09犬の肉

 ヘラの国の東道清トウ ドウセイは、幼い頃から犬と暮らしていた。道清が妻を娶ることになった時も、祝いの席の最も高い位に犬を座らせた。道清の妻もこの犬と親しくなり、二人と一匹で仲睦まじく暮らすこととなった。


 しかし数年もすると箆の国を旱魃と飢饉が襲った。食物は足りず、誰もかれもが痩せ細っていった。いよいよ飢饉も酷くなってきた折、道清の妻が身ごもった。「このままでは子を産むどころか、その前に妻が飢えて死んでしまう」と考えた道清は、犬を撫でながらどうしたものかと思案にくれていた。すると、犬がすくりと立ち上がって言った。「私は長いことあなたの世話になってきました。あなたの妻も、私に親しくしてくださいました。この身を持って、それに報いたいと思います。私を殺して食べてください。」


 道清は驚き嘆き悲しんだが、背に腹は変えられず泣く泣く犬を殺して料理した。妻には本当のことを言えず「犬は飢えに耐えきれなかったのだろう、どこかへ行ってしまった。」と伝えた。


 犬の献身により、道清も妻も飢饉を乗り越え、無事に息子の顔をみることができた。しかし生まれてきた子は全身毛だらけで、どことなく耳が大きく、口が裂けていた。また、道清が何度言い聞かせても四つ足で歩くことをやめなかった。

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蛮世記 沖 洋人 @oki-hirot

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