22話

 学園に編入し、しばらくの時間が経過した。


 最初の休息日にはアルヴァレス商会の2人と、冒険者パーティ『疾風と大地』と約束していた男子会、女子会なる交流会は無事開催できた。夜は結局酒場で全員で集まっての宴会となって、色々な話をすることになったが。


 ダリオとティラは王都の店舗の忙しさに目が回るほどだという。だが、とても充実していると言っていた。

 ダリオからは、『着替えの魔術具』について学園で調査してくれと念を押された。商会でも継続して探し、もし流通に乗ったなどの情報があった場合は連絡すると約束してくれた。


『疾風と大地』のメンバーは王都周辺の護衛、採取依頼を中心に、ダリオの母、レナからの依頼をこなしているようだ。


 レナと話をしていた時に彼らを推薦していたので、さっそくこき使われている様だ。ひとまず一か月ほどは護衛や採取を中心に、周辺の魔物の勢力などを探ると言っていた。

 ドワーフの女戦士、リヴァナからは「早く授業なんて終わらせて依頼やろうぜ!」と熱心に誘われている。


 夏の三の月は学園が夏季の休暇に入るので、その時期はギルドの依頼に集中することができるだろう。

 ちなみに、今、儂らの冒険者としての仕事は、王都内の孤児院の奉仕依頼を中心に受けている。


 アイゼラの孤児院での依頼が楽しかったのだろう。ウルが積極的にやりたがっているのだ。




 さて、学園では儂らは変わらず同じ6組の生徒からは腫れ物を扱うような一定の距離を取られていた。


 下級、中級の貴族の生徒は彼ら独自の情報網があるようで。儂がギレーやロヴァネの推薦を受けていることが知られていた。

 彼らからは平民に対する蔑みと嫉妬の感情に似た眼差しを向けられ、無視を決め込まれている。


 他の平民の生徒からは得体の知れない存在として、その目には畏れがあるように見えた。


 初日から積極的に交流してきたレオ、ヴァリとは変わりない関係を続けている。

 彼らは6組内でもかなり特殊な存在だったようで、どこのグループに属することなく、日々を過ごしていたらしい。


「私はめんどくさいことは苦手なのさ~」


「俺も似たようなもんだ」


 レオもヴァリもあっけらかんと言い放つ。


「貴方達は本当に…。そんな風では卒業した後は苦労しますわよ?」


 そう2人を窘めているのはナディアだ。


 彼女は初めて魔法が使えて以降、ウルを慕うようになり、儂らと共に行動することが増えた。

 魔法について熱意をもって相談してくる彼女をウルは気に入っているようで、サーシャの時と同じように、丁寧に魔法について色々と話している。



 ナディアが持つ『知恵の加護』は相当なものだ。

 一度魔法が使えてしまえば、後は堰を切ったかのようにいろんなことができるようになった。


 属性魔法については初級が中心であるものの、支援魔法について驚くべき伸びを見せている。


『身体強化』の魔法があることで、効果が目立ちにくく評価がされにくい支援魔法。

 しかし、身体強化でうまく強化できていない部分を補ったり、効果を増したりすることもできる。


 また、相手の行動を阻害したり、戦いを有利に進めるための補助の魔法など多くを使いこなすことが可能なようだ。


『知恵の加護』があることで、状況を見ながらその場での最適解を導き出すことにも長けている。


 彼女は指揮官としての適正が非常に高い。儂らのグループは前衛が中心なので、後ろで安定して戦況を判断できるものがいるととても心強い。



