ツンデレ令嬢を人気配信者にしたモブだけど、リスナーが協力的で助かってる ~アイテムもバトルもスマホ次第、副業で魔物討伐始めました~
白神ブナ
第1章 スマホと一緒に異世界移転
第1話 スマホが無いと、ノースキル、ノーマジック
お嬢様の婚約破棄の瞬間に居合わせてしまった。
帰りの馬車に揺られながら、俺の目も気にせずにお嬢様は号泣している。
しばらくは、そっとしておいたほうがいいかもしれない。
「お嬢様は、人前で決して涙をお見せにならない方なのです。
ここでのことも、内密にお願いします」
一緒に馬車に乗っている副執事は、俺に向かって口止めをした。
いろいろ大変なんだな。貴族っていうものは。
婚約破棄された伯爵令嬢の馬車に乗っている俺は、大森学、16歳。
間違って異世界転移させられた高校生だ。
異世界に来た初日に、婚約破棄のシーンに出くわすとは衝撃的だった。
********
気が付くと、病院のような白い待合室。
壁に貼ってあるポスターに目をやると、
“マイナ受付対応しています”
“ご本人であることを確かめるため姓・名・生年月日をお伺いします
“転生先の状況によって、診察の順番が前後する場合がございます”
転生先かぁ…… え? 転生先?
“異世界では定期的にスキルとレベルの検診を受けましょう”
異世界?
ここは病院じゃないのか。
“異世界では一緒に働く仲間を募集しています”
もしかして、ここは異世界召喚窓口とか。
ということは、テンプレ通りなら、ここで可愛い女神様と会ったりして?
そして、スキルを授かったら異世界に転生するという流れ?
マジか! 俺は異世界転生するのかー。
「56番のかた、2番診察室へどうぞ」
*********
……………………。
馬車の中は気まずい沈黙が続いていた。
すると、
突然、馬車が急停車。
ガタンッ!
その衝撃で、俺の胸ポケットからスマホが勢いよく飛び出した。
スマホは、ちょうどお嬢様の足元に落ちた。
「あら、大変。大丈夫?
せっかく助けたのにお怪我をされたら意味ありませんのよ?」
お嬢様は飛んできたスマホをゆっくりと拾い上げた。
―スマホに触るな!
慌ててスマホを取り返そうとして、俺は勢い余って床に転んだ。
危険と察した副執事。
転んだ俺を踏みつけて、お嬢様の身を守ろうとする。
危険物と思われるスマホを、お嬢様の手から取り上げようとした瞬間、
俺は、這いつくばりながら必死に声を絞り出した。
「それは…、危ない物じゃない……です」
******
異世界召喚窓口で、
どんな女神様と会えるのだろう。
俺は期待と不安でいっぱいになりながら、2番診察室のドアを開けた。
「はい、どうしましたー?」
診察室で俺を迎えたのは、可愛い…いや、昔は可愛かったであろうアラフォーの女医だった。
過去形を使ってしまったが、今でもじゅうぶん綺麗な顔立ちをしている。
「あれ、すみません。俺、間違えましたぁ」
診察室から出ようと背を向けると、女医は俺を止めた。
「待ちなさい。間違っているかどうか、
これから確認しなきゃわからないでしょ。
本人確認しますので、名前と生年月日を言ってください」
「大森 学、2008年、12月22日」
「……はい、そこ、座って」
女医に言われて椅子に腰かけようと床に目を落すと、床面は雲になっていた。
ここは雲の上なのか。
いよいよ異世界召喚っぽいぞ。
「ここでの会話は、サービス向上のため録音させていただきます。
また、召喚所内での、暴力・セクハラ・迷惑行為はご遠慮願います」
「あのー、女医さんですか?」
「ええ、わたしは異世界召喚の女神、ジョイです」
「もっとピチピチしているかと思った…」
「はーい、セクハラ! 減点1」
「減点されるのか」
「冗談です。えーっと、大森 学、男性、16歳、
高校2年生か。召喚前の状況は…」
女神ジョイはタブレットを見ながら、俺の個人情報を確認している。
「学校帰り、ファミレスのバイトに行って働き、
休憩室でスマホゲーム中に昼寝をしてしまい召喚される、か」
言われてみて、確かにバイト休憩中にスマホゲームしていたことを思い出した。
だが、昼寝ぐらいで召喚されるか、普通。
寝ている間に事故でも起きて死んだのかなぁ。
「スマホゲームねぇ。
ゲームに沼って、課金しまくっていたんでしょう」
「していませんよ。俺は無課金の帝王と呼ばれてるんで」
「ふぅん、バイトしているのに?
