第34話 試験の必勝法
「……パパさん、ママさん、相談にのってほしいんですけど」
この日、食堂にてディルクはクレマティスの両親と共に昼食を摂っていた。クレマティスはいなかった。彼はグレンダン城に用事があると言い、朝から一人で出かけていた。
(ズルかもしれねーけど、ここはもうクレマティスの親に聞くしかないよなぁ……)
エレメンタルマスターの試験は一週間後に迫っているが、未だにディルクはクレマティスを倒す方法を見つけ出していなかった。
今日、宰相は休暇でたまたまジェニース家に戻ってきていた。
聞くならば、今しかないと思った。
クレマティスの弱点を。
「どうしたの、ディルクちゃん。改まって」
「また、クレマティスが何かやらかしましたか?」
クレマティスの両親は顔を見合わせると、不安そうに眉を下げた。
息子の弱点を両親に聞くなんて──こんな男を婿にしたくないと思われたらどうしようかと不安になりながらも、ディルクはおずおずと尋ねた。
「いや……その、将軍は関係ないというか、関係はあるんですけど……。エレメンタルマスター試験で、たぶん俺、将軍の像幻視と戦うことになると思うんですよ。でも、未だに将軍に勝てるビジョンが見えて来なくって。将軍には弱点とかあるのかなー……なんて」
すでにクレマティスの両親には、エレメンタルマスター試験後に結婚すると告げてある。両親のためにも、エレメンタルマスター試験には絶対合格したかった。
「うーん、こういうのって正攻法でいっても駄目なのよね」
アルラは顎に人差し指の先を当てながら言う。
「相手は像幻視ですから、基本受験者側は何をしても失格にはなりません。どんなに非道な行いでもです」
「どんなに非道な行いでも……?」
宰相の物騒な言葉に、ディルクは焦りの汗を額に浮かべ、ごくりと喉を鳴らす。
「クレマティスでも、無防備になる時がありましょう。それを像幻視相手にやるのです」
「たとえば……そう! 色仕掛けとか!」
「いろじかけ……!?」
そんなのが像幻視に通じるだなんて、初めて知った。像幻視だからこそ、正攻法でいかねば攻略できないとディルクは思い込んでいた。
(う〜ん、でも色仕掛けかぁ……)
クレマティスは魔道具を使うことにさえ嫉妬を覚える男である。像幻視相手に色仕掛けをしたなんて知ったらどうなるか。
(まぁ、でもやるしかないよなぁ……)
負けるわけにはいかない。色仕掛けでもなんでもやるしかないだろう。
◆
とうとうエレメンタルマスターの資格試験の日がやってきた。
試験会場は、グレンダン城にほど近いところにある魔法学校だ。
「ディルク様、試験前に一言よろしいでしょうか?」
「何だよ、将軍」
クレマティスの表情は険しい。
何事だとディルクが思っていると、彼は地を這うような声で尋ねてきた。
「……エレメンタルマスターの試験ですが、落ちても私と結婚してくださいますよね?」
(こいつ……試験前に余計なことを)
苛立ちを覚えたが、クレマティスの立場ならば気になるところだろう。試験に落ちたから結婚しないなんて言ったら、きっと彼は酷く落ち込む。
「当たり前だろ! 何があっても将軍と結婚する。でも、絶対エレメンタルマスター試験にも合格する!」
ディルクは拳を握ると力強く振り上げる。すると、クレマティスが覆い被さってきた。
「うわわっ」
「無理は……」
「えっ……!?」
「無理は絶対になさらないでくださいね。少しでも身の危険を感じたり、具合が悪くなったりしたらすぐに棄権してください」
眉尻を下げるクレマティスは酷く心配そうだ。
彼は五年前に初めて、エレメンタルマスターの試験を受けたと言っていた。
(……初めての試験で、ママさんの像幻視にボコボコにやられたって言ってたっけ)
クレマティスに魔法の基礎を教えたのはアルラだそうなので、彼が母を強く思うのも当然かもしれない。……にしてもボコボコとは。
「分かった。無理しない。でも、今日は筆記試験だけだから」
「それでも長丁場です。無理はしないでください」
過保護だなぁと思いながらも、これが家族ってやつかもしれないとも思う。
ディルクはもう一度「分かった!」と元気よく答えると、試験会場の中へと入っていった。
◆
「うああぁぁ……疲れた」
八教科、八時間にも及ぶ筆記試験を受けたディルクは、がちがちに凝った肩を回しながら試験会場である魔法学校を出た。
空は橙色に染まっている。遠くではカラスの鳴き声がした。夕方独特の湿った空気が心地良い。
「お疲れ様です、ディルク様」
「将軍、迎えに来てくれたのか。わりーな」
「どうですか? 塩梅は」
「ん〜〜、まあまあってとこかな!」
この数ヶ月、数えきれないほど過去問をやり、試験対策本も片っ端から解いた。筆記に関してはかなりの手応えを感じていた。
「そうですか、良かった……」
「将軍やジェニース家の皆のおかげだよ」
入れ替わり立ち替わりクレマティスの家族が勉強に付き合ってくれた。自分だけではあの膨大な量の知識を身につけられなかったかもしれない。
「俺、ジェニース家の一員なんだなぁって思った」
帝国の宮城に住んでいた頃、ディルクはいつも一人だった。ラスが気まぐれに訪ねてくることもあったが、関係は兄弟というよりも悪友に近かった。魔法や剣術を教える指南役は毎年のように代わり、部屋付きの世話人は数ヶ月で交代になった。友人を作ろうにも兄達が邪魔をして貴族の子息とは知り合えない。女の子は自分から声を掛けた子が虐められた。
ディルクには、長い時間を掛けて築いた人間関係がない。おそらくクレマティスとその家族が初めて長く付き合える人間達になる。
「家族が干渉してしまって……鬱陶しくなかったですか?」
「全然! めっちゃ嬉しかったよ」
一緒に食事をしたり行事を過ごしたり。クレマティスと二人きりで過ごす時間は当然楽しいが、彼の家族と共にいる時間もディルクにとって尊いものだった。
今までどれだけ欲しくとも手にできなかった、ぬくもりの時間だった。
「……静かに暮らしたくなったら仰ってください。私はいつでもジェニース家を出ますから」
「そんな日が来るのかな……。俺はまだまだママさんと、あとあんまり家にいないけどパパさんや弟とも暮らしたいよ」
食堂で食事をしていると、帰ってきた家族が顔を出し、一日にあったことを報告してくれる。そんなひとときが好きだった。
ジェニース家に住まわせてくれた、クレマティスやその家族には感謝しかない。
「そうですか……」
「将軍は俺と二人きりで暮らしたいのか?」
「まぁ、二人暮らしは憧れます。それにもっとディルク様と二人きりの時間がほしいですし……」
(充分、二人きりで過ごしてると思うけど……)
大公から依頼される任務は二人でこなしているし、夜も共寝している。それで充分だと考えているが、クレマティスは足らないようだ。
図体はでかいのに、しょんぼりしている彼は子犬に見える。
「……試験が終わったら、どこかに二人きりで出かけるか」
「本当に? ありがとうございます。二人でゆったり過ごせそうな場所を探しますね」
しょんぼりしていたクレマティスの表情が、ぱっと花開くように明るくなる。あるはずのない、大きくてふさふさな尻尾が揺れているのが見えた……気がした。
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