第22話 図書館デート

「うぉっ、ここが魔導図書館!?」

「……ディルク様、お静かに願います」


 クレマティスに耳元で囁かれ、ディルクは慌てて口元を手でおさえる。

 魔石鉱山へ行った翌日、ディルクとクレマティスは魔導図書館まで足を運んだ。

 ブルクハルト王国の王都にある魔導図書館は、魔法使いにとって夢の空間だった。建物はコロシアムのように円形になっていて、壁の天井までずらりと魔導書が並んでいる。

 本が傷まないように配慮されているのか、窓があるのは机や椅子がある読書スペースのみ。真昼だというのに魔石を使った灯が煌々とあたりを照らしていた。

 ディルクは口に手をあてながら、忙しなく首を巡らせる。ここに住みたい、と思った。


 ディルク達はお忍びで魔導図書館に来ている。ディルクは変装のために度のないメガネをかけ、波打つ栗色髪は首の後ろで緩く三つ編みにした。服装は、王国の民の間で流行しているという、丸く首元が開いただぼっとした白い上衣にいつものジョガーパンツを合わせた。上衣の生地は厚手で、着心地は悪くない。靴は足首まで丈のある革の編み上げブーツだ。

 クレマティスも軍服を脱ぎ、ディルクと似たような服装をしている。白い上衣の上に膝まで丈のある黒い上着を合わせていた。


 クレマティスは、持参したエレメンタルマスターの証である八角形の飾りを受付係に見せる。

 この魔導図書館は何かしら魔法に関わる仕事をしている人間なら、無償で利用できるらしい。


「ゴーレム関係の魔導書はあるかな?」

「王国は魔石産業が盛んですから、あると思います。ほら……」


 クレマティスが指さした本棚のサイドには、でかでかと「魔石の産業利用」という看板がかかっていた。一コーナーが作られるほど、関連の魔導書があるらしい。


「ラス兄が見たら喜ぶだろうな……」

「すぐ上のお兄様は、魔道具の開発をしていらっしゃるのですよね?」

「ああ」


 ラスは帝都の研究所で働いている。きっとこの本棚を目にしたら狂喜乱舞することだろう。

 ディルクとクレマティスは、手分けしてゴーレム関連の魔導書を調べる。どの本も興味深く、ディルクは読み進める手が止まらなかった。


(魔石や魔法で、こんなこともできるんだ)


 ディルクは漠然とエレメンタルマスターになりたいと考えていた。エレメンタルマスターを目指す理由は立身のためで、具体に何をしたいかまでは考えていなかった。だが、ゴーレム関連の魔導書を読み進めるうちに、ゴーレム開発も悪くないなと思い始める。


「……ク様、ディルク様」


 魔導書に集中しすぎて、ディルクはクレマティスに声をかけられてもすぐに反応できなかった。


「なんだ? ゴーレムの暴走を防ぐ良い方法が見つかったのか?」

「……いいえ。そろそろ昼食の時間ですし、休憩がてら外に出ませんか?」


 ディルクは胃をおさえる。確かに腹は空いていた。


「いいぞ、何食べる?」

「王国は麺料理が名物だそうです」

「麺か! いいな!」


 二人は魔導書を片付けると、外に出た。今日は雲ひとつなく、カラッと晴れている。

 ふと、ディルクは隣を歩くクレマティスを見上げる。軍服姿ではない彼は珍しい。王国の民の間で流行しているというゆったりとした装いをしたクレマティスは、それはそれで雰囲気が変わってかっこよかった。

 また頬に熱を感じたディルクは、視線を落とす。

 ディルクの目に、クレマティスの無骨な手が映る。なんとなく、手を繋ぎたいな、と思った。


「しょ……クレマティス」


 今はお忍び中だ。役職名では呼べない。


「……手、繋いでもいいか?」


 そう言ってから、ディルクは気がつく。

 ブルクハルトは同性婚が認められていない国。男同士が手を繋いで歩いていたら、奇異の目で見られるかもしれない。

 クレマティスは優しいが、堅物だ。断られ、窘められてしまうかもしれないとディルクは身構えた。

 だが……。


「はい」


 クレマティスはあっさり返事をすると、するっとディルクの手を取り、そのごつごつとした長い指を絡ませてきた。断られることはあっても、まさか恋人繋ぎをしてくれるとは思わなかったディルクは「んんっっ!」と、照れ隠しに咳払いする。


「……ディルク様?」

「あ、ありがとう、クレマティス……」

「いいえ?」


 目を細め、ふっと口元にだけ笑みを浮かべるクレマティスに、ディルクの頭の中では一瞬で花畑が広がった。


(やばい……これは……)


 本気でクレマティスに惚れてしまったかもしれないと、ディルクは高鳴る胸をおさえる。


(そもそも好きにならないほうが難しいよな、クレマティスはかっこいいし優しいし強いし……)


