番外編 モルゴースと五人の息子たちの断末魔

妙遊

第1話 ロト王

 妻はユーサー王のお手付きではないかと思う。


 そもそもコーンウォール公爵が、キャメロットに公妃イグレインを連れてきたのがすべてのはじまりだった。


 彼女はあまりにも美しかった。

 コーンウォール公爵のゴルロイスはやに下がった顔で言う。

「いやはや、お恥ずかしい話ですが妻と離れるのは辛うございましてな。此度ユーサー王が連れてきてもよいとおっしゃってくださり、それはもう嬉しくて嬉しくて」

 喜んでいる場合ではない。こいつはよっぽどの馬鹿だ。

 人妻でもう四人も産んでいるにも関わらず、乙女のような清らかさと、とろけるような媚薬のような色気をあわせ持っている。

 まずい、どう考えてもまずい。俺もちょっとまずい。

 幸い、俺にはまだ妻がいない。こんな妻をもらえれば……

 駄目だ。正気を保て保て、領地のことを考えよう。帰ったらまた年老いた家令に小言を言われるんだ、早く帰ってこないとは何をお考えですかとか言われるんだ。大事なのはわかるがもっと優しく言えんのか、と言ったら「いつも人を縊り殺しそうな気配で丁寧におっしゃる王より、直申し上げる私の方が百倍優しゅうございますが?」と言われるんだ。

「陛下、ご機嫌うるわしゅう。コーンウォール公爵が夫人イグレインですわ」

 イグレインがそれは優雅に艶っぽく挨拶をした。たかが挨拶なのに男の心を鷲掴んで恋に叩き落とす。なんたる驚異。

 あ、ユーサー王も恋に落ちたな、これは。

 俺が恋に落ちるより最悪な展開だぞゴルロイス。お前は死ぬことが確定した。


 予想通り、ユーサーはゴルロイスを攻め、殺し、側近は何食わぬ顔でお悔やみをいいながら、公爵一族の申し入れという態をとって、イグレインがユーサー王の妻になるように仕向けた。

 まあこれくらい考えるよなあ。側近のウルフィアスはそこまで賢くないにしても、魔術師のマーリンは鬼のように賢明だ。

 噂ではユーサーはゴルロイスに化けてティンタジェルに行き、既に一夜を共にしたという。マーリンの手のうちですべてが転がっている。

 俺たち小国の王は、茶番を見守らされている。

 ああイグレインの顔色の悪いこと。可哀想に。恨むなら軽率な夫を恨めよ。独身の男盛りにあんたなんて極上のエサをぶら下げられて、奪い取れる力もあるのに我慢できるヤツはそうそういない。俺がブリテン王でも我慢しきれるかはわからん。

 ん?二人の娘?いるのか、あのイグレインに。同時に婚姻か。やけに急ぐな。なんだ?


 二人の娘の婚姻を考えるところで一度休憩になった。

 さてどうなるんだろうな。一体マーリンは何を画策している?

「ロト殿、ロト殿」

 物影からささやきかけてくるものがいる。

「なんだ?」

 小声で返事をすると「内密でお話が、こちらへ」と返事。

 さりげなく物陰の方へ曲がる。おぉ、マーリンじゃないか。

 マーリンの案内で小部屋に連れていかれる。

 窓の方に来い来いと合図される。

 窓から見下すと。

 ……?!イグレインが三人?

「マーリン殿、もしかして」

「娘御のモルゴース様とモルガン様だ」

「ほぉ……」

 泣き濡れていて美しい女性が二人と、一人は気丈に覚悟を決めた顔のこれもまた美しい女性がいる。

 三人ともそっくりだが、表情が全然違う。なるほど、泣きじゃくる弱いだけの女より芯のある女の方がいい。妻になるならただ寝て心地良いだけ女では役に立たん。話になるような、知恵もあり、領地経営も共にできるようないい女でないと困る。

 あんな女を妻にできたら最高だろうな。

「お気に召されましたかな」

 ギョッとした。そういえばいたのだった。得体の知れん魔術師よ。

「あ、ああ、美しい貴婦人を拝見するのは全ての男の喜びだろう?ところで何用かな」

「実は、モルゴース様が貴方様に惚れましてな」

 何?!

