第2話 スマホと一緒に異世界で暮らせます

 クリスタルはその口の中へ、ホールインワン達成!!


「ど、どうしよう。俺はどうすれば……」


「あのクリスタルを取りに行くしかありませんねぇ」


「女神が手を離すのが早いからだ!」


「あなたが、手を出すのが遅いからでしょ!」


しかし、こんな所で喧嘩していてもしかたがない。


「ドラゴンの腹の中に納まってしまった……」


「しょうがないわね。では、異世界転移ってことにして、あなたにスキルを授けましょう。スキルを使って、あのドラゴンからクリスタルを奪還すればいいのです。」


「え? 俺が自分で奪還するんですか?」


「ほら、まっすぐ立って!」


「はい」


俺は椅子から立ち上がった。


「もっと、背筋伸ばして! しゃんとしなさい!」


「はい」


「スキル【追尾】付与。ワッパガ シゴト チャッチャド カタズケーレ!」


お約束通りの光が俺を包み込み、スキルが授けられた。


「…ありがとう。でも、授かったという実感が湧かないな」


「ああー、ちっ! あなた、今動いたでしょ」


「いいえ、動いていませんよ」


「いや、動いた」


「動いてねぇよ」


「本当に? じゃ、わたしがまたミスったってこと?」


「また、ミスったぁ? これで三回目ですよ。

一回目、転移座標ポイントを間違える。

二回目、クリスタルを下界に落とす。

三回目、今度はなんですか?」


「少年よ、二度あることは三度あるものです。落ち着きなさい……」


「さっきから俺は落ち着いていますよ。女医さんでしょ、落ち着きがないのは。ちゃんと、仕事してくださいよ」


「オホホホ……仕事していますよ。何、言っちゃってんの? わたしは、ちゃんとスキルを付与しました! あなたのスマホに」


「え? どこに? ……俺じゃないの?」


「そのぅ、ス・マ・ホ に! ちゃんとスキルを付与しました! だってほら、異世界にはスマホが無いとかって、不満を言ってなかった? これで、スマホと一緒に異世界で暮らせます。充電の必要も、無し! ま、申し訳ないから内容をグレードアップしておこっか。スキル モット オガーレ」


その瞬間、確かに胸ポケットに入れていたスマホが熱くなった。


「では、これであなたの異世界転移の手続きは、無事完了いたしました」


「無事じゃねーし」


「あとはあなた自身でドラゴンを探し、戦って、クリスタルを取り戻せばOKです」


「ちょっといいですか? 俺には剣とか魔法とか、付けられないんですか?」


「何を甘ったれたことを言ってるんですか。あなたは生きているのよ。転移しただけでしょ。生きている人間に、これ以上スキル付与することはできません」


「つまりその…」


「自力で取りに行くのです。自力とは……」


「もういい、わかった」


俺は素直に目の前の現実を受け入れることにした。


「まあ、そんなに心配しないの。転移先で何かあったら、わたしが守るから。なんだか、面白くなってきたじゃない」


「それは期待しない」


その時、ナースが診察室に飛び込んできた。


「女神様、急患です! 下界で事故があって、集団でやってきました。急いで処置室へ!」


「わかりました。すぐ行きます。じゃ、マナブ少年 グッド・ラック!」


おーい、おーい、 グッド・ラックじゃねぇだろー!!



*****



 異世界転移の瞬間って、光に包まれて「あ、眩しい」というシーンを期待していた。

だが、俺の場合は違うらしい。

何かに押しつぶされてとても苦しいし、光なんかどこにも無い。

あの女神ジョイめ、またミスったんじゃないだろうな。

苦しい、息ができない……


ぶぁっ!!


俺は、耐えきれなくて覆いかぶさっているモノをはねのけた。


ゴロゴロゴロ……

それは、崩れて転がっていく。

ジャガイモか?

ジャガイモの山の中に、おれは瞬間移転したのか。

いくらなんでも、芋の中は無いだろうよ、芋の中は。


「こらー! 勝手に俺の商品を崩すんじゃない。あ~あ、こんなにひっくり返しやがって」


割と近くに立っていたおっさんが、俺を怒鳴りつけた。

芋が商品だと? ここは八百屋か?