 この三ヶ月半もの間、何度となくクレマティスに助けられてきた。惚れないほうが無理というものだ。

 クレマティスの手はひんやりしていた。一方ときめきが止まらないディルクはびっしょり手汗をかいている。


「……ごめん、俺の手びしょびしょだよな」

「気になりませんよ」


 繋いだ手の間に、僅かな風が通る。クレマティスが魔法で乾かしてくれたようだ。

 ディルクはクレマティスの腕にこつんと頭を寄せる。薄くグリーン系の爽やかな香りがした。


 ◆


「美味しかったな! 麺料理」

「気に入っていただけて良かったです」


 ディルクとクレマティスは、ブルクハルト王国の麺料理をしっかり堪能した。

 米粉でできた平打ち麺はもちもちしており、香草がのった酸味のある透明なスープととても合っていた。デザートには真っ白なプリンのような料理が出てきたが、これもディルクは美味しく平らげたのだった。


「夕飯も麺料理がいいな〜」

「牛肉麺という料理も評判だそうですよ」

「それも美味しそうだな。夕飯は牛肉麺にしよう」


 二人は魔導図書館に戻る道中も手を繋いだ。

 ただ指を絡めているだけなのに、ディルクの胸に暖かなものが広がる。

 そんな満面の笑みを浮かべるディルクに、後ろから声をかける者がいた。


「あれ? ディルク?」


 ディルクを呼び捨てにできる人物は限られている。ディルクよりも先に、一瞬で厳しい顔つきに変わったクレマティスがものすごい速さで振り返った。


「ラス兄……!?」


 目を見開いたディルクの視線の先には、彼のすぐ上の兄、ラスがいた。噂をすればなんとやら、だ。

 ラスは、ディルクと同じ栗色の髪を雑に後ろで一本にまとめ、無精髭を生やしていた。身だしなみはまったく整えられていないが、星の形をしたサングラスをかけている。よれよれの白衣に薄汚れたシャツにジョガーパンツに、履き潰した革の靴。なんともだらしのない装いだ。

 とても帝国の皇子には見えない。


「ラス兄……この者はまさかディルク様の」

「……すぐ上の兄だよ、帝国の第七皇子のラスだ」


 驚いた様子のクレマティスに、ディルクはため息混じりに兄を紹介する。


「偶然だなァ! ディルクぅ! 隣のイケメンゴリラはお前のカレシか?」

「カレシではありません。私はディルク様の魂の片割れです」

「クレマティス……」


 ディルクの半歩前に出たクレマティスは、恐ろしい形相をしながら重すぎる台詞をはいた。


「現在ディルク様は私との関係に悩まれておりますが、私はディルク様と将来を共にしたいと真剣に考えております。大事な時期なのです。どうか茶化さないでいただきたい」

「なるほどなるほど、両片想いってやつだな! くぅ〜甘酸っぺえっ!」


(何なんだ、このやりとり……)


 クレマティスとラスが、理解しがたいやりとりをしている。頭が痛くなってきたディルクは、何と言ったらいいか分からない。


「……ラス兄、こんなところで何してんだよ」

「あ? 王国でパトロン探しよ。帝国は親父が怒っちまって貴族どもが金を出したがらねぇ。だから近くの国を回って魔道具の開発費用を出してくれそうな金持ちを探してんのさ」


 パトロンを見つけたいのならもう少しマシな格好をしたらいいのにと、ディルクはラスを胡乱げな目で見る。


「お前達は何をしてるんだ? お忍びデートか?」

「違げぇよ、魔導図書館で調べ物をしていたんだ」


 ディルクは、魔石鉱山でのゴーレム暴走の件を何とか誤魔化しながら事情を話す。ラスからためになる情報を引き出したいと思ったのだ。


「ふーん……ゴーレムねぇ。あいつら、言葉は喋らねぇけど人間と考え方めっちゃ似てるから、そこらへんを考えて術式を組んだらいいと思うぞ?」


 ラスは、ぽつぽつ髭の生えた顎の下を手の甲で摩りながら言った。


「……人間と考え方が似てる?」

「こんな命令されたら嫌だなってことが、術式に書いてあると、ゴーレムは我慢の限界が来て反発を起こすんだよ。俺達は都合の良い道具じゃねぇっ! ってよ」

「あっ……」


 ディルクは思い当たることがあった。確かに彼はゴーレムを見て、『娯楽もなく、ただ働くために生かされる。そんな人生はごめんだ。ゴーレムに生まれなくて良かった』と、思ったのだ。


「ありがとう、ラス兄。なんか解決できそうな気がする!」

「礼にはおよばねぇよ」

「魔導図書館に戻ろう! クレマティス!」

「あっ、ディルク様……!」


 ディルクはクレマティスの手を取ると、魔導図書館に向かって走り出した。

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