「モ、モルゴース様、とおっしゃると?」

「あちらの悲痛にも泣きじゃくってらっしゃるのがモルガン様。静かに泣いてらっしゃるのがイグレイン様。どちらでもないのがモルゴース様です」

 あの……気丈な女が、俺に惚れた?

「モルゴース様には結婚の話を前々からしておったがなかなかうんと言ってくださらなかったのです。とはいえ、やはり婚姻の話は進めねばと思っておりましてな。いかんともしがたく難儀しておりました。可哀想ですが、無理矢理結婚させるしかあるまい、と。しかし先ほどの会議の様子をモルゴース様がご覧になり。ロト殿、あなた様であれば構わない、むしろあなた様しか嫌だ、他の者と結婚させるなら塔から身を投げて死にます、とおっしゃったのです」

 そんなことを、あの、あの、気丈そうな女が。

「私はつい『任せてくれ、いい婚姻だから話をまとめてくる』と請け合ってしまい。あなた様のご了承もなしにすみませぬ。モルゴース様は大喜びなさって。このようにおっしゃっていました。あのような理知的で物事に動じぬ、しかも逞しくて頼り甲斐のあるあなた様のような方と結婚するのが夢だった、夢が叶って嬉しい、ありがとうマーリン、これで生きる希望ができた……ああいや、すみません。喋り過ぎました」

 そうなのか、そうなのか、あの、あの気丈そうな女が、泣かずに泰然としているのは、俺を見つけたからなのか。俺を見込んで。

「あの、ロト殿、ご気分を害されましたかな?」

 マーリンが気遣わしげに訊いてくる。

「ああ、いや。あのような美女に懇願されてはそのように答えてしまうのも仕方があるまい」

「では」

「私でお役に立てるようでしたら、モルゴース様を妻にお迎えしましょう」

「おぉ、ようございました。このマーリン、安心いたしました。礼を申しますぞ」


 その後の会議ではほとんど意識がなかった。

 あの、あの美しい、イグレインに生き写しの、しかもさらに若い、気丈な、俺の好みの女……!あの女を俺はもうすぐ手に入れるのだ。これが動揺せずにいられるか。ああ、ああ、あの女が俺の女!!

 かろうじてなけなしの理性をかき集めて、恥じることなき対応はできた。

 いかん、駄目だ、理性が焼ききれそうだ。叫びたしたい気持ちだ。

 会議が終わった。早く、早く宿所に戻ろう。叫び出したくなる。ああ勃ちそうだ。鎮めねば。

 ……後ろから追いかけてくる気配がある。

 パタパタと急ぎ足。歩幅が狭い。女か。誰だ?

 それとなく後ろをちらりと見る。

 モルゴース!

 モルゴースじゃないか。

 そんなに、そんなに俺を慕っているのか。

 ならば来い、迎え入れよう、準備はできている。モルゴース!!

 宿所の部屋の扉を開けたところで足音が真後ろに来た。

 捕まえた。

 抱きすくめて、部屋に入れ、扉を締めて、鍵をかけ、逃さぬように。共にベッドに落ちて、顔を両手で包み、初めて顔を間近で見る。

 なんと愛らしいのか。なんと美しいのか。まるでこの世の奇跡ではないか。

 気丈そうな顔をしていたのに今は不安げに瞳が揺れている。大丈夫、大丈夫だ、俺も君を愛しているよ。

 口づけて中に舌を割り込ませる。しっくりとぴたりと合う感覚。ああ、この女は俺と結ばれるために生まれてきたのだ。

「な、ぜ……ロト?」

 なぜ、とは……ああ、そうか、マーリンよ、お前はこの天使に俺に話したことを言ってないな?

