第6話 スマホ起動
「あなたって不思議ね。どんな世界からやって来たの? これって、タロットカードみたいだけど絵柄はないのね。全体が滑らかで光沢があって、片面だけが黒い鏡面のようになっているわ。それに、今までに触ったことのないほどツルツルとしてるし……意外と重さもあるかしら」
「頼む、スマホを返してくれ」
マリアンお嬢様は、スマホの汚れを拭き取りながら、興味津々のご様子。
「助けてもらって、ずいぶんと失礼な言い方しますのね。いいんですのよ、今すぐあなたを馬車から放り出しても。そしたら、また傭兵に追いかけられるでしょうね。
まあ、それも面白いかもしれないわ」
面白いだと? そういう趣味なのか。
「わたくしに八つ当たりするとは、お門違いですわ」
八つ当たりじゃない。
マジでスマホを返してほしいだけなのに。
セバスワルドは、スマホを見てから完全に警戒モードに入っていた。
「くっ……」
ここで暴れて、馬車の外に放り出されたら、今夜は寝る所が無い。
我慢だ、我慢……
「このカードは、すまほ? といいますの?」
マリアンお嬢様は、スマホの滑らかな光沢のある黒い面を見て、好奇心を刺激されたようだ。
「このスマホという物、わたくしが預かってもよろしくって?」
「なんで!? 嫌だ…。それは俺のだろ」
「なるほど、確かにそうですわね」
マリアンお嬢様、諦めてくれたのか?
「セバスワルド、屋敷にどこか空いている部屋はなかったかしら。彼をしばらく住まわすことはできない?」
「使用人部屋なら、先日、ちょうどひとつベッドが空きました。お嬢様が先ほど演じられたときから、わたくしは、彼をボーイとして雇用するつもりでしたが」
その言葉に、マリアンお嬢様は両手をパンっと打ち、
「ちょうどいいわ。あなたって運がいいわねぇ!本当にオラエノ家のボーイになれましてよ。そして、このスマホとやらをわたくしに預けません? 見たところ、住む場所もないんじゃなくて?」
俺は「うっ……」と悩み言葉に詰まってしまった。
住む所は欲しい。
だが、スマホだけはダメだ。
あれが無いとドラゴンを探しに行けない。
何しろスキルがあるのは、俺じゃなくてスマホなんだから。
俺が困っている様子でもお構いなし、上機嫌でスマホを触っているマリアンお嬢様だった。
すると、今までスリープ状態だったスマホが起動した。
ロック画面が映り、暗証番号を押す画面になった。
「きゃっ! 何これ」
「それ以上は触るな!」
俺は秒で、マリアンお嬢様からスマホを奪還することに成功した。
「ってか、やっぱり電波入ってる!?」
俺は暗証番号を押して、ロックを解除してみた。
画面はホーム画面になった。
これのどこにスキルが付与されたのか、皆目見当がつかない。
あの女神ジョイ、スマホに関しては充電の必要無し、と言っただけだ。
その他の機能に関しては何の説明もしないまま、転移に関する手続きは終了し、ここに来てしまった。
「あら、きれい! 色とりどりの四角いマークがたくさん並んでいるわ」
「ああ、これはアプリと言ってだな……、って、なんで覗き見しているんだよ!」
「あぷり? あー、わたくしの名前のアルファベット、『M』がデザインされたものを見――っけ!」
マリアンお嬢様は、そのアプリを指先でタップした。
当然ながら、アプリが立ち上がってしまった。
「あらーー! いろんな方の顔が映っていますわ!!! これは魔法の鏡なのですか?」
あああああ、よりによって配信用アプリを立ち上げやがった。
「どの人も楽しそうですわね」
マリアンお嬢様は、それに惹かれ、さらに触ろうとした。
「ちょっ……!?」
俺は、スマホに触ろうとしたマリアンお嬢様の手を払いのけた。
「なんですの!?」
「何って、これは配信アプリだ。勝手に配信に入らないでくれ」
「はいしん? あぷり? 入る? 馬車の中で? 何に入るんですの?
でも、その慌てぶりを見ると、もっとすごいことが起きるということね。
断然、すまほに、興味が湧きましたわ!!」
湧かなくていい。湧いているのは頭だけにしとけ。
「セバスワルド、使用人たちの今夜の賄いは何かしら?」
「確か、カボチャのクリームシチューと黒パンだったかと……」
その手できたか。
うう、俺の胃袋を刺激してくるとは、なかなか考えたな。
「ねぇん、このはいしん? もう少しだけ見せてくださるかしら?
見せてくれたら、あなたのシチューだけ大盛にしてさしあげましてよ」
ゴクリ。
俺は生唾を飲みこんだ。
俺の名前は大森だけに、シチューの大盛りは大好きだ。
だめだ、生物学的に食欲を制御するのは不可能だ。
「見るだけだぞ。絶対に触るなよ」
俺は手に持っているスマホの画面を、マリアンお嬢様に見せた。
それは、配信者の枠ごとに、配信している内容だった。
見せた配信内容は、楽しそうにおしゃべりしたり、歌っていたり、ダンスしたりと
現代日本の若者の普段の様子だが、マリアンお嬢様はそんなことにさえも感動していた。
「何て楽しそうなんでしょう!この中には、自分らしさを発揮して輝いている人たちがたくさんいるわ。今まで見たこともない、こんな生き生きとした世界があるなんて、これまでのわたくしは、何だったのかしら……」
この程度のコンテンツで感動するのか。
マリアンお嬢様の今までは、どんな人生だったんだ。
「わたくしも、このようになりたい……」
マリアンお嬢様は、ぽつりと呟いた。
「このようになりたいって……、こんなの別に普通だがな」
俺は適当に返したが、マリアンお嬢様は今までの自分があまり好きではないらしい。
「貴族の女は家柄のために嫁ぎ、家名に恥ないように生きる……そんなわたくしに自由なんてあるはずがありません。もし、このスマホの中の人たちのように自由に、生き生きとしていられたら、どんなに幸せでしょう」
「そ、そうかな。ただ喋ったり歌ったりしているだけじゃん。そんなに自由がないのか、貴族の令嬢ってやつは」
「これはどうやって配信しますの? わたくしにも出来るのですか?」
やっぱりそう来たか。
嫌な予感しかしない。
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お読み頂き、ありがとうございます。
ここまでは、『第一章 スマホと一緒に異世界移転』でした。
次回からは、『第二章 リスナーさん最強説』が始まります。
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