第3話 あちゔぁ君と白衣の死神《ナース》

 飛び起きると、そこは明るい室内の、青い大きなソファーの上だった。

「…っ…なんだ今の……夢?」

先ほど身体を突き抜けた、肉や骨がひき潰される感覚がまだ消えない。

「それに、ここは何処だろう…。」


 室内を見回すと、木製のカウンターや真っ白できれいな壁が目に入った。室内のきれいさからしてここは先程までいた瓦礫の街ではないし、さらに自宅でもない。さらにカウンターへ目を向けると、健康診断のパンフレットや、がんに関するポスターがあることに気づいた。それに、カウンターにはナースステーションという吊り下げ式の銀色の看板が掛かっている。


「つまり、ここは病院か」


「ぁ…れ?」

 ここが病院であるという事に気づいたその時、一瞬の強い違和感を感じた後に、自分が診察を受けに来たことを思い出した。


「ああ、そういえば…どこかが悪くて内科に来たんだった。どこが悪いんだっけな。う〜ん…思い出せない」自動ドアの外に広がる夜の街を眺めながらそんな事を考えていると、すぐに呼び出しの放送が鳴った。


「あちゔぁくん、あちゔぁくん。1番の診察室へどうぞ」


 言われた通り1番の診察室へ向かう。スライド式の白い扉を開けると、かわいい感じのナースさんが笑顔で座っている。


「こんばんは〜♡じゃあ、ここに座ってくださーい」明るく親しみやすい話し方は、元気な子犬を彷彿とさせた。


「えっと、今日はどうなされましたかー?」身長の低い僕と目を合わせるため、ナースさんが前かがみになると、ナースさんの胸元から白いブラジャーがちらりと見え、焦って目をそらす。


「あ…えっと、どこかが悪くて来たはずなんですけど、どこが悪いのか忘れてしまって…」自分のどこが悪いのかを忘れてしまう患者など、ふざけていると思われるだろう。必死に思い出そうとする僕を、ナースさんはどこか慌てた様子で抱きしめると、僕の顔にナースさんの胸が密着した。ふわりとフルーツのような甘い香りがはじける。


「え…?!」


「思い出さないでもだいじょーぶですよー♡すぐに手術をしますので、待合室のソファーに座ってお待ち下さーい♡」ナースさんが半歩ローラーイスを後ろに引き、僕の顔からナースさんの豊かな胸が甘い香りをふわりと残して離れる。


 あれは一体何だったのだろう…、間違えて当たってしまった…?にしてはしっかりと抱きしめられていたような気がする。そんな事を考えながらソファーに座っていると、再び呼び出しの放送が鳴る。


「あちゔぁくん、あちゔぁくん。第1手術室へどうぞ〜♡」先ほどの放送より声が明るくなっている気がする。


 手術室は診察室から10mほどの待合室を挟んだ向かい側に3部屋並んでおり、第1手術室は第1診察室からまっすぐの位置にある。ドアを開けると、大きな鉄製の椅子のような形をした装置と共に息を荒くして頬を染めた先ほどのナースさんがいた。


「よ…よろしく、お願いします」まるで発情した獣のような目で見つめられ、思わず言葉に詰まってしまう。


「は〜い♡じゃあ、早速始めましょう。ここに座ってくださ〜い♡」促されるまま冷たい鉄の椅子に座ると、ナースさんが僕の手足を装置についている拘束具に拘束する。身動きが取れない状態で、妖艶なナースさんに見つめられ、僕の方まで胸が高鳴りだす。


「緊張しなくてもだいじょーぶです♡すぐ始めますからね」そう言うと、ナースさんはメスを手術台から取り出す。


 そして、僕のお腹をゆっくりと切り開いた。お腹から血が出てきて、ズキズキと痛む。痛む、痛い…!先ほどの違和感が再び姿を現す。


「ほら、見てください…♡血がたくさんですねぇ」


 そして気づく、僕は体調不良でここへ診察を受けに来たのではない。ここは先ほどの世界の続きだ。これからまた理不尽に殺されるのだ、と。


「や…やめろ」ナースの手が僕の腹からドクドクと溢れる血で染まっていく。僕の腹がパックリと開くと、様々な色の臓器とそれらを繋ぐ管が見える。気が狂いそうになって腹から目を離すと、その先には「きれいな臓器ですねぇ…♡」などと言いながらうっとりしたような顔で僕を見つめているナースがいる。不意に体の奥から吐き気がこみ上げる。

「ぐぉぇ………げほっげほっ…」口から大量に血と吐瀉物が噴き出て、ナースさんの顔がびしゃびしゃになる。

「た、すけて…」

「あれぇ、ずいぶんと意識も元に戻ってしまいましたね♡他の患者さんなら死ぬまで精神を操られていることにすら気づかないのに」そう言いながら顔についた血と吐瀉物の混合物を手で拭い、それを舌で舐める。その様子を見ていると、あまりの気持ち悪さに意識が飛びそうになる。


「はやく…こ…ろして……」


「あー…貧血ですね。名残惜しいですが…終わらせちゃいましょうか」ナースは残念そうに立ち上がると、手術台に置いてあるバラの花束を取り、装置の前に戻って来る。そして、バラを1輪手に持つと、僕の未だ血が流れ続ける腹に、内臓にそれをプツリと刺し、生け始めた。


 1輪、1輪とバラを生けていき、全ての薔薇が僕の腹から咲く頃には、もう意識は消える寸前になっていた。


「はぁ…♡はぁ…♡とても綺麗です、好きです、真っ赤な薔薇が血を浴びて爛々と輝いてますよぉ♡はぁはぁ…かっこいいです、かわいいです♡♡♡」興奮した様子で身をよじる血塗れの猟奇的なナースが、血塗れの僕へ一方的な愛の言葉を投げつけている。


「また会いましょう♡あちゔぁくん。」ナースはそう言うと、僕の唇にキスをした。ナースの柔らかい唇の感触と、目の前まで迫る死の予感を感じ、僕は意識を手放した。


さよなら。


◆あちゔぁくんの からだは へんたいなーすさんに きもちわるい げいじゅつひんに されちゃった!



─気のせいじゃない、またあの声が聞こえた。

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あちゔぁ君と血みどろのゆめにっき!! 猫山鈴助 @nkym5656szsk

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