「あなたが、あなたが俺を選んだと、俺に一目惚れしたのだと。マーリンから聞いた!」

 モルゴースに告げると、モルゴースはきょとん……とした後。

 それはそれは可憐な薄紅の薔薇が大きくひらきこぼれ落ちそうなほどに美しい微笑みを浮かべた。

 俺と心が通ったことがそんなに嬉しいか、嬉しいか、愛しい、愛しい女だ。俺の女だ!!

 なんと柔らかい唇、小さくて熱い口の中、ぴたりと吸いつく柔らかなほのかに上気したまろい肌、良い、良い、最高の女だ。

 俺は結婚など、ただ釣り合いのとれた政治的に都合の良い女とできればそれでいいと思っていた。大人な女で、きちんと政治もそこそこできる、最悪できなくても文句は言わない程度の、後継がきちんと産める女なら問題ない。後継さえ産めたら、あとはお互い好みの女や好みの男を愛人にすればいい。俺はそのくらいは器の大きい男だ。

 でも違った。なんて良い女が存在するんだ。すべてを兼ね備えている。家柄も良い、ブリテン王に恩も売れて縁戚、気丈で人を見る目のある賢い女、おまけに美しくて可愛くて愛おしい身体も最高の女。俺を愛する女。俺のために生まれてきた女!!

 尻も柔らかくて形も良い、揉み心地も最高だ。この女に、この女に早く。

「ロト……」

 女がささやいた。

 血が引いた。

 しまった。怖がらせたか?

 女を怖がらせたらおしまいだ。それで夫婦仲が壊れた男のことも知っている。

 女は怖がらせたが最後、怯えてまともに口も聞いてくれなくなる。挙げ句の果ては父と兄に告げ口され、父と兄が怒り、そいつらにていよく難癖をつけられ、領地は攻めとられる。

 結局その男は殺され、妻は新しい男に嫁いだという。恐ろしい話だ。

 この女を怖がらせた場合、出てくるのは養父のユーサー王、そして義兄の次期コーンウォール公カドールだ。

 最悪だ。さすがに俺の方が負ける。

 焦るなロト王、未来に手に入る果実を大事にしろ!!

「す、すまない、怖がらせてしまっ……」

 俺から折れれば大丈夫だ、大丈夫なはずだ、大丈夫だよな?

 しかしモルゴースは俺の首にすがりついてきた。

 そしてモルゴースの方から口づけてきた!

 呆然としている俺から、口づけを終えて、モルゴースがほんの少し身を離す。

 待ってくれ、どういうことなんだ?

 モルゴースは俺を見上げて小さくささやく。

「来て、来て。あなたのものに、して」

 ああ。お前を見くびってすまなかった。

 お前は俺の女だったな。


 気がつくと惨状だった。

 妻が、俺の未来の妻が、身体中を噛み跡だらけにされているのは……まあいい。

 問題はあそこから血が流れ続けていることだった。

 破瓜の血にしても多過ぎる。

 ……しまった。ろくにほぐしもせずに突っ込んでしまった。

 妻は、未来の妻はモルゴースは、いたいいたいと、ぐすぐす泣いている。

 やり過ぎた!処女相手にやり過ぎた!!

 商売女ではないのだ。こちらで思いやってやらないといけなかった。

 大事な女は、大事に大事にしてやらねばならなかった!

「ちょっとだけ、ちょっとだけ待っててくれ!すぐ戻る!!」

 服を着て、部屋を飛び出す。

 医者を探さねば。この城の医者はどこだ?

 通路を走っていると、モルガンがいた。

 モルゴースにそっくりだが、物凄い顔で俺を睨んでいる。俺、なんかしたか?未来の義兄だが?!

