明日、隕石が降ればいいのにと俺は言った

バルバルさん

そして俺は第一志望を落とす

「あーあ、明日隕石でも降ってくりゃいいのに」


 そう俺は夕方に向かう寒空に向かってぼやく。

 コンビニ帰りの道はやや薄暗く、この先を曲がれば空き地があり、さらにしばらく歩けばやっと自宅だ。

 明日は第一志望の大学の入試がある。今日まで必死に勉強した……つもりではあるが、正直、受かる気がしない。

 ならばいっそのこと、隕石でも降ってきて全部無しにしてもらいたい。なんて悲観するほどに期待が持てないのだ。

 その二日後に入試のある第二志望校は落ちる気がしないのに、この差は一体何なのだろうか。

 第二志望校はあくまで滑り止め、本命は第一志望の大学。そのために高校生としての時間を勉学に費やしたのに、このあいだの模試の結果を考えるとやってられない。

 とは言っても、天にぼやいて隕石なんて降ってくるはずがない。

 明日には何事もなく入試があるのだろう。


 ……とも言い切れないのがこの世の常である。


 去年の暮にはアイスランド沖で鯨のような怪獣が出現したし、その3カ月ほど前にはエスレルド星系人類なる宇宙人の犯罪者がアメリカで地球防衛軍と戦ったという。

 ここ日本でだって、年に一体くらいの頻度で怪獣が現れる。なら、隕石でなくとも入試が中止になる可能性はある。

 俺だって本気で隕石が降ってきてほしいわけじゃない。だが、それくらい明日の入試が憂鬱なのだ。

 無意味な空想から現実へと目を戻し、白いため息を吐き出しながら、曲道を自宅側に曲がる。

 手にはコンビニで買った夜食用のおにぎりやパンの数点入った袋。

 これで、最後の悪あがきをする……つもりであった。


「……ん?」


 その道の途中、空き地に大の字に転がっている女がいた。

 ……え、何で?

 と、立ち止まり数秒見つめてしまったのが、俺の運の尽きだったのだろうか。


「そこの高校生」

「え」

「そこのコンビニの袋を下げた君だよ。それ以外にいないだろ」


 そう寝転がっている女性が話しかけてくる。

 よくよく見れば高校の制服を着ている。俺の通っている高校とは別の街にある高校の制服だ。

 短めの髪で顔立ちは中々にかわいらしい。

 ……というか。


「え、俺に用っすか?」

「そうとも」


 そう言いながら、彼女は上半身を起こし。髪に着いた土などを払っている。


「実はね、私はとても、とーってもお腹が空いている」

「はあ」

「だから、良ければその袋の中身をめぐんではくれないかな?」

「はぁ?」


 何で? というのが正直なところだ。

 見知った顔でも買ったものを施すなんて躊躇するのに、見知らぬ彼女に施す理由があるのだろうか。

 いや、無い。


「あ、俺急いでるんで」

「もちろんお礼はするさ。家に連れ込んで、あんなことや、こんな事をしてもらっても……」

「ぶっ……っ!」


 何を言い出すんだこの女。

 俺の中での関わらないでおこうメーターが降り切れる。が、同時に疑問も浮かぶ。


「ちなみに、それ、俺以外にも言うつもり?」

「もちろん」


 ……まあ、おにぎりもパンも、お腹が空くことを警戒し少し多めに買った。

 なら、1個や2個分けてやっても構わないだろう。


「ほら、エビマヨおにぎりとシャケおにぎり、焼きそばパンにコロッケパンがあるから。好きなのを選べ」

「ツナマヨやサンドイッチは無いのかい?」

「ない」

「ちぇ」


 小声で文句をぶつくさ言うが。よほど腹が減っていたのか、俺の言った4種類すべてかっさらわれた。

 ……全部やるつもりは無かったのだが、まあいい。


「ほら、食べたら家帰れ」

「もひろん、そうふるつもりは。たか、もうすこしあとにな」


 もう少し後?