 ウルに、「なぜナディアが魔法を使えなかったのか」と聞くと、「魔力が多すぎて体が魔力を放出することを拒絶していた」と答えが返ってきた。


 もし魔法を使えていたら、体がはじけ飛んでいたかもしれない…なんて怖いことを言っていて、ナディアは真っ青になっていた。


 人間の域を超えた魔力量だったからこそ、人が扱う魔法式や手段では難しかったそうだ。


 直接彼女の体の魔力の流れを調整しながら、ナディア自身でコントロールできるように導いてあげたと言っている。

 どうしてこのような強大な魔力を持つようになったのかはウルもよくわからないと言っていた。


 本来なら1日2日でどうにかなるようなものでもないが、彼女自身が研鑽を続けていたことと、加護による有効な魔力の扱いのおかげだ。

 ウルが彼女に内包されている魔力を保護しつつ調整することで、魔法を使えるようになったそうだ。


 あの集団訓練の日からナディアはウルを崇拝するようになった。




「平民であったとしても、この学園を卒業すれば準男爵相当の爵位が授けられるのですよ?レオはもっと真剣に貴族としての教養を学ぶべきですわ!」


 ナディアはテーブルに突っ伏しているレオに対して厳しく言い放つが、レオは休憩所のテーブルに伏しながら頭の耳をぱたりと閉じている。


「平民は大変だな。頑張れよ、レオ」


 我関せずといった感じでヴァリがからかっているが、次にナディアの矛先が向いたのはヴァリだった。


「ヴァリはもっと貴族としての責任を果たしなさい!小領地とはいえ、貴方のお父君は副騎士団長なのでしょう!?」


 ヴァリには、貴族としてもっと交流をしていくべきだとこんこんと説いている。

 彼はナディアの説教を受けながら、儂に「助けてくれ」といった視線を向けているが、ナディアの言っていることは間違っていない。


 儂はにこりとヴァリにやんわりと否定の笑顔を送ると、彼は絶望した表情でナディアの話を聞いていた。



 そのやりとりを知ってか知らずか、ナディアにウルが声をかける。


「ナディア!早くわたしを図書館へ連れて行くのだわ?」


「と、図書館ですわね!わかりましたわウルさん!喜んでお供しますわ!」


 勢いよくウルの言葉に反応するナディア。

 性格が大きく変わったような気がしないでもないが、出会った当時の何もの寄せ付けない状態より、こちらが本来の彼女なのだろう。嬉しそうでなによりだ。


「じゃぁシノ!行ってくるのだわ!」


「あぁ、ナディアを困らせるんじゃないぞ?」


「何を言ってるのよ!私がお世話してあげてるのだわっ!」


 ナディアは図書室でいろんな魔法の論文を読んでいたという話をウルにしたら、ウルが図書館に行きたいと言い始めた。

 最初は儂も一緒に行っていたのだが、ナディアとウルの関係が深まっていることから、彼女に任せることにしている。


 図書館の本の量に感動したウルは、毎日のように図書館で魔法に関連した本を読んでいる。授業がない休息日でさえ、図書室に足を運んでいるのだ。



 ちなみに、ウルは新しい魔法をまた作っていた。空間魔法の応用で、ウルが指定した相手の陰にルーヴァルが入ることができるというものだ。

「人の影に入ってのんびりする魔法」と適当な名前を付けていたのはウルらしい。


 陰からの出入りはルーヴァルの意思でできる。


 ルーヴァル自体は体が非常に大きくなったので、教室ではとても窮屈そうだった。ウルに相談したら図書室で色々と調べて作ってくれた上で、新しい魔法を作ってくれたのだった。

