第五章 エレメンタルマスターへの道
第32話 求婚
グレンダン城の廊下にて。
ディルクはクレマティスからの突然の求婚に、背を仰け反らせた。
クレマティスの両親から結婚してはどうかと勧められたことはあっても、彼本人から直接な求婚をされたのは初めてだった。
「は、伴侶……!?」
「……はい。ディルク様、私は無骨者で今までろくに好意を伝えおりませんでしたが……」
「いや、知ってたよ、将軍の気持ち……」
クレマティスは何かと独占欲を露わにしていたし、ディルクのすぐ上の兄であるラスに向かって「私はディルク様の魂の片割れです」とはっきり宣言していた。
他にも「ディルク様と出会ってから、世界が色鮮やかに見えます」などと言いながら、柔らかく微笑むこともあった。
クレマティスのような堅物な男が、ここまで言うのである。これが本気の恋でなかったら、ディルクは恋がなんなのか分からなくなる。
「さすがディルク様です。人の機微に敏感なのですね……」
「いや、あんたの態度や発言がバレバレすぎるんだよ……」
「それは……関係を匂わせたらどうかと提案したのは私ですし」
ブルクハルト王国の舞踏会に出席する際、クレマティスはディルクに自分達が特別な関係にあると匂わせたらどうかと提案していた。
「私の態度がすべて演技だと捉えられていたら、と思いまして」
「将軍はそこまで器用じゃないだろ? 俺、分かってるから……。将軍は、俺のことが好きで好きで堪らないんだろ?」
クレマティスは口を真っ直ぐに引き結ぶと、頬を赤らめ、「はい……」と絞り出すような声を洩らした。
(声ちっさ……)
つい先ほどまで、アイリーンに見せつけながら自分のことを襲っていたとは思えないほど、クレマティスが小さく見えた。
ディルクは好きだった。血統と育ちが良く全体的な能力も高いのに、無骨で、どこか不器用なこの男のことが。
「俺もだよ……」
「ディルク様……」
「俺も将軍のことが、好きで好きで堪らないんだ」
グレンダン公国に来るまで、ディルクは堅物な人間が得意ではなかった。本来ならクレマティスは苦手とする類の人間なのだが、誠実な彼にどんどん惹かれた。
「俺、真面目すぎるやつって好きじゃなかったんだけど、将軍のことは別っていうか……」
ディルクは今までの人生で、何度も「仕方がない」と諦めてきた。
正妻の子じゃないから、庶子だから、男だから、理不尽なめに遭っても仕方がないと考えてきた。
だが、クレマティスはそんなディルクの考えを否定した。
ディルクはクレマティスの、頑固なまでの真面目さに惚れたのだ。
「これからも、将軍と一緒にいたい……」
「ディルク様、では」
「でも! あともう少しだけ待ってほしい」
クレマティスの表情は一瞬綻んだが、ディルクの待ての言葉に、固まった。
「……俺、エレメンタルマスターになりたいんだ」
「まだ、私とつり合わないと仰りたいのですか? 帝国からの追放処分はすでに解かれています。ディルク様の身分は認められております」
「身分とか、つり合わないとか、そういうことじゃない。これは……俺の心の問題だから」
ディルクは親指を立てると、自分の胸に当てる。
「……将軍に話したっけ? 俺がエレメンタルマスターに憧れたきっかけ」
「いいえ」
「……って言っても、大したきっかけじゃないんだけど」
まだディルクが子どもだった頃、玉座に座る父の隣りには、八角形の飾りを胸につけた、黒いローブの男が控えていた。
「……父上の隣りにいて、進言するエレメンタルマスターを見て『かっこいい』って思ったんだよ」
子どもの頃のディルクにとって、エレメンタルマスターは憧れの存在だった。あらゆる難題を魔法で解決し、皇帝に直接感謝される──自分もそんな存在になりたいと思った。そうすれば、みじめな妾の子の立場から脱することができると。自分を馬鹿にした兄達を見返せると。
だが、今は違う。
「クレマティスは大公になるんだろ? 俺は公国を治るあんたを支えられるエレメンタルマスターになりたい」
「ディルク様……」
クレマティスはディルクの右手を取ると、ぎゅっと握りしめた。ディルクの手は男としてけして小さなものではないが、すっぽりと包まれてしまう。
「ありがとうございます。エレメンタルマスターになる目標、ぜひ協力させてください」
「いいのか?」
「私もエレメンタルマスターの称号を持っております。力になれるかと」
「……ありがとう」
二人は見つめ合う。ディルクがクレマティスに笑みを向けると、彼の顔に影ができた。
手を握り合ったまま、二人の唇が重なった。
◆
それから、ディルクのエレメンタルマスターになるための特訓が始まった。
ディルクが受けられる一番近い試験日は半年後だ。まだまだ先は長いようだが、エレメンタルマスター試験は筆記と実技で構成されている。試験のために覚えなくてはならないことが膨大にあるのだ。
「ディルク様、過去五年間分のエレメンタルマスター試験の過去問題を手に入れてまいりました」
「ありがとう。将軍に協力してもらえて本当に助かるよ」
机の上にどどんと山のような問題集が置かれる。
普通の人間ならばうんざりするような量だが、ディルクは目を輝かせた。
「俺、他の勉強は好きじゃないけど、魔法は特別なんだよな」
「それぐらいでないと、なかなかエレメンタルマスターにはなれません。解らないところがありましたら聞いてください」
「了解! さーて、ばりばり問題を解くぞぉ!」
ディルクは山の中から一冊問題集を取り出すと、ぺらりとめくった。
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