「モルガン殿、この城の医者はどこにいるのかな!」

 しかしこの城に住む女だ。絶対に医者の居所は知っている。

「なに?誰か怪我したの?」

 めちゃくちゃ剣呑だ。俺、なんかしたか?

 ……いや、したな!この女の姉を傷つけて血を流させている。

 泣きじゃくってた方の女だ。たぶん結婚も不服なんだろう。

 姉の嫁入りにも怒っているかもしれない。まずい。

「ああ、いや、私の騎士が誤ってざっくり手を切ってしまってね。至急止血をお願いしたくて」

「ふうん」

 興味無さそうだ。良かった!

 モルガンはすさまじく不機嫌そうに医者の部屋を教えてくれた。

 医者の部屋の前までやってきた。そこではたと気づいた。

 医者に、医者の男に、モルゴースの、俺の妻のあそこを見せるのか?

 嫌だ。嫌過ぎる。仕方がないとしても嫌だ。

 ああ、女の医者はいないのか。サレルノにでも行けばいるかもしれないが、あまりいるものではない。どうせ男だ。

 薬だけでももらうか。でも重傷なら診せないとまずい。

「マーリン殿は、医術の腕まで優れてらっしゃるのですな」

 部屋のなかから医者らしき者の声。

 マーリンもいるのか。

「はは、私はこれくらいしか王のお役には立ませぬゆえ」

「ご謙遜を。マーリン殿は魔術の腕素晴らしく、この世のあまねく知らぬことはなく、なんでもお出来になるとのこと。むしろ王に仕えていることすら不思議に思っておりますよ。マーリン殿なら好きにどこででも暮らせましょうし、最高の場所というならローマの皇帝の元にでも行かれればよろしいではありませんか」

「私はユーサー王が好きですので」

「これはこれは忠誠心がおありで……どうなされたのかな?お辛そうですが?」

「い、いえ、なんでもありません」

「もしかして……もしかして、そういう意味で、ユーサー王のことを?」

「……お恥ずかしながら」

「……なるほど。それはご一緒にいらっしゃるわけだ。しかし、お辛いでしょうに。王は女好きで、今からご結婚だ」

「いいのです。王のなさりたいことを叶えて差し上げるのが、私の幸せだと、私はそう思っておりますので」

 そうか。

 そうだったか。

 確かに凄まじい能力を持つ者が誰かの言いなりになるなど、恋以外にあるまい。

 マーリンは男好きか。おまけに医術もできる。ちょうどいい。

「失礼失礼、よろしいかな」

 扉を叩き、マーリンを連れ出し、モルゴースの元に向かう。

 だいぶ手間取った。許してくれ。

 モルゴースをマーリンに診せると、大した問題はなかったようで、ほっとした。

 しかし、俺の妻を、男にしか欲情しないようなやつであろうが触らせるのはなかなかに気分が悪い。……とはいえ、自ら蒔いた種だ。仕方がない。


 四日後に早々に結婚式が行われた。

 初夜はやり直しだ。

 優しく優しく優しく。俺の妻にふさわしく、優しく。

 そうしたらモルゴースに気絶させられて、気がついたときにはモルゴースは俺の上に乗って腰を振っていた。

「はぁい、ごきげんよう、我が夫たるお馬さん?」

 ……なんて自由な妻なんだ!

 大丈夫か。この女、俺のことを好き過ぎじゃないか。

 数日前に血みどろにした男だぞ。

 ああ、それにしても、なんて、なんて、ゆさゆさと絶妙に揺れるんだ。心地良い。心地良い。天国にいるようだ。

「君に、勝てる、気が、しない……」

「わたくしも負ける気はまったくしないわ」

「言ったな……!」

 下から突き上げてやると、いきなりドロリと妻の中が熱く蕩ける。身体も俺に揺さぶられるがまま、トロトロと溶けていく。

 さっきまで俺を挑発して優位に立っていたのに、瞬く間に俺に屈服してしまう可愛い女。

 ああ、俺の女、モルゴース!!

