僕殺の鏡

田中かなた

僕殺の鏡


僕は昔から鏡を見るのが好きだ。

よく母の化粧台の椅子に座り鏡の自分と会話をしていた。

母と父はそんな僕を気味悪がり精神病院に通わせていたが僕にとってはただの退屈な事を質疑応答するだけの無駄な時間。

ああ退屈だ。

僕は鏡の世界の僕と話をしたい。

楽しい時間。

だがある時母は化粧台を解体し捨ててしまった。

僕は一日中泣きじゃくり目が紅く腫れてしまっていた。

お母さんなんて嫌いだ。

僕と友人の関係を絶とうとする悪魔だ。

僕は怒りで頭が一杯になった。

鏡を捨てられた夜。

僕は手に包丁を握り母と父が眠る寝室に入った。

母と父は魘されていた。

僕は母の喉元に包丁を目一杯の力で突き刺した。

齢八の幼き僕の力では包丁は完全に喉元には刺さらず傷が浅かった。

故に母は苦しみ悶えた。

自らの血に溺れ僕の手を強くとても強く握りそして引っ掻いていた。

父は異変に気付き目を覚ました。

僕を吹き飛ばし母の首に刺さる包丁を抜いてしまった。

それが仇となり母の首からは血が噴水の様に溢れ出した。

父はパニックに陥るも何とか救急車を呼びそして父は包丁にある指紋から犯人として起訴された。

僕はあまりの嬉しさに口が裂けんばかりに笑みを浮かべ愉悦に浸かった。

あれから僕は施設に送られた。

施設では皆鏡に向けて話をする僕を気味悪がり誰も近付こうとはしなかった。

施設の職員からも注意をされた。

僕は我慢ならなかった。

僕に文句を垂れた施設の職員に花瓶を投げ付け制裁を下した。

その施設の職員はその件以来辞職したのかもう僕の目の前には現れはしなかった。

そしてあれから時は進み十の歳。

僕が鏡に向け話すのを気色悪いと言った奴を懲らしめた。

尖った石で何度も頭を叩き付け職員が止めに入った時には脳味噌がぐちゃぐちゃになっており時既に遅し。

その子供は死に僕は精神病院で引き取られた。

何も無い空間で監禁をされた。

医師は鏡を忘れなさい君はこのままでは鏡に己を殺されてしまう、そう言った。

僕は怒りでどうにかなってしまいそうだった。

僕の無二の友人を馬鹿にした者は必ず殺す。絶対に殺す。

あれから僕は出る食事を拒み続け四日。

痺れを切らしたのか僕は抑え込まれ飯を無理やり口に入れられた。

吐こうとしても抑えられる。

非力な子供の力では大人には敵わない。

僕は己が弱さに嘆いた。

これじゃあの医師を殺せない。

僕はある事を閃いた。

ここで大人しく良い子ちゃんにしとけば早く出られると。

僕はあれから飯も食い鏡と会話をしたいと言う衝動を必死に抑え込み2ヶ月。

医師は僕を正常になったと判断し監禁を解いた。

やっとこその待ち侘びた時。

僕は僕を傷付ける者は許さない。

僕はあれから前とは違う別の施設へ送られる事が決まった。

今日の夜には迎えが来るそうだ。

僕は医師の元へ向かうべく、医師に感謝を伝えたい。

看護師にそう言うと看護師は偉いわねぇと僕を賞賛し例の医師の居る部屋まで案内をした。

医師はまだ居なかった。

今呼んでくると看護師はそう言って僕を椅子に座らせた。

僕は椅子に座り医師が来るまでの間僕は部屋を隅々まで見た。

武器になりそうなのはノートパソコンぐらいか。

扉が開かれ医師がやって来た。

医師は今体調はどうか、心身は安定しているか等色々聞いてきた。

僕は適当に返事をし医師が少し後ろを向いた瞬間にパソコンをとり医師の頭に叩きつけた。

医師は最初抑え込もうとしていたが何度も叩かれていく内に意識が飛んだのか気を失った。

僕は怒りが体から離脱していくのを感じた。僕を傷付けた報いだ。

僕はあれから何度も何度も叩きつけた。

異変に気付いた看護師らが僕を抑え込み縄で体を拘束された。


駄目だ。

まだ死んでいない。

殺さねば僕が報われない。


あれから役2週間後。

医師は退院し僕の居る部屋に来た。

そしてこう言った。


このままでは君は鏡に殺されてしまう。

