第3話 お嬢様に拾われて飯を食う

 そのきれいな靴は、俺の前で立ち止まった。

足元から体、そして顔へと、俺は視線を動かした。


ブロンドの巻き毛にブルーの瞳。

水色のフリフリドレスを着たフランス人形のようなお嬢様。

彼女が現れると、人々は皆、道を開けた。

突然現れたお嬢様の登場に合わせるかのように、雨はいつの間にか止んでいた。

お嬢様は、泥だらけの俺をじっと見つめている。


それって、同情か?

それなら結構コケコッコー。

これでも清く正しく生きているんだ。


すると、お嬢様は予想もしなかったことを言い始めた。


「あーら、ごめんなさーい。大変なことになってしまいましたね。この雨ですっかりお迎えが遅くなってしまったの。あなたがうちで新しく雇い入れた使用人ね。ね? セバスワルド」


貴族のご令嬢か?

だが、何を言っている。

誰が使用人だって?

俺はお嬢様に雇ってもらう約束なんかしていないぞ。

この人、頭大丈夫か?

それに、自分で雇い入れたと言っておきながら、お付きの男に必死に同意を求めている。

その演技バレバレなんだが。


「左様でございます。最近人手が足りなく、新たに雇うことになったのです。道が悪くてお迎えが遅くなりました」


こいつもお嬢様に同意して、頭がおかしいんじゃないのか。

お嬢様の話に調子を合わせている。


町の人々は、


「なんだ、泥棒じゃないってよ」

「オラエノ伯爵の使用人なら、しょうがないか」


などと言いながら、散り散りに去っていく。

傭兵は立ち去ることもできずに、お嬢様に言い訳を始めた。


「そ、そうでありましたか。失礼いたしましたマリアンお嬢様」


「そんなこととは知らずに、申し訳ございません。

あのぅ、お父様にはどうかご内密に……」


このことがバレたら、都合が悪いってことか。

このお嬢様は何者なんだ。


「しょうがないわね。セバスワルド、よろしくって?」


「かしこまりました、お嬢様」


お嬢様は、撤収しはじめる衛兵を確認してから、俺に視線を戻した。


俺はポカンと口を開けて、アホ面しているしかなかった。

そして、迂闊にも緊張の糸が切れたせいか、盛大に腹が鳴った。


ぐぅぅぅ……


「あなた、お腹が空いているのね。セバスワルド、彼の泥を落として馬車に乗せてちょうだい」


「お言葉ですがお嬢様、見ず知らずの者に構っている時間はございません。先を急がないと、侯爵家のガーデンパーティーに間に合わなくなります」


「彼はお腹を空かせているのよ。ここで見捨てろというの?」


「しかし……、侯爵家に連れて行くわけには」


「そうですわ! セバスワルドったらいいことを言いますわね。彼をガーデンパーティーに連れて行けば、お腹いっぱい食べさせてあげられるじゃありませんか」


ガーデンパーティーだと?

そこは、ご馳走がいっぱいなのか。

行きたい。

ぜひ連れて行ってくれ。

と、俺は心のなかで叫び

すがるような気持ちで、お嬢さんに目で訴えた。


「やだ、あまり見つめないでくださる? ……その顔ドキッとするじゃないの」


いや、そういう意味じゃない……


「セバスワルド、早く泥を落として馬車に乗せて」


俺は、セバスワルドという男と馬車を走らせる使用人によって、ゴッシゴシと乱暴に麻布で拭かれた。


「副執事さん、こんな布しかないのですが」


「構いません。それで」


「痛っ!痛っ!」


もうちょっとやわらかい布はないのかよ。

乱暴な扱いだが、とりあえず窮地を救ってもらったのだから、礼を言っておくか。


「あ、ありがとう……ございます」


「あなた、喋るのね」


そりゃあ、喋りますよ。俺を犬かなんかと勘違いしてないか。


「マリアンお嬢様、急ぎましょう。お父様はもう侯爵家にお着きでしょう」


「ええ、わかりました」


マリアンという名前なのか。

マリアンお嬢様は、付き人に手を貸してもらいながら馬車に乗り込んだ。


「さ、あなたも早くいらっしゃい。

遠慮なさることはないわ」


マリアンお嬢様は、馬車の中から俺に手招きしている。

馬車なんて乗ったことが無いよ。

貴族の馬車に乗るなんて体験しちゃっていいのか?

いいに決まっているよな。

ご馳走にありつくためには、今の俺に他の選択肢は無い。


緊張のあまり、ロボットみたいな動きで馬車に乗り込んだ。

どこに座ればいいんだ。

マリアンお嬢様の隣でいいのか? いいのか? マジで座っていいのか?