 影がある場所の外の音などは聞こえているようなので、声をかければ反応もあるので心配はしていない。


「それでは、わたくしはウルさんを図書館へエスコートしますので。貴方達は座学をしっかり学びなさい!いいこと!?」


 ナディアはウルの後を追いながら、レオとヴァリを叱咤する言葉残して去っていった。


「はぁいさ~」


「うぃーっす」


 当の2人は明らかに気の抜けた返事だ。彼女たちは座学が本当に苦手なようで、常々、単位が取れればいいのだと言っている。


「シノがうらやましいのさぁ~。後から入学してあっさりと合格しちゃうんだものぉ~。あんた何者よ!」


「間違いない。こんなに早く追い抜かれるなんて思ってなかったよ」


 レオは恨めしそうな目でこちらを見ている。儂は一足早く、王国史以外は既に試験を完了し、合格をもらっている。


 この学園での1年次の座学は基礎教育が中心となっていて、平民や、下級貴族など、教育が充分ではなかった生徒への配慮が含まれている。

 1年次に基礎学力を向上させて、2年次より自身が学びたい科目や専門的なコースへと移行する。


 貴族など、入学までに充分な教育を受けてきたものは、ナディアのようにすぐに座学から抜けていくことが多い。

 儂は前の世界においても剣術馬鹿ではあったが、学問について一定の水準までは納めていた。これでも伊達に82年生きたわけでないのである。


 こちらの算術体系などもほぼ同じであったため、特に問題がなかった。

 流石に王国史については知らないことも多いのでここをスキップするのは難しい。


「んで、座学が無い時はお前はどうするんだ?」


「イレーネ先生の研究室を訪ねてみようと思ってる」


「へぇ~。どんな先生なのさ?」


 レオの質問にイレーネ・ハートウッドという名前のエルフで、精霊術や古代魔法、伝承の研究者だと答える。


「エルフなら今は殆ど使う人がいない精霊術を研究するのも頷けるかもな。精霊術についてなら、シノにぴったりだろう」


 その時、座学開始前を知らせる学園の鐘が鳴る。


「ヴァリ!やばい!もうすぐ授業始まるさ!」


「やべっ!じゃぁシノ、後の実技でな!」


 2人は慌ただしく教室へと向かう。儂もイレーネ先生の研究室に向かうとしよう。




 ヴァリとレオを見送った後、ロレンゾから聞いたイレーネ先生の研究室へ向かう。

 学園校舎はコの字型に配置されており、正門から中央の道を進むと学園の管理棟があり、中庭から見て左翼側に授業棟、右翼側に研究棟といった配置になっている。


 イレーネ先生の研究室は長くこの学園に存在しているため、研究棟の並びでもかなり奥まった所にあるとはロレンゾ先生が言っていた。


「ここか」


 イレーネ先生の研究室は学園の創設直後から存在しているそうだ。その影響もあって、塔が丸ごと研究室になっているようだ。


 塔は学園の中心からやや離れた木々に囲まれた静かな場所にあり、ここだけは学園と異なった気配を感じる。

 まるで自然と一体化したかのように、古い石造りの壁には蔦や苔が絡みついており、建てられてから長い月日がたっていることを思わせる。


 門の横にはアンティークな雰囲気とは裏腹に、非常に新しい魔術具のボタンようなものが設置されており、「用がある方はこちらを押してください」と記載があった。


 その指示に従いボタンを押すと、魔術具のようなものから少年の声が聞こえてきた。


「は、はい!こちらはハートウッド研究室です!ど、どちらさまでしょうか?」


「えっと…」


 儂はどう返事をしていいかわからず、きょろきょろしてしまう。


「あ、は、初めていらっしゃる方ですか?そのままボタンを押した魔術具に向けてご用件をお話ください」


 魔術具から聞こえる声に促され、要件を伝える。


「儂は1年生のシノと言います。イレーネ先生に質問があって伺ったのですが、いらっしゃいますか?」


「は、はい!ちょっと聞いてきます!待っててください!」


 その場で待機するように指示され、ブツっと音声が途切れた後はそのまま周辺を観察しながら待つことにした。


 しばし待つと、再び魔術具から声が聞こえてきた。


「お、お待たせしました!門が開いたら、扉まで来ていただいて、横のボタンを押してください」


 その言葉を合図にゆっくりと門が開き、研究所の敷地に足を踏みこんだ。門の外と中では空気が全く違う。


 イレーネは精霊術の研究をしているとの言葉通り、門の中では濃厚な精霊の気配を感じる。


 おそらく、精霊の力を使って結界を作り、建物の維持などにあてているんじゃないかと思う。


(これは…イレーネ先生自体も相当な精霊術の使い手だな)


 現時点では妖精や精霊の姿を見ることはできないが、沢山の精霊が集まっている気配を感じる。


 扉の前に到着し、横にあるボタンを押すと、扉が開いた。


「よ、ようこそ。こちらへどうぞ」


 その先にいたのは、儂が編入試験を受けた際にマルヴェックから暴行を受けていた、黒髪の少年だった。


「どうして君がここに?」


 儂は思わず声をかけると、彼はきょとんとした顔で首をひねる。


「えっと、どこかでお会いしましたか?」


 そうか、彼はあの時は気を失っていたはずだ。儂のことに気づかなくても当たり前だ。


「いや、大丈夫。イレーネ先生はどちらに?」


「はい、こちらです。先生は2階にいます」


 入り口を入った時点ではなんとも研究者らしい状況が目に飛び込んできた。

 壁一面の本棚にはぎっしりと本が詰め込まれており、机にも沢山の本が山積みにされている。さらに、走り書きと思われるような資料や素材がいくつも積み重なっていた。


 黒髪の少年について螺旋上の階段を上ると、そこには白衣を着たエルフの女性が椅子に足を組み、座っていた。


「ようこそ私の研究室へ。マーガレットから話は聞いているよ」


 その瞳には隠しきれない好奇心の色がありありと見えた。

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