第4話 婚約破棄ってえげつねぇ
「とてもいい働きぶりですね」
俺は、誰かに褒められた。その声は……
「あ、セバスワルドさん、もう大変ですよ。俺、ここの使用人と間違われて…」
「セバスワルドに褒められるなんて、大したものだわ」
「あれ? マリアンお嬢様。お屋敷に行ったんじゃ?」
「なんだかね、時間に遅れたからと言って、中に入れてもらえなかったのよ」
「俺を助けたからですか」
「何をおっしゃって? 関係ないわ。全然違うから気にしないで」
いや、俺のせいで遅刻してしまったからだ。
それにしても、婚約者なのに中に入れないって、おかしくないか?
不思議に思っていると、サットガ邸の立派なバルコニーに一人の青年が姿を現した。
パーティー会場に招かれた淑女・紳士たちは、「おお」と小さく驚いて、
一斉にバルコニーに注目した。
「ホジネオノ様だ」
皆、食事している手を止めて、軽く会釈をしはじめた。
「マリアンお嬢様、婚約者がバルコニーの高い所から君を見下ろしているぞ。あそこに行かなくてもいいのか」
マリアンお嬢様は、慌てることもなくただバルコニーの婚約者を見上げていた。
婚約者は集まった人々にむけて挨拶をはじめた。
「淑女・紳士の皆様、本日は、わたしのためにお集まりいただきありがとうございます。わたしホジネオノ・サットガは、本日…」
婚約者は一旦、スピーチを止めてから大きく息を吸った。
「本日、マリアン・オラエノ伯爵令嬢との婚約を……、破棄する!」
マジ?
ラノベテンプレ通りの婚約破棄シーン、キターーー!!
マリアンお嬢様にとって、これって超ショックだよな。
大丈夫かな。
マリアンお嬢様は、キッと婚約者を見上げたまま反応していない。
悲鳴とか上げるんじゃないのかよ。
普通ならここで「何故ですの」とか言いながら、取り乱すシーンだろ。
あまりのショックで固まってしまったのか?
「婚約を破棄する理由は、わたくしが真実の愛に目覚めてしまったからである。わたくしは、心から愛する女性と婚約することにした」
おい、それって浮気って言うんだよ。
なにも正々堂々と、バルコニーの上から目線で言うことじゃないだろ。
マリアンお嬢様はやっと口を開いた。
「ホジネオノ様、わたくしの他に愛する女性ができたのなら、早くおっしゃってくださればよろしかったのに。突然のことで、この場で言われても納得できませんわ」
「これが最も早いタイミングである」
「まあ、そうでしたの? このタイミングで、しかも公衆の面前で? ホジネオノ様に真実の愛を教えたのは、どのような女性なのかしら。さぞかし、お綺麗で頭も切れる女性なんでしょうね」
「知りたいか。マリアン、お前にとっても他人ではない。紹介しよう」
ホジネオノは左端のカーテンに隠れている女性を手招きした。
カーテン裏にいる女性が恥ずかしがっている声が聞こえる。
「いやですわ、ホジネオノ様。恥ずかしい……」
「いいから、出ておいで。ジレーナ」
相手の女性の名前が聞こえたのか、マリアンの顔から血の気が引いた。
「紹介しよう。わたしの新たな婚約者、ジレーナ・オラエノ伯爵令嬢である」
パーティー会場の客人たちが、ざわつき始めた。
「なんと、ジレーナお嬢様といえば、マリアンお嬢様の妹じゃないか」
「まぁ、マリアンお嬢様ったら、可哀そうに……実の妹に婚約者を取られるなんて」
「ホジネオノ様は二股かけていたのか。しかも美人の姉妹を」
「しっ! そのようなことを口にしてはなりません」
来客のざわつきに気が付いたのか、ホジネオノという婚約者は開き直った。
「ジレーナはご存じの通り、マリアンの妹だ。したがって、オラエノ伯爵との契約はそのまま変わることはない。皆さま、どうかご安心を」
すると、新たに婚約者となったジレーナが図々しく甘えた声で言った。
「ホジネオノ様ぁ、そのようなことを皆さまの前で言ったら、お姉さまが可哀そうですわ。わたくし、お姉さまの婚約者を奪ったと思われるじゃありませんか」