「あぁ、あぁ、あぁ、イイ、イイわ、ロト、ロト、ロト」

「……初めてのときから、こう、したかった」

 可愛い、可愛い君を、愛おしみたかった。甘いときを過ごして。記憶を吹き飛ばすんじゃなく、隅から隅まで覚えていたかった。

「ええ、今日が初夜だから。初めてよ、これがわたくしたちの初めて。あなたはわたくしにたっぷり丁寧に優しくしてくれた」

「……ああ」

 モルゴースがしっとりと口づけてくる。

 いい女だ。本当にいい女だ。

 傷つけてすまなかった。痛かっただろう。

 マーリンを呼んでくるのが遅くてすまなかった。あんなに痛がっていたのに。

「大好き、大好きよロト」

 それでも、それでも俺を選んでくれて、ありがとう。


 キャメロットに移動し、改めて結婚式を行う。

 義兄のカドールという男は、ゴルロイスに良く似ていた。

 モルゴースがあらかじめ教えてくれていた。

「カドールは実は本当の兄なのよ。お母様とお父様が仲良過ぎて、結婚前に妊娠してしまって婚外子になってしまったの。いろいろ細工して、なんとか正式に兄として戻ってきてもらえて嬉しいわ」

「……君が情熱的なのはお母上似なのか」

 合点がいった。

 彼女の愛の示し方の基準がそれなら、結婚が決まった途端、俺のところに飛び込んできたのもわかる。

 情熱的に愛してくれるのも、両親を見てのことなのだろう。そんな義父上を殺されたことは、悲しいだろう。俺が支えてやらないと。

 カドールがモルゴースを見つけて、モルゴースに駆け寄って抱き締める。

 なんて嬉しそうなモルゴース。

 いや、落ち着け俺。実の兄だ。実の兄と何かありようもない。

 カドールがモルゴースの耳に口を近づけてささやく。

 ああ、ああ、近寄るな、そういうことをするな、俺の妻だぞ!

「綺麗になったね、モルゴース」

 口説くな!!

 俺はカドールから妻を取り戻す。

 カドールがあっさり妻を離した。それはそうだ。俺の妻だ!

 妻を腕の中に囲う。全く油断がならない。

「妻を誘惑しないでもらいたい」

「そんな、ロト王、我らは兄妹となるのです。そんなことはありえませんよ」

 知っている!もともと実の兄なのだろう!

 そんなことはな……わからん!

「わかりません、我が妻は魅力的なので」

「困ったな、仲良くしてください。あなたとも義兄弟になるのです」

「コレハゴキゲンヨウ、ロジアントオークニーノオウ、ロトデス」

「アハハハハハッ!」

 妻が笑い出した。あまりにも屈託ない笑い声。

 そうだ、大人げなかった。

 こいつは兄だ。実の兄。

「……大人気なかった。すまない、カドール卿」

「いいえ、ロト王。仲良くしてください」

 カドールはくつくつ笑い、手を差し出してきた。気持ちのいい男だ。

 その後は今度はモルガンが妻の方に寄ってきた。

 モルゴースがもぞもぞ動く。

 なんだ?拘束が強すぎたか?痛いか?

 俺が緩めると、いきなりモルガンに奪い取られた!

「お姉さま、奪い取ったりー!」

 モルガンが勝ち鬨をあげる。子供みたいに。

 ……苦笑するしかない。

 妻の実家の家族の仲が大変いいだけのことだったのだ。目くじらを立てることじゃない。

 しかし、ユーサー王の視線だけが気になった。あの男はモルゴースとモルガンを、見覚えのある目で見ていた。

 イグレインを見る目と同じ目で、モルゴースとモルガンを見ていた。


 ロジアンに連れ帰り、妻の妊娠がわかる。

 一度は喜んだが、ハッとユーサー王のモルゴースとモルガンを見る目を思い出す。

 妻のあそこを診ていたマーリンを思い出す。

 拙速に決められた、俺とモルゴースの婚姻。ウリエン王とモルガンの婚姻。

 マーリンのユーサー王への献身。

 俺はおそろしい答えに行き着いた。

 ユーサー王は、イグレインだけでは飽きたらず、モルゴースとモルガンにも手をつけたのではないか?

