第23話 人は変わるもの
魔石鉱山の一件から、一ヶ月後。
ジェニース家にいるディルクとクレマティスの元に、一通の封書が届いた。
差し出し人は、魔石鉱山の管理人のライデアだ。
「将軍! ライデアから手紙が届いたぞっ!」
「あれから発掘場のゴーレム達がどうなったのか、気になりますね」
わくわくしながら、ディルクは封書の中身を取り出す。手紙の内容はやはりゴーレムに関することで、ディルク達の助言を元にゴーレムを動かす術式を変えたところ、今ではすっかり暴走がなくなり、魔石の発掘量も格段に上がったと記されていた。
「良かった……。上手くいったみたいだな」
ディルクはほっと胸を撫で下ろす。
「しかし、意外でしたね。ゴーレムに休養と娯楽が必要だったなんて……」
「当たり前だろう? ゴーレムが人間と似た考えをしているなら、そりゃ休みと楽しみは必要だ。働くだけの人生なんて嫌じゃん。俺だったらまっぴらごめんだぜ」
元の術式は、魔石による魔力補充をする時以外は常にゴーレムを働かせ続けるものだった。
それをディルクが、ゴーレムも人間と同じように仕事中の休憩時間や週に二日休みを取れるようにし、またダンスや簡単なゲームを楽しめるようになる術式を考えたのだ。
今では、休憩時間のゴーレムが独特なダンスを踊り、鬼ごっこやかくれんぼに興じているらしい。ちょっと見てみたい。
「そうですね……。休みと楽しみは必要です。私もずっと働きづめの人生でしたが、ディルク様、あなたと出会って考え方が変わりました」
「……なんかその言い方だと、俺がろくでもないものを教えたみたいじゃないか?」
ディルクはむうと頬を膨らませる。
すると、クレマティスは困ったような顔をして笑った。
「……いいえ、そんなことはありませんよ」
「なら、いいけど」
(クレマティス、よく笑うようになったよな……)
四ヶ月半前に出会った時は、クレマティスは表情に乏しい男だった。無理やり笑おうとして、してはいけない顔になる程度には、笑い慣れていない感じだった。それが今や、ディルクと二人きりでいる時は常に微笑を湛えている。
人は変わるものだと、ディルクはしみじみ思った。
◆
ライデアから封書が届いた、三日後。
ディルクは公国のグレンダン城にいた。
(クレマティス、まだかなー……)
今日はグレンダン城にて、健康診断が行われていた。まだ十八歳のディルクは検査項目が少なく、三十分程度で済んだが、二十五歳のクレマティスは内臓の検査があるらしく、なかなか戻ってこない。
(腹減ったなー……)
ディルクはきゅるきゅると鳴る腹を押さえる。今日は朝食を口にしていない。健康診断が終わったらクレマティスと近場のカフェにでも朝食を食べに行こうと約束していた。
一人、廊下をぐるぐる歩き回っていたディルクのところに、軍服姿の人間がやってきた。
白銀の髪を肩の下でまっすぐに切り揃えた、女だった。
「あら、ディルク皇子」
ディルクは名前を呼ばれたが、この女に見覚えがなかった。幅の広い二重瞼から青い目が覗く、かなりの美女だ。胸が大きく、腰がきゅっとくびれている。背はディルクよりも少しだけ低い。軍服を着た美女など、女にあまり興味がないディルクでも覚えそうなものなのだが。
「……ごめん、誰だっけ?」
「申し訳ございません、ご挨拶がまだでしたね。私はアイリーン。今月から公国軍の将軍に任命されました」
公国軍には十一人将軍がいるらしい。先月、一番古株の将軍が退役した。アイリーンはその後釜で将軍職に就いたのだという。
「それはおめでとう」
「ありがとうございます」
アイリーンの礼は洗練されており、口調同様きびきびしている。きっと、いや、間違いなく優秀なのだろう。家柄や血筋も良いに違いない。
(クレマティスに、こんな美人の同僚ができるのか……)