 そう思いつつ、俺は空になった袋をクシャッと潰し。


「まあいいや、じゃあさよなら」

「ああ。またよろしくな」


 また、なんて無いと思う。そして、よろしくする気も無い。

 俺は、再びコンビニへと向かった。

 その帰りは、別の道を通った。


◇◇◇


 入試が終わった。結果は……まだわからない。

 予想通り、第一志望校の試験は微妙だが、第二志望校はそこまで悪くはない出来だった……ハズ、である。

 まあ、泣いても笑っても後は待つだけだ。そう思いながら、コンビニから自宅へと向かう。

 だが、今日は最近使っていた道が工事中だった。なら仕方がない。あの道使うか。

 まさか居ないだろう。あれから、5日経ってるんだぞ。


「やあ、君はこないだの」


 5日経ってるんだぞ。

 空き地には、今日も大の字になって転がっている彼女がいた。


「また私に施しに来てくれたのかい?」

「……まさか、あれから毎日そうしてる?」

「質問を質問で返すのはマナー違反だよ?」

「そーですか」


 そういう問題か?

 まあいいや、今の手持ちは、カツサンドイッチと……

 じゃない。なんで俺はこいつに施そうとしているんだ。


「まあいい、君の質問には肯定しておこう。私はここ一週間、毎日ここでこうしている」

「え、一週間毎日? ずっと?」

「ずっとではないよ、10時間くらいかな?」

「今、冬なんだけど?」


 まじか。この寒い時期に10時間も外で寝転がってるとか、こいつ本当にオカシイのか?

 関わらないでおこうメーターが再び降り切れるのを感じつつ。


「一週間も何してるわけ?」


 そう、要らぬ好奇心も出てしまった。


「ふふん、私はね、隕石を呼んでるのだよ」

「隕石? 空から降ってくるあれ?」

「少し違うね、宇宙から降ってくるあれだよ」


 何を言ってるんだコイツは。

 はぁ、とため息を吐きながら、俺はコンビニの袋を置いて。


「ほら、それ持って早く帰れ」

「おや、信じてないね? 私が超能力で隕石を呼んでることに」

「あー、はいはい。信じてますよ。ええ」

「ならよし。私は後1時間こうしているよ」


 その言葉には返す言葉すら持てなかった。

 とりあえず、上着を脱いで、彼女にかけてやる。


「おや」

「寒いだろ。寝てるなら布団にして、帰るならとっとと帰れ」


 そして、俺は震えながら家に帰り、夕食のレトルトを温めながらテレビをつける。

 すると緊急ニュース番組がやっていた。


「現在、地球防衛軍は地球へ向かう隕石への防衛措置として、日本、イギリス、カナダに巨大加速粒子砲を……」


 え、マジで?


◇◇◇


 その次の日、俺は目的をもって空き地に来ていた。


「おや、君は……ええっと?」

「俺は」

「そうそう、確か藤堂善真君だね」

「そうそう、とうどうぜんま……え?」


 俺、こいつに名乗ったっけ?