私はね君に幾ら憎まれ様ともどうでも良いんだ。だけどね君にはこれ以上の後悔を抱いては欲しくないんだ。

君はまだ幼き未成熟の子供だ。故にまだ知る事は叶わないだろうね。

後悔はとても怖いのだよ。君の抱えてしまった後悔は君を死へと誘う。鏡はね君を死の道へと案内する死神だ。


僕は檻から医師の首元に手を伸ばし絞め殺そうと躍起になる。

医師は深く溜息をして檻に入ってきた。

襲い掛かる僕を薙ぎ倒して首を絞めた。


私はね君を負の道へ行かせたくは無いんだ。その為なら鬼にでもなってみせる覚悟だ。


僕は必死に抵抗をするが勝てない。

怖い。

死ぬのか?

僕は涙が零れ落ちた。


分かるか!?これが痛みだ!君が犯した深き痛みだ!怖いだろ!?これが恐怖だ!鏡が誘う恐怖は更に恐ろしい!君の犯してしまった事は無限に死のうが浄化は出来ない!君が今出来るのは苦楽を抱きながら生を全うする事のみだ!


僕は意識を失った。

あれから目を覚ました時僕は鏡を忘れた。

その副作用は非常に辛い物であった。

後悔と言う重い物が背を満たし僕を苦しめた。

医師の言う事を今は理解出来る。

あれから施設に送られる時医師に一つ忠告をされた。

君が鏡を思い出した時君は殺されると。

鏡は君が幸せになった時君を殺すことに躍起になる筈だと。

僕はにっこりと笑って医師にグッドポーズをした。


あれから六年後。

俺は里親が見つかって高校では青春を謳歌した。

彼女が出来初めての性行為。

俺は鏡に執着していた自分をとっくに忘れていた。

あの時の後悔すらも。


そして更に月日は経過し二十歳の歳。

私は結婚をした。

子を授かり僕は涙を流し歓喜した。

子が産まれ初めて抱っこをした時の感動は必ず忘れる事は出来ないだろう。

あれから3年後、娘は成長し自らで歩き喋る事も出来る様になっていた。

娘はよく妻の化粧台に上がり鏡をじっと見詰めていた。

私はそれを見たその時思い出してはならない呪われた記憶を思い出した。

娘に張り手をし鏡を見るなとキツく怒鳴った。

妻は心配し何があったかと尋ねた。

だが今の私にその言葉は届かなかった。

娘は高笑いを上げ私が何故笑っているのかと聞くとこう言った。


自分は良くて私はダメなの?

パパは自分のお母さんを殺したのに幸せになっていいの?

パパは鏡を馬鹿にされたからと言う理由で自分と同じ歳の子を殺したのに何で今幸せになっているの。

何でパパは苦楽を抱いて罪を浄化しろと言われたのに何食わぬ顔で幸せになっているの?

何でパパは…


うるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさい


僕を傷付ける娘なんて要らない死んでしまえ。


妻は貴方おかしいわよ!と更に僕を傷付けた。


許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない


僕はまともだ!

僕を傷付ける奴は許さない!


殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる


私は意識が現実に引き戻された時そこには涙を流しながら血塗れになり倒れる娘と妻の顔。

娘の顔は恐怖に歪み3歳とは想像が付かない顔になっていた。

妻は悲しみに顔が歪み死んでいた。

私は何たる事を…!

そうかこれが死神

僕を殺す鏡。

僕殺の鏡。

私はあれから自身の首を包丁で突き刺し血に溺れながら生を終えた。

鏡は死神だ。

鏡は霊界へと通ずると言う逸話が存在する。もしかしたら鏡は常に私達を死へと誘っているのかもしれない。

あれからこの事件は安井春夫の無理心中事件として幕を閉じた。

誰も安井春夫と言う男の墓に訪れ様とはしなかった。

ただ一人を置いて。

涙を流しカモミールと言う花を添える老人は線香を上げ手を合わせた。

そして踵を返し、鏡に殺された不幸な男の物語は幕を閉じた。

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