第2章 リスナーさん最強説

第7話 配信したガール

「これはどうやって配信しますの? 

わたくしにも出来るのですか?」


めんどくさっ!


「説明してどうする…、どうせお嬢様には無理で……」


「わたくしのターン! ドロー! 黒パンカード!!

……特に深い意味はありませんわ。

夕食の黒パンをもう一個追加します」


その言葉に、俺は一瞬だけ顔がぱぁっと明るくなってしまった。

待て、待て、その手に乗ったらいけない。

俺はすぐに、元の顔に修正した。


「餌で釣ろうって魂胆か…? 言っておくが俺はそんな……」


「トラップカード発動!

……深い意味は省略、プディング追加!」


それ乗った!

黒パンとプディング追加。


「今、お嬢様が触ったMのマークはですね、

Magic CASTマジックキャストという配信アプリなんです。

これで、リアルタイムの映像を不特定多数が見られる仕組みというわけで。

スマホさえあれば、誰でも配信できるし、視聴もできる……」


プディングに釣られて、俺は一気に説明してしまった。

それで、マリアンお嬢様の様子はというと……、

ダメだ。

頭の上にたくさんの?マークが浮かんでいる。


「待って、言葉だけで説明されてもよくわかりませんわ」


言葉だけじゃわからないって? それはそうだが…

もう、めんどくせーな。


俺は馬車の席から立ち上がり、マリアンお嬢様の椅子の背もたれに手をついた。

そして、スマホ画面が見えるように接近した体勢になった。

その体勢が、まるでマリアンお嬢様に壁ドンしているように見えたのか、

セバスワルドが二回咳払いをする。


——ゴホン!ゴホン!


その瞬間、馬車が揺れて、俺は頭をぶつけた。


「痛っ!」


ぶつけた頭をさすっている俺に、マリアンお嬢様は、


「揺れますから。立ちながらの説明は危ないですわ。

わたくしの横にお座りくださいませ」


と隣の席へと促された。

では、お言葉に甘えまして。

俺は、マリアンお嬢様の横に座って、一緒にスマホをのぞき込みながら説明する形をとった。

スマホを手にした俺のすぐ横にマリアンお嬢様の顔が近付いてくる。

自分で顔を近づけてきたくせに、


「ちょっと、顔が近いんですけど……」


それ、俺のセリフだけど。

俺だってそう思うが、馬車の中が狭いのだからしょうがない。

俺は配信の説明に没頭した。


「いいか? 配信アプリを開いたら、こんな画面になる。

下の丸いボタンを押すとライブ…つまり配信の準備画面な。

俺のアカウントではやらないけどな。

それで……」


「アカウントって何ですの?」


マリアンお嬢様、そこからかよ。


「…………説明面倒くさい。

俺の使ってないアカウントやるから、それ以上聞くな。

んで? 君の名前はマリアンだっけ?」



「あ、アカウントの説明を飛ばした!

あなたも、よくわかってないのね」


「そうじゃない! アカウントから説明したら日が暮れるからだ。

で? マリアンだっけ?」


「わたくしの名前? マリアンですけど、

呼び捨てにされると、なんだか胸キュンですわね」


「マ・リ・ア・ン……ね。はい、はい、はい、はい。

こうして名前を登録すんだよ。

それで次に、このライブ配信のタイトルを入力する。

例えば…まぁ、

なんでもいいか…ツ・ン・デ・レ・令・嬢……」


さすがに適当過ぎるかと思ったが、胸キュンとか言われるのは初めてだし、

どう反応したらいいのか困るんだよ。

呼び捨てじゃないからな。

ただ、名前を確認しただけだからな。

そんなことを心の中でつぶやきながら、スマホ画面に文字を入力していった。


「打っている単語の意味もわかりませんし、

指も素早く動いていて、よくわかりませんわ」


そんな様子を見ていたセバスワルドは、俺があまりにお嬢様に身体を近付けたからか、

また大きく咳払いをし始めた。


——ゴホン!ゴホン!ゴホン!