 まあ、そんな細かいことは良い。


「なあ、昨日テレビでやってたけど……」

「そう、そうとも。地球まであと少しだよ!」

「あと少しって……」

「君は、あの隕石と私の関わりを聞きに来たのだろう?」


 正解である。

 とはいえ、それを認めるのもなんか悔しいので。


「いや、俺は昨日渡した……」

「温かい上着を返してもらいに来るという、らしい口実もあるし、来やすかったろう!」

「……あー、はいはい」


 なんか、調子が狂うな。


「まあ、君の調子なんてどうでもいい! やっと成就するんだよ、私の隕石落としが!」

「隕石落とし」

「そう、私の超能力を全力で使えば、隕石も落とせるのさ」

「で、俺の上着は?」

「まだ乾いていないよ。だって昨日洗ったばかりだよ?」

「超能力で乾かせないのか?」

「隕石をアステロイドから引っ張ってきたんだ、今の私には超能力の余力は無いのさ」


 なんか、凄いのかそうじゃないのかわからん奴。

 まあいい。こいつの能力が仮に本当だとして。

 仮に、こいつが隕石を呼びよせたとして。


「なんで?」

「え、だから。超能力の余力がなくて乾かせなかった……」

「じゃなくて、何で隕石なんて呼んだの?」


 こいつには、隕石を落としたいと思うだけの理由があったはずだ。

 それを聞いておこうと思ったのだ。


「うむうむ、良く聞いてくれたね!」


 そして、彼女は空に手を伸ばし、くるりと芝居がかって一回転。



「この世界を、粛清するためさ!」

「はい?」

「もっとかみ砕いていえば、滅ぼすんだよ、この世界を!」


 何を言ってるんだ? この女は……


「はぁ……」

「まあまあ、聞いてくれよ。そもそも、この世界は冷たすぎるんだ。だから私はアステロイドの隕石とリンクして……」

「帰る」

「え」

「また明日な~」

「ちょ、ちょっと」


 聞いておいて何だが、限りなく時間を損した。

 だが、まあ。

 彼女にとって、この世界は滅んでほしい物なのだろう。

 そう思うと、なんだか少しだけ、彼女に興味がわいてきた。


◇◇◇


「よお」


 その次の日も、俺は空き地に来ていた。

 昨晩、ネットサーフィンしながら流し見していたテレビは隕石一色だった。あれが落ちてきたら、地球文明は終わるらしい。

 なので、地球防衛軍は総力を挙げて地球の三か所に防衛用の砲台を作っているという。

 難しいことはわからないが、そこから粒子砲を宇宙に向かって発射し、隕石を吹き飛ばす……らしい。

 まあ、そんな壮大な計画があろうと、俺の一日は変わらず始まった。

 というか、世界は何事もないかのように回っている。コンビニも普通にやっているし、学校も、遊園地や水族館だって同じようにやっている。

 恐らく、隕石なんて一般人には何もできない。なら地球防衛軍の作戦が成功して、助かった時に困らないように皆、今を普通に生きているのだろう。

 さて、俺が挨拶をすると、手に俺の上着を持ってたたずんでいた彼女の肩が、ビクリと動いた。


「あ、君」

「上着、乾いたの?」

「あ、ああ。超能力を使うまでもないよ」

「ありがと、寒かったんだ」


 そう言って、彼女から上着を受け取り。


「名前」

「え」

「俺の名前一方的に知ってるの、なんか変だろ? アンタの名前教えてよ」

「な。なんだい? ナンパかい? まったく、いくら私がかわいいからって……」

「そうだよ」

「……っえ」

「で、名前教えてくれるの? くれないの?」

「あ……茜。美空茜……だよ……」

「ふーん、じゃあ茜って呼ぶわ」

「え、あ、う」

「茜。世界さ、アンタの隕石で滅ぶんだろ?」

「そ、そうとも! このくだらない世界は、私の呼び寄せた隕石で粉々に……」

「じゃあ、その前にデートしよ」

「は?」

「計画は昨日立ててきたから、ほら、ボケっとしてないで、行くよ」

「ま、ちょ、えー……」


 そのまま、俺は彼女を連れて、やや無理やりにデートに向かった。

 こういう相手は、調子に乗らせないことが重要だ。

 妹でそういうのは経験済みだから助かった。

 さて、まずは王道で水族館でも行くか。


「おー! すごい、全面海みたいだ!」

「あー、そうだな」


 到着すると、茜はびっくりするほどに目を輝かせて、ガラスの向こうの魚群に興奮し始めた。

 いい機会なので近くで彼女を観察してみる。

 自分に比べれば小柄。同じくらいの年齢だとは思うが、同じ高校の女子に比べると、なんか、子供っぽい気もする。

 冬に外で長時間寝転がるなんて、少し宇宙人かと疑う奇行だが、腕に残る何重ものリスカの跡を見て、その考えは捨てた。


「ほら、何をしているんだ! 早く先に行こう。この先、クラゲコーナーだって!」

「はいはい。今行くから待ってろって」


 ただ、意外に隣にいて楽しいし、悔しいがとても仕草が可愛らしい。

 仮に隕石落としが本当だったとして、まだ死にたくないしその考えを改めて欲しいな。なんて想い5割、死ぬ前にデートという物を体験したかった下心5割で誘ってみたのだが、そんな考えが申し訳なくなるほどに、俺は楽しいし、彼女も楽しんでいると思う。