迷っていると、副執事のセバスワルドがコホンと咳ばらいをした。


「お客様は、こちらにお座りください」


そう言って自分の隣の席を手で案内した。

ちっ! やっぱ、そうなるのかぁ。


「そういえば、自己紹介がまだでしたわね。わたくしは、マリアン・オラエノです。ここ、オラエノ領の領主、オラエノ伯爵の娘ですわ」


マリアン…ヒロインっぽい名前だ。可愛い。

名前だけじゃなくて、容姿端麗、風光明媚、起承転結、焼肉定食…

知っている限りの四文字熟語が、俺の脳内を駆け巡る。


「あなたは?」


名前を聞かれて、はっと我に返った。


「俺は、大森学。日本という国の高校二年生だ」


「ちょっと、意味わからない…」


「えっと、信じてもらえないだろうけど、こことは違う世界から来たんだ。説明してもたぶん混乱するだけだろなぁ。大森学とだけ覚えてくれればいいよ」


「オ、モ……ブ? 聞きなれない発音ですのね。でも、違う世界から来たというなら、覚えにくい名前というのも納得ですわ」


覚えにくいか? そんなに悪くないと思って15年間生きて来たんだがな。


「これから行くところは、サットガ侯爵のお屋敷です。そこでガーデンパーティーがありますから、お腹いっぱいになるまで召し上がるといいわ」


「それは、どうもありがとう…です」


初対面だからそんなに話題が続かない。

馬車に揺られながら、沈黙が続く。

何か聞けばいいのか。


どうして俺を助けたんですか、それは言っちゃダメだ。

「気まぐれよ」なんて答えられたら、俺ハートが凹んでしまう。

とりあえず、サットガ侯爵って誰だか聞いてみるか。


「あのー、サットガ侯爵というのはどんな方で?」


「サットガ侯爵はうちの領地の隣を守っていらっしゃいますの」


「その方の誕生日か何かで? パーティーっていうのは」


その質問に答えたのは、副執事セバスワルドだった。


「本日は、サットガ侯爵のご子息であるホジネオノ様と、マリアンお嬢様との婚約を正式発表する日なのです」


なんだ、既に婚約者がいるのか。

とりあえず、お祝いの言葉でも言っておいた方がいいのかな。


「お、お、おめでとう……ございます」


「ありがと」


あれ? そっけない。

もうちょっと照れるかと思ったが。




サットガ侯爵のお屋敷はとても立派で、まるでヨーロッパの城のようだった。

その庭も、かなり広い。

庭には、各テーブルにご馳走が並べられていて、それを囲むようにたくさんの貴族たちが談笑していた。


「お嬢様、かなり遅刻してしまったようです。すでにパーティーは始まっております。すぐに、サットガ邸に入れるように致します」


「セバスワルド、わたくしは気にしません。ゆっくり参りましょう。あ、オーモマーブさんでしたっけ? あなたは、ここで自由にお食事していらして」


「オーモマーブじゃありません。………でも、お言葉に甘えて食欲優先しまーす!」


マリアンお嬢様は、クスっと笑いながらお屋敷のエントランスへと歩いて行った。





異世界で一番最初に出会ったお嬢様が、マリアン。

既に人さまのものだと分かった以上、俺を突き動かす情熱は料理に注がれた。


さあ、食うぞ。

スモークチキン、カスタードタルト、

ローストビーフ、何だかわからないテリーヌ……

夢中になって食べていると、近くにいた貴族のご婦人に声をかけられた。


「ボーイ、新しい皿と交換してくださる? それから、シャンパンも取ってくださいな」


俺? 俺は使用人と間違われたのか?

このファミレスの制服のせいかな。

ここで、違いますというのは簡単だが、断ってトラブルを起こすのはまずいな。

さっき、マリアンお嬢様に助けられたばかりだというのに、それだけは避けたい。


「かしこまりました」


俺は使用人のふりをして皿を受け取った。

新しい皿と飲み物はどこかのテーブルにまとめて置いてあるだろう。

適当にパーティー会場を歩くと…

想像通りに、まとめて置いてあるテーブルはあった。トレーまで置いてある。

新しい皿とシャンパンをテレーに乗せ、ご婦人が希望したものを提供した。

安心したのも、つかの間、今度はどこかの紳士に声をかけられる。


「ボーイ、あのスコーンをサーブしてくれ」


「かしこまりました」


「ボーイ、この汚れた皿さげて」


「かしこまりました」


「おーい、これ、おかわり!」


空になったグラスを掲げて、俺に向かって注文する紳士。

いや、「これ」と言われても、俺はあなたが何を飲んでいたかなんて見ていないし、

まだ、飲み物が残っている状態なら推測もできるが、空になっていたら何もわからないじゃなか。


「あの、お客様のお飲みになっていたものは、何でしょうか?」


「あれだよ、あれ」


「あれ……ですか。泡が付いていますから、ビールですね」


また別の紳士から声がかかる。


「おーい、さっき頼んだ料理がまだ届いてないぞー」


いや、あんたが何を頼んだかなんて、俺知らないし。

心の中でむかつきながらも、笑顔で接待する。


「はーい、ただいま伺いまーす」



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