異世界じゃなかったら、マスク無しでの咳払いは、エチケット違反と言いたいところだ。


「それにしても、

もう少し細かく丁寧に教えてくれてもいいんじゃないの?」


「ほら、この画面だよ」


「スマホに向かって、文字を打っているあなたの横顔って…」


「……」


「ちょっとだけ、本当にちょーっとだけ、

好みかもしれないけど」


「……」


「あ、今のは、独り言ね。お気になさらずに」


「……で、あとはこの丸いボタンを押したら配信始まる。

けど、今は押すなよ。

はい、配信の仕方を教えました。以上、終了!」


俺はセバスワルドからの鋭い視線が痛くて、慌てて元の席に戻った。

その時は、スマホがいつの間にかマリアンの手の中にあることに気が付かなかった。


「うーーーん、そうねぇ……ちょっと貸してくださる?」


あれ、俺、スマホを渡したっけ?

独り言ねとか言ってたが、その言葉に俺の集中力が散漫になったのかもしれない。


「俺の渾身の説明を聞きながら、うまくスマホを手にしたな」


「あら、丸いボタンが光ったわ。押してみよう」


俺の話も聞かず、マリアンお嬢様は迷うことなくボタンを押した。


「押すなって言っただろ!! 

ま、一回だけなら、まだ配信スタートにはならないけどな。

二回目は押すなよ」


「……!? わたくしの顔が!?……

わたくしの自慢の髪が雨でぐちゃぐちゃですわ…毛先も跳ねまくり……」


「鏡じゃないんだから……もう、よせって…」


「あら?入室1? あっ、2に増えましたわ。

入室ってことは誰か見に来たのかしら?」


いつの間にか、配信ボタンをもう一度押したらしい。


「バカ! なに配信してんだ!!」


俺の言葉など聞き流し

マリアンお嬢様は配信を続ける。



「皆さま、いらっしゃいませ! どうも、マリアンでーす。」


そう言いながら、呑気に手を振っているマリアンお嬢様。


まさか、ほんとうに異世界から配信できて、しかも入室者がいるとは。

俺は、慌てて口パクしながら、注意した。


……切れ! 切れ!……


「わたくし、これが初めての配信ですの。

ご覧になれていますかぁ?」


俺の口パクの意味が通じないのか。

マリアンは、俺なんかには気にも留めず、夢中で表示されたコメントを読み始めた。



“こんにちはー”

“はじめましてぇ!”

“大丈夫。ちゃんと見えてるよー”

“ヤバ!めっちゃ可愛い!!!”



驚いたことに、コメント欄が空中にスクリーンのように映し出された。

セバスワルドの落ち着きぶりを見ていると、

その画像は俺にしか見えていないようだ。


「すごい! 見ている人からどんどん文章が届く!

可愛いだなんて、そんな、正直な……、嬉しいですわ!」


……切れ! 切れ!……


俺は諦めずにずっと口パクを続けた。


「なんか、外野がうるさくてごめんなさーい。

せっかく来てくださったのに、残念ですわ皆さま。

またお会いしましょう。ごきげんよう。

……えっと、切る時はどこを押すのかしら」


……右上のバツ!……


マリアンお嬢様はバツが描いているボタンを押し、

配信を終了しますか?という画面に切り替わると、『はい』を押した。


なんとか配信は終了した。



「ったく、いきなり配信するなよ!

押すなよって言っただろ。俺の話ちゃんと聞いてた?

聞いてなかっただろ?」


俺は大きく溜め息を吐きながら、マリアンお嬢様を睨みつけた。


「聞いていましたわ。……大体は…

そんなに怒らないでほしいですわ。

確かに好奇心に負けて、話も聞かずに衝動的に動いたのは悪かったですけど。

でも、こんなに心動かされるモノなんて、初めてなんですから!

もう少し、大目に見てくださっても……」


「大目に見たいところだが、

このスマホで勝手なことをされては困るんだよ!」


「あなたがいた国では、

スマホというものを持っているのが、普通なんですの?」


「まあ、普通にみなスマホは持っているが、

俺のスマホは、ちょっと事情があって特別なんだ」


「ここら辺ではありえない服装と技術の世界なんですね。

違いがあって当然なんでしょうけど。

普通とか特別とか、何が基準なのかしらね」


「君が普通なのかって聞いて来たからじゃん」


「……まぁ、あなたが配信を教えてくれた時、

確かに上の空だったかも。

ごめんなさい。

あなたの注意を聞いていませんでした」


マリアンお嬢様は素直に謝った。

彼女の言う通り、普通とは世界が変われば基準も変わる。

普通とは曖昧なものというのは確かだ。


「ああ、俺も言い過ぎた。悪かった」


マリアンお嬢様は、俺の顔を見ながら、ニッコリとほほ笑んだ。

かっ、可愛いすぎるだろ! その笑顔。

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