 そのまま、水族館でのデート、その購買所でのショッピング、レストランでの食事……と、デートは計画通りに進んだ。

 その間、様々な物事に、目を輝かせはしゃぐ彼女が、なんだか眩しかった。

 ただただ眩しかったとしか言えないが……あまり内心でとはいえ褒めるのも悔しいので、気のせいだと思う事にした。

 でも、帰り道には茜とデートできてよかった。なんて思うくらいには惹かれていた。

 そして日も暮れてきて、水族館から空き地に戻って来た。

 彼女の手には、水族館で買ったぬいぐるみなどが入った紙袋。


「いやぁ、楽しんだよ! ありがとう。善真君!」

「善真」

「え」

「呼び捨てでいいよ」

「わ、かった。じゃあ、善真……今日は、楽しかったよ。じゃあ、私はこれで……」


 と、帰ろうとする彼女の手を取った。


「何言ってんだ」

「ふぇ?」

「家、行くぞ」

「え。え」

「お前のな」


◇◇◇


 茜の家は、普通のなんてことはない一軒家だった。

 チャイムを鳴らすと、小さい音と共に、戸が開く。


「あ、こんばんは」

「あなたは?」


 そこから出てきて俺を怪訝な目で見るのは、多分、茜の母親。

 俺の後ろからひょこりと顔を出した茜を見ると。


「茜!」

「あ、えっと、その……」


 何やらもごもごいう茜を俺は無視し。


「娘さんとお付き合いさせていただきます。藤堂善真と申します」

「ぶっ……っ!」


 後ろで茜が噴出したが、無視しつつ、何事か言う前に。


「今日は遅くなり申し訳ありません。一緒に水族館へ行かせていただきまして、こうして挨拶もご一緒に」

「あら、あらあらあら!」


 お母さんらしき女性は、礼をしながらの俺の言葉に喜びをにじませた表情をして。


「ちょ、ぜんま」

「ちょっと上がっていきませんか? 荷物もあるようだし!」

「ちょ、ママ……」

「ありがとうございます、では……」


 こうして、俺は茜宅に上がった。

 そして、恐らく恥ずかしさで顔を真っ赤にした彼女の隣に座って、そのお母さんと少し話をさせてもらった。

 茜の好きな事、好きな物、もっと幼い頃の事……


「……っ! 部屋戻る!」


 その恥ずかしさに耐えられなくなったのか、彼女は部屋に戻っていった。


「でも、本当に善真君がいい人そうで良かった」

「いえ、僕は……」

「あの子、超能力がどうのって言ってなかった?」

「え、ええ。言ってました」

「その力。私は信じてるの」

「……そうですか」

「やっぱり母親ですもの。彼女がいうなら、そうなんでしょうって、受け入れる。でも……」

「世の中は、そこまで温かい言葉では包まれてませんよね」

「……ええ。やっぱり、超能力抜きにしても、あの子は変わってるから。色んな言葉で、行動で……傷ついてるの。でも私は……あの子の限界に、気が付けなかった。そのせいで、私はあまり好かれてないけど、あの子には幸せになってほしいの」


 その言葉を、静かに俺は聞く。

 彼女が切り付けられた言葉の刃、行動の暴力。その痛さは……俺にはわからない。

 でも、きっとそれは。

 この星を、隕石で滅ぼそうと決めるほどには痛かったのだろう。

 そうとだけ思った。


◇◇◇


 次の日。彼女はまた、空き地にいた。


「ちょっと、善真!」


 そして、真っ赤になりながら俺に突っかかっている。


「昨日は、あの、その、その!」

「隕石」

「え」

「あと三日で降ってくるんだってな」


 あと三日で、隕石はこの星に衝突するらしい。

 そして、人類の文明は、いや、この星の生命全てが終わる。


「そ、そうとも!」

「お前が、隕石どっか行けって願えば、隕石はどっか行くのか?」

「……もしかして」

「あ?」

「もしかして、私にそう願わせるために、あんな彼氏の真似事したの?」


 そういう彼女の表情は、なんといえばいいのだろうか。

 絶望も、嫌悪も、軽蔑も侮蔑も混じった、そんな顔。

 そのおでこを、ピンとはじく。


「痛!」

「ばーか」

「何をぉ?」

「そんなことするほど暇じゃねぇよ」


 ……最初は半分くらい思ってたが、今は、彼女を止めようとは思わなくなっていた。


「え」

「滅ぼしたいなら滅ぼせばいい。お前がそう願って、そうなるなら……この星は、お前ひとりの価値しか無い星なのさ」


 