「すみません。元に戻しますんで」


俺はジャガイモを拾って積み直し始めた。


「おい、最近、この市場で泥棒が出るという噂だ。てめぇ、拾うふりして、ジャガイモをちょろまかそうって魂胆じゃないだろうな」


「違います、違います」


「本当か? じゃあ、そのズボンの後ろポケットの中に入っている物は何だ」


俺はズボンの後ろポケットの中に手を入れてみた。

すると、中から出てきたものはジャガイモだった。

ジャガイモの中に埋もれている間に、ポケットに紛れ込んでしまったのだろう。

偶然入ったものだが、発見されたタイミングが悪い。


「おっと! それは何だ。俺のジャガイモじゃねえか。この泥棒め!とっ捕まえて領主さまの所へ突き出してやる」


ヤバっ、逃げろ。

捕まったら俺の異世界生活は牢屋からスタートすることになる。

それだけは嫌だ。

芋おやじは俺の首根っこを捕まえようとした。

条件反射で身をかわし、俺は屋台の外へと走って逃げた。


「待てー。泥棒―!」


屋台の外に出ると、小雨が降っているじゃないか。

こういう悪い天気の日は、大抵物事はうまくいかないもんだ。


走りながら目に飛び込んでくる風景に驚いた。

道行く人々の恰好が…街並みが、なーろっぱだ。

間違いなくここは異世界だ。


「誰か―。あの泥棒を捕まえてくれぇー!」


叫ぶ芋おやじに加勢して、周りの大人たちも俺を追いかけ始めた。

おいおい、大勢で俺一人を追いかけるなんて、無慈悲じゃないか。

そもそも、俺は泥棒していないのに。


「誰か、傭兵を呼んでくれ」


え、そこまでやる?


市場の小道を花売りの子どもが横切ろうとしていた。


「ごめん、どいてくれ」


全速力で走っているせいで、子供を避けようとしたが間に合わなかった。

俺は花売りの子どもにぶつかって、花がそこら一面に飛び散った。

転んだ子どもを助け起こしながら、


「悪かった。大丈夫か?」


子供は俺を見て怯えた。

俺の身なりを、じっと見てから大声で泣き始めた。


「うわぁーーん!」


え? 泣くほど変な身なりしてるの、俺。

自分で服装を見てみた。

げっ! バイト先のファミレスの制服のままだった。

クリーム色のシャツに袖口と襟だけが茶色、それに茶色のリボンタイって。

目立ちすぎるだろ。

それともあれか、黒い髪に黒い目のアジア系がダメなのか。



「なんだ、なんだ」


だんだん人々の注目を浴びて、追ってくる人間が多くなってきた。

町は、市場を逃げ回る俺を追う鬼ごっこ状態だ。


「傭兵が来たぞ、あいつです。あいつが泥棒です!」


傭兵?

くっそ、捕まってたまるか。

雨がだんだんひどくなってきた。

道に降った雨は、地面を黒く濡らしていく。


そうだ、スマホ。

女神は間違えてスマホにスキルを付与したと言っていた。

スマホを使って、この危機をなんとか切り抜けることはできないのか。

俺は、スマホを胸ポケットから出した。


スマホはロック画面になっていた。

どうやら充電とか電波とかは気にしないで使えるっぽい。

だが、そこから先がわからない。

どんな機能が付いているんだよ。


走りながら急いで暗証番号を入力した。

何だかわからないが、とりあえず、Siriに聞いてみる。


「追われている。助けて」


「スキルの【追尾】を起動しますか?」


「いやいや、追われているのは俺。俺を追ってどうするんだ。とにかく、追っ手をなんとかしてくれ」


「……申し訳ございません。よく聞き取れませんでした」


「何だよ! 使えねーな!」


と、その時、見知らぬ少年が俺のスマホを奪って逃げた。


「あ! スリだ!」


俺の後ろからは、町の大人たちが追ってくるし。

早く、なんとか逃れないと……、

すると、スリの少年がスマホを見て言った。


「なんだ、財布じゃないねえのか」


そう言って、スマホを放り投げた。

おい、投げるな!

俺は全力でスマホに追いついて、落ちて来るスマホをキャッチした。

スマホに全集中していた俺は、足元にあった籠に気が付かなかった。


「ごめんよ」


俺は目の前にあった籠を蹴とばした。

中からは、鶏が数羽飛び出してきて、羽ばたきながら道に広がった。


コケ―コッコッコッ……


逃げ回る鶏を避けようとして、横の屋台に手をついた瞬間、今度は台が崩れて、トマトがコロコロと転がっていく。

そこへ追ってきた傭兵たちが駆けつけて、トマトを踏みつぶし、トマトのしぶきが上がった。

トマトの実に滑って転んだ傭兵もいた。


ついに、雨は本降りになった。


ザーーーー


町の市場はもう大混乱。


ひぇー、これ絶対逃げ切れない。どうすればいいんだ。

助けてくれ、女神ジョイさまーーー!

俺を守ってくれるって言ったじゃないか。


しかし、その願いは虚しく消えた。

俺は傭兵に捕まり、泥だらけの地面に押し付けられた。


「おーい、捕まえたぞ」


「放せ! 捕まえてどうするつもりだ」


「つべこべ言うな。おとなしくしろ! 泥棒め」


「放せったら! 俺は泥棒なんかしていない!」


傭兵たちと野次馬が俺を取り囲んだ。


くっそーーー! 何も悪い事してないのに、どうして捕まるんだよ。


俺は、取り囲んだ大人たちの足を、地面に押し付けられながら恨めしく見ていた。


すると、見物人の足の間から、

きれいなドレスの裾を持ち上げながら、こっちに向かってくる女ものの靴が見えた。


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