃、その日はいつものように学校に通っていた。
入学して間もないが、誰とも話さず、日課の読書をする日々だった。
だが、やたらと話しかけてくる男子生徒がいた。
それが颯斗だった。
彼は当時からすごい人気で、入学して間もないのに、女子からは毎日のように告白されていた。
そんな颯斗は一人寂しく読書している私を見て、哀れんでいたのか話しかけてきた。
軽薄そうな表情に、チャラチャラした態度、人の目を惹く容姿、一般の女性が好きになるのも頷ける。
だけど、私は彼が大嫌いなタイプだった。
「情けで話しかけるなら、今後話しかけないでください」
今にして思えばかなり冷たい発言だったと思う。その言葉の威力は絶大で、言われた颯斗は鳩が豆鉄砲をくらったように驚いた表情をしていた。
このときから一緒にいた宮下さんと地野さんが、後ろで盛大に笑っていたのを今でも覚えている。
そんな発言をしてしまったので、当然クラスの女子から激しい反発を受けた。
いわゆるいじめというやつだ。
靴は隠されるわ。机の上にあった教科書は盗られるわ。どうしてこんなことが思いつくのかというイタズラもあった。
だけど、私にとってはどうでもよかった。
隠された靴はすぐに見つけ出し、盗られた教科書は犯人を見つけて、すぐに先生に突き出した。
私がいつもしていることに比べれば、極めて容易だった。
だが、いじめはだんだんとエスカレートしていき、ついには、近くの地域をナワバリにしている不良たちまで連れ出してきた。
帰り際に捕まり、拠点である廃墟に連れてこられた。
さすがの私もこれには面食らったが、こんなもの、私にとってはピンチでもなんでもない。
さっさとぶっ飛ばして帰ろう。そう思っていたときだ。
「桜木さん、大丈夫?」
そこには、いるはずのない颯斗の姿があった。
どうしてここにいるのかわからなかったが、わざわざ私を助けに来てくれたのだけはわかった。
「なぜ助けに来たんですか?」
私は一人でも解決できた。それこそ、助けなんていらないほどに。それなのに、わざわざ危険を冒してまで助けに来てくれた。彼には一人もメリットがないはずなのに。
それでも、颯斗は笑いながら、
「女の子を助けるのに理由がいるの?」
「……」
そのとき、胸の動悸がどんどん大きくなっていくのを感じた。これがなんなのかわからなかったけど、すぐにわかるようになった。
颯斗の登場にイライラを募らせた不良たちが颯斗に標的を変え始めた。
数人の不良が向かってきたが、颯斗はものともせず返り討ちにした。それだけで終わらず、その場にいた不良たちを全員倒してしまった。
「大丈夫だった?」
私を解放し、優しく気遣ってくれるその姿に、私は気づいてしまった。
あぁ。これが恋か……
今までの人生でこんな気持ちになったのは初めてだ。
殺しの世界に身を置き、誰にもなびくことなく生き続けてきた。
だけど、守られる側になって初めて他人の優しさに気づき、その尊さを実感すると、
「好きです」
気づけば、そんな言葉が口から出ていた。
自分でもなにやってんだと思った。でも、気づいた思いは止められず、溢れ出てしまった。
「いいよ。俺たち、付き合おっか?」
「……はい」
読んでいた小説で言っていた。
恋は盲目だと。
このときやっとわかった。
我ながらあっけない幕開けだと思う。
でも、しょうがないじゃないか。
だって、
あなたのことが好きになってしまったから。
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