ディルクの胸にもやもやしたものが広がる。クレマティスはバディだ。身体の関係はあっても、恋人ではない。嫉妬をしたらいけないと分かっているが、なかなか割り切れなかった。
「ディルク様!」
ディルクとアイリーンがいるところに、クレマティスが急いだ様子でやってきた。
「将軍、検査は終わったのか?」
「はい、お待たせして申し訳ありませんでした」
「メシ行こうぜ! メシ! 腹減っちまったよ」
「はい、参りましょう」
ディルクはアイリーンに「じゃあな!」と声をかけると、クレマティスと共にその場から去った。
「アイリーンと知り合いだったのですね」
「いや? ついさっき声をかけられて知り合ったばかりだよ。新しい将軍だって。すげぇ美人な女だったなー」
ディルクは隣を歩くクレマティスの反応をちらちらと窺う。彼がアイリーンに対し、好意的な反応をしたら嫌だな、と思いながら。
だが、ディルクの予想とは裏腹に、クレマティスは険しい顔をする。
「……アイリーンはディルク様のお好みですか?」
「ぜんぜん? 美人だなとは思うけど。……将軍は?」
「彼のことはただの同僚だとしか思いません」
淡々と紡がれた、クレマティスの「彼」との言葉に、ディルクの思考が一瞬止まる。
「あのおん……アイリーンは男だったのか!?」
「はい、アイリーンの本名はセルギウス。大公閣下の甥です」
「マジか……しかも大公閣下の甥って」
驚きで、ディルクの開いた口が塞がらない。
それだけ、アイリーンは女にしか見えなかったのだ。
(アイリーンは男……男か)
余計に心配になった。クレマティスは大公から、男と結婚するようにと命ぜられているからだ。
ディルクは、クレマティスとアイリーンが並んだ姿を思い浮かべる。美形同士お似合いだと思った。しかも二人とも家柄も血統も良く、社会的地位も高いのだ。
「……アイリーンから何か嫌なことでも言われたのですか?」
クレマティスは眉を下げながら尋ねてくる。
「挨拶されただけだよ。何で?」
「いえ……ディルク様が浮かない顔をされている気がしまして。勘違いでしたら申し訳ありません」
どうも顔に出てしまっていたらしい。ディルクは口をへの字に曲げると、がしがしと癖っ毛を掻く。
「……将軍が、あの美人な新将軍と仲良しだったら寂しいなぁって思っただけ。幼稚なやきもちだよ」
ディルクは、素直に自分の気持ちを言うことにした。ここで下手に誤魔化して、気まずくなりたくなかったからだ。
「……幼稚ではありませんよ。私も、ディルク様がアイリーンを気に入ったらどうしようかと不安になりましたから」
「ははっ、一緒だな!」
「はい、一緒です」
二人は顔を見合わせ、笑った。
◆
廊下に一人残ったアイリーンは、ディルクとクレマティスの姿が見えなくなるまで、その背をじっと見つめていた。
降り積もった雪のように白い肌、大きな瞳を縁取る白銀のまつ毛は頬に影を作る。その頬はほんのり紅色に染まっていた。
(ディルク皇子……本物も超素敵……っ!)
先程までの溌剌とした表情はどこへやら、アイリーンは魔法で膨らませた豊満な胸の前で手を組むと、落ち着かない様子でその場をぐるぐる歩き出した。そして、火照った頬を節くれだった無骨な手指で包む。
その表情は、まるで恋に落ちた少女のようだ。
だが、少女とは違い、別の場所にも反応を示していた。
(嫌だわ……興奮しちゃうっ)
アイリーンは脚の間に手をやる。股間に血が溜まるのを感じた彼は、緩やかな曲線を描く太ももを擦り合わせた。
(やっと将軍になれた……。帝国の皇子を娶ってもおかしくない立場になれた。私が、ディルク皇子の夫になるのよ)
股間を膨らませながら、アイリーンは一人ほくそ笑んだ。
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