第5話 スマホを落しただけだよな

 しばらくは、そっとしておいたほうがいいかもしれない。

公衆の面前で、マリアンお嬢様はどれだけ我慢していたことだろう。




しばらく号泣するとスッキリしたのか、マリアンお嬢様は泣き止んだ。


俺からは、さっきの出来事について何も触れないようにしよう。


……………………。



「……とんだ猿芝居をさせられたものだわ」


最初に沈黙を破ったのは、マリアンお嬢様だった。


「これから話すことを、ここで終わりにしてくださるなら、思いっきり愚痴りたんですけど」


「お嬢様、承知いたしました。新しいボーイもよろしいですよね」


新しいボーイって、誰。

あ、俺?


「お、おう。いいんじゃないっすか? 思いっきり愚痴ってスッキリしなよ」


マリアンお嬢様は、すぅーっと息を吸ってから、一気にしゃべり始めた。


「どんな甘い言葉で、ジレーナがホジネオノをたぶらかしたのかはわからりません。

知りたくもありません。でも、婚約者を奪うなんてことをしておいて、私は純真無垢ですと言わんばかりの、あの演技はなに? たいした女優ですこと。まぁそんなことを言ったら、茶番につきあって哀れな姉を演じた私も同じですけどね。

大女優の姉妹に振り回される、頭の悪い侯爵家ご子息ホジネオノ様。ご愁傷さまです!!」


「妹さんは、純真無垢なふりをしていたって? それはそうかもしれないけど、

マリアンお嬢様も、お芝居だったんですか?」


妹さんは、いい子のふりしてる子だとは思ったが、

まさかマリアンお嬢様までその芝居に付き合っていたというのか。

妹も姉も大女優じゃないか。


俺が傭兵に捕まってピンチのとき、確かにマリアンお嬢様は女優並みの演技力で救ってくれた。

だから、大女優だとしてもマリアンお嬢様を俺は批判できない。

むしろ、そのおかげで牢屋送りにならなくて済んだのだから、

お陰様でと、感謝さえしている。


「ええ、あの場が盛り上がるのをジレーナは期待していましたわ。そう、わかりましたもの。ジレーナの行動は、前から薄々感づいていました。だから、あの邸宅には入りたくありませんでしたの」


薄々感づいていて、わざと遅刻したというのか。

それで、あの落ち着きだとしたら、マリアンお嬢様って大女優だな。


「ジレーナは何でも私の物を欲しがっていたから……ドレスや本やぬいぐるみ……

そして、ホジネオノ様もジレーナにとっては、欲しいモノの一つですの。婚約破棄させたのも、ガーデンパーティで私を貶めるように仕組んだのも、ジレーナにとっては楽しいゲームなのよ」


恐ろしい姉妹のバトル。

それにしても、妹はやり方が汚い。


「だとしてもだ。公衆の面前であんな仕打ちをするなんてさ、人間としてどうよってことじゃないか?……」


俺はマリアンお嬢様を慰めるつもりで、そう言った。

だが、もっとかっこいい言葉で彼女を慰めたのは、セバスワルドだ。


「お嬢様、今日のことはこの雨と一緒に流しましょう。大丈夫ですよ、お嬢様には必ず運命の殿方が現れます。このセバスワルドが言うことに、嘘偽りはございません。今まで、わたくしの予言が外れたことがありますか?」


「ありがとう……でも、セバスワルド。でも、ひょっとしてあなたは、

全部知っていたんじゃなくって?」


セバスワルドの表情に一瞬焦りの色が見えた時だった。

突然、馬車が急停車した。



ガタンッ!



その瞬間、俺の胸ポケットからスマホが勢いよく飛び出した。

スマホは、ちょうどマリアンお嬢様の足元へと……



 俺は、危険を察知したセバスワルドに背中を踏まれ、スマホはマリアンお嬢様の手の中にあった。


「それは…、危ない物じゃない……です」


それを聞いて、セバスワルドはマリアンお嬢様から手を離した。


「それ、俺の物です。……返してください」


マリアンお嬢様はスマホを興味深く観察し始めた。


俺が落としたスマホを見つめながら言った。


「これ、一体何ですの?」


そう言いながら、マリアンお嬢様はスマホを撫でたり、ひっくり返したりして観察を続けた。


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