じゃあ、バイト代は何に使っているのかな?」
「スマホの通信料。あとは貯金です」
「貯金? まだ若いのに貯金とは堅実だこと」
「普通ですよ。今どきの高校生って、
将来のために貯金するんですよ」
「あ、そう、知っているわよ、もちろん。
今どきの若い子は貯金しているのよねー」
これは絶対知らないと、俺は見た。
「将来の夢を聞いていいかな」
「公務員です」
「はぁ、公務員ね、真面目なんだなぁ。面白くない。
サッカー選手とか探検家とか、
もっと夢のあるものを聞きたかったなぁ。
公務員以外で、なりたかったものはないの?」
「そうっすねぇ、あえて言えばYouTuberかな」
「なるほど、そうなんだ」
女神ジョイの、したり顔を見て、俺は失敗したと思った。
ここで語った夢が異世界での職業に加味されるかもしれない。
******
揺れる馬車の中で、
お嬢様は、俺が落としたスマホを見つめながら言った。
「これ、一体何ですの?」
そう言いながら、お嬢様はスマホを撫でたり、ひっくり返したりして観察を続けた。
「頼む、返してくれ」
“この異世界で授かったチートスキルは、そのスマホにあるんだ。
それが無いと、おれはノースキル、ノーマジック!
ただの雑魚なんだぁー!”
******
異世界召喚されるには健康診断が必要なのか。
女神ジョイは俺の目の下をめくって色を確認し、咽の奥も診て健康状態を確認した。
次に、聴診器で胸の音を聞いた時だ。
女神ジョイの顔色が変わった。
「まさか…」
何? 何か変なのか? 気になる。
「俺、何かの病気ですか?」
「しっ! 黙って!」
もう一度、心音を確認している。
はぁーっと大きなため息をつきながら、女神ジョイは頭を抱えた。
「俺、死んだんですか?」
「それ、聞きます? それはそうですよね。
このような告知をするのは女神としてもとても心苦しいです。
マナブさんは、受け止められますか?」
何だ、そのもったいぶった言い方は。
「はい、俺なら大丈夫です。たぶん」
いっそのこと、はっきり言って欲しい。
「マナブさん、あなた……死んでいませんね」
「はぁ?! びっくりした。生きているのかよー」
「はい、ちゃんと生きています」
「じゃ、なんでここに召喚されたんだ?
死んだから異世界転生するんじゃないのか?」
「それ、ちょっと違いますね。
生きていますから異世界『転移』になります」
「異世界転生でも転移でも、何か理由があるだろ」
「理由ですか? 大変申し上げにくいですが、
これは……単なるミスですね」
「ええええええ! ミスって召喚していいの?」
「よくある事です。召喚の座標ポイントを読み間違えるなんて。
最近、細かい字が読みづらいのよ。6なのか9なのか0なのか…」
「誰が」
「わたしが」
「もしかして老眼…」
「もう! 今さら言ったって、しょうがないでしょ。
間違えたものは間違えたのよっ!」
「なんで、ミスった女神が謝罪しないで、
開き直ってるんですか」
「女神だからよ。
あなた、神様が謝ったなんて話、聞いたことあります?」
「ない」
「でしょう!!」
何かがおかしい。
この異世界召喚は、何か間違っている!
「でも心配いりませんから」
女神ジョイは、空中からA4サイズの紙と石らしき物を取り出して、平然と言った。
「この紙に描いてある通りに、地面に魔法陣を描くのです。
描き終わったら、このクリスタルを持って
中心に立てば元の世界に戻れますから」
「今すぐですか」
「希望でしたら、今すぐ帰らせてもいいけど?
普通は、『やったー異世界転移だ。俺TUEEE系で無双してやるぜ!』
って、気分アゲアゲになるものだけどね。
お聞きします。
早く戻りたい理由、何かありますか?」
「大好きなアニメの最終回が観たかった」
「それから?」
「推しのコンサートチケットが当たったから行きたかった」
「それだけ?」
「あとは、あれだ。今月のバイト代まだもらっていなかった」
女神ジョイは吹き出した。
「ちっちぇー、ちっちぇー! そんな理由?
いいですか? 異世界に行けるのよ。
転生じゃなく転移ってことは、
今のあなたの状態で、そのまま異世界で暮らせるのよ」
「だって、異世界にはゲームないですよね。
スマホの電波も通ってないですよね」
女医はポンと膝を叩いて立ち上がった。
「わかりました。そこまで言うのなら、
さっさとお帰りいただきましょう!!!
はい、これが魔法陣の紙と取扱説明書。
そして、これが転生転移用のクリスタル……」
女医は俺にそれを渡そうと手を伸ばした。
あわてて、俺も受け取ろうと手を伸ばしたが、女医が手を離す方が早かった。
クリスタルは女医の手から落ち、床の雲をすり抜けて落下していく。
雲の隙間から、クリスタルが落下していく様子がよく見える。
「あぁーーーーー!」
「あぁーーーーー!」
下界には高い山々が連なり、崖の中腹でのんびりと昼寝していたドラゴンが大あくびをした。
クリスタルはその口の中へ、ホールインワン達成!!
次の更新予定
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