 あんなにイグレインにそっくりで、かつ若いモルゴースとモルガンだ。手籠めにしたいのも当然だ。

 俺たちはユーサー王の子を押し付けられたんじゃないのか?よその鳥の巣に自分の卵を混ぜ、よその鳥に育てさせるカッコウの托卵のように。

 俺たちの国を、自分の子に乗っ取らせるために。托卵したのではないか?

 おそろしい、おそろしい男だ。

 しかし、妻を問い詰められるか?

 父親を殺した男に無理矢理犯されたかもしれない妻を?

 俺に救いを求めて、そうでなければ死ぬとまで言っていた妻を?

 ……無理だ。できない。

 一生懸命忘れようとしているかもしれないのだ。俺で上書きしようと必死で頑張って、だからこそあんなに情熱的に俺を愛してくるのかもしれない。

 毎日のように俺に応えてくれる妻だ。俺の愛を受けて、それは嬉しそうに花咲くごとく微笑う妻だ。

 傷つけられない。無理だ。そんなことは。

 妻のお腹はふくれていく。

 俺は怖くて仕方がない。

 その子は俺の子か?ユーサーの子か?


 月満ちて、子が産まれた。

 どちらの子でもあり得る日程。

 当たり前だ。戦後すぐに俺と妻は寝たのだから。

 産まれて来た子は妻にそっくりで、見た目では全く判断がつかなかった。

 妻は子をひどく可愛がった。俺の子だと思って、思いこんで育ててくれる気なのだろう。

 それはわかる。でも、でも、俺は不安だ。

 ガウェインと名付けられたその子を見て、内心どうしていいかわからなかった。


 ガウェインは突如攫われた。

 警護の固いこのロジアンの城から。

 そんじょそこらの魔術師が手出しできないような結界が張ってある、このロジアンの城から。

 考えられるのはたったひとつ。

 マーリンだ。

 マーリンが、ユーサーの子を連れていったのだ。

 ユーサーの後継にするつもりなのか、もしかするとユーサーに密かに恋慕するあいつ自身が育てる気なのかもしれない。

 ほっとした。心底ほっとした。

 俺の国はカッコウの子に奪われない。

 俺の国は俺の子に継がせることができるのだ。


 泣き叫ぶ妻を宥めながら、俺は毎日のように妻を求めた。俺に愛されると気がまぎれるのか、妻はむしろ積極的に応じてくれた。

 ときどきは泣き出す妻をせっせと宥めながら、俺の子種を注ぎ込む。

 次は絶対に俺の子を産め。


 妻のお腹は順調にふくらんでゆき、ガウェインの出産の一年後。

 月満ちて男の子が産まれた。

 俺にそっくりだった。

 子の姿を見た年老いた家令も「ぼっちゃま……いえ、王の産まれたときにそっくりでございますな」と言ってくれた。

 良かった!良かった!良かった!

 間違いなく俺の子だ!!

 アグラヴェインとその子は名付けられた。

 俺の子。間違いなく俺の子、アグラヴェイン。

 お前が絶対にこの国を告げるよう、全てを教えよう。国に仕える者すべてに「この子が次の王だ」とわかるように小さい頃から刷り込んでおこう。

 小さい子には負担かもしれないが、俺が全力で支えよう。愛情をたっぷり注いでやれば、大丈夫なはずだ。

 もちろん愛情はたっぷり注ぐとも。

 俺の大事な大事な息子、アグラヴェイン!

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