「ジレーナ、わたくしのハートを奪ったのは、間違いなく君だよ」
「いやん」
おいおい、こんなことでいいのか。
マリアンお嬢様、妹に婚約者を取られて悔しくないのか。
何とか言ってやれよ。あのバルコニーのバカップルに。
「ホジネオノ様、ジレーナ、ご婚約おめでとうございます。お心が既にわたくしに無いのなら、いまさらわめいても無駄ですわね。ただ、一言だけ申し上げてよろしいでしょうか。ホジネオノ・サットガ様に嫁ぐために、花嫁修業に費やした時間を返してください。わたくしは、一生懸命に刺繍や音楽や学問に取り組んできました。その三年間をお返し下さい」
「ハハハハハ、さすがに時間を帰すことは出来かねるなぁ。そんなに悔しいのかい? マリアンは容姿端麗で頭脳明晰、言うことのない女性ではあるが、なんかこう……情熱が感じられなかった。だが、今ここで、そこまで悔しがるところを見ると、なかなか可愛い面もあるのだな。時間は返せないが、わたくしの二番目の妻にしてやっても良いぞ」
「恐れながら、丁重にお断り申し上げます」
「な、なにぃ? サットガ侯爵子息の第二夫人の座だぞ。断るのか!」
「わたくしよりも、妹のジレーナを幸せにしてやってください。わたくしの願いはそれだけでじゅうぶんです。もう、時間も返してくださらなくても結構です」
「強情な女だな。涙のひとつくらい流したらどうだ! わたくしに恥をかかせやがって!!」
妹のジレーナお嬢様が、ホジネオを止めた。
「ホジネオノ様、もうそれくらいにしてください。このジレーナのお願いを聞いて。
あれでも、わたくしにとって、たった一人のお姉様ですから」
「おお、ジレーナ、君はなんて心優しい女性なんだ」
ホジネオノは後ろに立っていたオラエノ伯爵に向かってこう言った。
「ジレーナとの婚約ということでよろしいですよね。オラエノ伯爵」
父親としてオラエノ伯爵はどういう態度をとるのか、俺は気になった。
そのオラエノ伯爵は、この事態にただオロオロするばかりだった。
それでも、末っ子の娘がかわいいのか、ジレーナの肩を抱いた。
これで、決まりだな。
ズタボロになったマリアンお嬢様。
の、ハズだが……気丈にも、涙をみせずにバカップルに会釈をして言った。
「どうそお幸せに……、帰りましょう、セバスワルド」
とんでもない婚約破棄の目撃者になってしまったけど。
俺は、どうすればいいんだ。
ここのサットガ邸の使用人として、ここで働くのか?
あのホジネオノに、俺は使われるのか?
「あなた、何してるの? 早くいらっしゃい、帰りますわよ」
マリアンお嬢様が俺を見て、ついて来るようにと誘ってくれた。
このまま、マリアンお嬢様の後に付いて行っていいのか迷っていると、
セバスワルドが、俺の背中を押した。
「オラエノ家の新しい使用人だと、さっきお嬢様がおっしゃったでしょう。しっかり働いてくれないと困りますよ」
俺たちがパーティー会場を抜けると、さっきから怪しかった雲からザァーザァーと雨が降り出した。
貴族の客人たちは、突然の雨に、まるで蜂の巣をつついたように大騒ぎしはじめた。
その悲鳴を背中に聞きながら、雨の中、馬車に向かって俺たちは走った。
俺は一番に馬車に乗り込み、馬車のステップに足をかけたマリアンお嬢様に、手を差し伸べた。
すると、すかさずセバスワルドがそれを遮る。
「ここはわたくしが……」
「あ、すみません。俺は一番後でしたね」
マリアンお嬢様は何も言わずに窓の外を眺めている。
「お嬢様、濡れた髪をお拭きになりますか?」
セバスワルドは、やわらかそうなタオルをお嬢様に差し出した。
あるじゃん、やわらかいタオル。
俺には麻布を使ったくせに。
タオルを受け取ると、マリアンお嬢様はそれに顔をうずめて
「うわーーーーーーーーん」
さっきの気丈な姿からは想像できないほど、大きな声で号泣しはじめた。
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