 そう言って、俺はポケットから、指輪を出す。


「ほら」

「え」

「指輪」

「み、見れば、わかるよ……」

「正直、俺は死にたくない」


 そして、俺は彼女に本心をぶつける。


「滅びたくない。生きたい。明日も、明後日も、来年も、その先も」

「……でも、それは、無理だよ。私が、隕石で滅ぼすから」

「そうかもしれない。だから、その願いの次に強い願叶えとこうかなって」

「え?」

「昨日、俺から強引に誘っといてなんだけど、めっちゃ楽しかった。あんなに隣にいて楽しいって思える相手、家族以外で初めてだった。茜と、残りの時間を過ごしたいって思ったんだ」


 だからさ。


「これ、受け取ってよ。世界滅びなかったら、もう少し段階踏んだんだけど」

「……ば、ばか、じゃないかな? 君は……」

「そーかもな」

「そういうのは、もっと、ふさわしい場所があるだろう!」

「例えば?」

「え、えーと、えーと……レストランとか、お花畑とか……その……」

「ん?」

「君の、家とか?」


◇◇◇


「ただいま」

「……ここって」

「そ、怪獣災害の仮設住宅」


 彼女を、俺の家に招待した。

 なんか、指輪を受け取るなら俺の家で。などとごねるので仕方がなく。


「言ったろ、何もないって」

「お、おとうさんとか、おかあさんは?」

「一昨年まではいた。妹も」


 いまは、これが家族さ。

 そう言って、位牌と写真の並んだ机を示す。


「そ、んな」

「茜の家は別の街だから知らないか。一昨年な、怪獣がここら辺一帯を焼き払ったんだ。で。俺は学校にいて無事だったんだけど、みんな、みーんな灰になった」

「……あ、う……」

「だから、正直な話……世界が滅んでも、良いんだ」

「え、でも、でも!」

「ああ、滅びたくない、生きたいさ。でも、滅びも、死も……それが仕方がないなら受け入れるよ」

「う、え、ぇ……」


 そこで茜が吐き出しそうになっているのに気が付き、慌て背をさする。


「ごめんな。はやく、ここから出よう」

「う、うう、ん」


 真っ青な顔になりながら、首を振る茜。


「……めん」

「え」

「ごめん、なさい。ここ、善真の家族がいるのに……」

「あー、気にすんなって」


 そして、俺達は家を後にした。

 また、空き地に戻る。彼女は真っ青な顔のままだ。


「……っ」

「茜」

「世界、終わるね」

「……ああ。あと三日くらいでな」

「善真……指輪」

「ん?」

「つけてもらって、いい?」

「ああ」


 すっと、俺は彼女の指に、指輪をつけた。親の、たった一つの形見を。


「……温かい……」

「そうか?」

「うん……世界が、こういう温かいだけの世界だったら、私……」

「……そうかも、な」

「また、明日も」

「ん?」

「明日も、あさっても、しあさっても、その先もここにいるよ」

「ああ」

「また、来てほしい……ダメ、かな」

「良いさ……あ、だけどし明後日以降は無理かも」

「なんで?」

「だって、その時には世界終わってるんだろ?」


◇◇◇


 隕石は、もうすぐ阻止限界点に到達するという。

 だが、今日もいつも通りの一日が始まった。

 今日にいたるまで、毎日、俺と茜はこの空き地で交流した。

 やはり、彼女がいるというのは気分がいい。まあ、こいつは変わり者だが、それを差し引いても、やはりいい子だというのは痛いほどわかった。


「善真」

「ああ」

「明日、世界は終わるね」

「そうだな」


 怪獣用シェルターも、隕石の前では無意味だ。

 だから、避難した人は少ないという。

 皆が、明日で終わる世界で、明日終わってくれるなと思いながら、恐怖を胸にしまい、普通に生活をしている。


「……キス」

「え」

「キスして」


 いきなりだな。

 だけど。そういえばしてなかったな。


「なんだよ、今しろってか?」

「うん」

「……」

「あはは、顔、真っ赤だね」

「うるせぇ、お前も真っ赤なくせによ」


 そして、お互いに甘めのドリンクを飲んだ後、俺と茜はキスをした。

 甘い、甘いキスを。


「……」

「善真?」


 正直、感無量である。

 初めてのキスが、こんなに幸せでいいのだろうか。

 ああ、神様。どうか、もう一度、明日キスしたい。


「あーあ、明日隕石は降らないで欲しいなぁ」

「……」

「なんて、もう、無理かぁ」


 そう笑い、彼女を抱き寄せる。

 その表情は見えない。でも、温かい。


 その時、頭の遥か上を、一筋の光が進んでいくのに気が付く。


「あれ、は?」


 その光は、真っ直ぐ北へと向かう。

 そういえば、ニュースでやっていた。

 隕石を破壊するための、粒子砲!


◇◇◇ 


その時、地球の三か所から光が隕石へと向かう。

地球防衛軍の対隕石用粒子砲だ。その光は、隕石へと吸い込まれ……

瞬間、粉々に吹き飛ばした。


◇◇◇


 携帯端末にニュース速報が入る、隕石が、砕かれたと。


 やった、やった、やった、やった!

 明日も、明後日も、生きられる。滅ばなくていい!


 正直、俺自身は諦めていた。明日、世界は終わると思っていた。

 が、終わらない。俺の関係ないところで、世界は救われたらしい。

 そうなれば嬉しい。また明日、茜とキスできる、ずっと一緒にいられる!

 嬉しすぎて、逆に感情を整理するために混乱するほどだ。


「茜、隕石、砕けたって! ……茜?」


 だから、彼女の異変に気付くのに遅れた。気がつけば、俺の胸元は真っ赤だった。

 彼女の吐血で。


「茜!」

「ふ、ふ。良かったね。善真。世界、救われた」

「なにが、どうなって……」

「……っ。君は気にしなくて、いい。ただ、隕石を引っ張るのは……私もノーリスクじゃ、無かったのさ」

「ま、さか。隕石が砕かれたのって」

「違う、私じゃない……でも、隕石と、私はリンクしてたから……隕石が壊れれば、私も」

「そ、んな……っ」

「ふ、ふ。この世界は、私一人以上の、価値があった……それだけだ、よ」

「違う……そんな……そんな……」


「善真」


――大好きだよ


 そう彼女は、最後に俺を呪って。

 隕石の崩壊と共に。彼女にとっての、狭く小さな世界は終わった。


◇◇◇


 彼女がいなくなっても、世界は回る。

 どうやら、彼女が言った通り。世界は、彼女一人分以上の価値があったようだ。

 世界中の、明日を生きたいという願い、それが地球防衛軍の隕石破壊作戦を後押しした……のだろうか。

 それとも。実は彼女が隕石落としを止めて破壊してくれたのか。

 いや、そもそも、茜は本当に超能力者だったのか?

 あの後、彼女の鞄から薬が見つかったらしい。詳しくは教えられなかったが、多分、自殺用の。

 それに、俺の名前を当てたのだって、俺の上着に書かれた名前から当てたのかもしれないし、隕石だって、虚言だった可能性の方が高い。

 だけど、茜のお母さんの言葉じゃないが……きっと、茜は自分の世界に絶望した超能力者だったんだ。

 そして、自分の人生という世界を、自分で壊してしまった……

 そんな超能力者が、俺に、大好きという呪いをかけてくれた。


 ったく、茜……これじゃあ俺、お前以外、好きになれないじゃないか……

 死後も、俺に迷惑をかけやがって……俺も、大好きだよ。


 とはいえ、死を悲しむばかりはできない。俺の世界は、俺の人生として回っていく。

 彼女の死が、俺の大きな傷跡になりながらも、痛みに気付かないふりができるようになってからしばらくして。

 入試の結果が届いた。

 第一志望は落ちていた。


「あー……」


――あーあ、明日隕石でも降ってくりゃいいのに。


 なんて、空に呟こうとして、やめた。

 霊になった彼女が叶えてきたらシャレにならない……なんてな。

 そう思いながら、家族の写真の隣に、一つ増えた写真に笑いかけた。




◇◇◇


――そうとも!

 ――君が願えば、なんだって叶えるよ!

  ――隕石だってもう一度降らせるし、彼女は……無理だけど……

   ――だから善真。私が呪った世界で、私の呪いを胸に、いっぱい生きてね。

    ――いっぱい……

     いっぱい……

      ……

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