第21話 すでに連携は取れている

 何事だと、ディルクは音がした方を見る。


「ゴーレムだわ……!」


 ライデアは慌てた様子でそう言うと、音がした奥へ向かって走っていく。

 ディルクとクレマティスは顔を見合わせると、同時に頷く。何かゴーレム絡みでトラブルがあったのだ。


「何か不測の事態があったようです。皆様を安全なところまで転移させてもよろしいでしょうか?」


 クレマティスが見学者達にそう告げると、皆不安げな顔をしながらも頷いた。

 さすが公国軍の将軍だ、とディルクは感心する。クレマティスは不測の事態が起こっても、人々を安全に避難させる術に長けていた。

 クレマティスが魔法を放つと、見学者達は白い光に包まれる。瞬く間に彼等の姿は消えた。


「見学者は皆、要人と護衛官の組み合わせでした。魔石鉱山の発掘場外まで逃せば、ブルクハルト城まで無事戻れるかと」

「よしっ、俺達はライデアを追うぞ!」


 


 ライデアが向かった奥へと二人は突き進む。

 すぐに、魔物が放つような咆哮が聞こえた。


「何だ? 今の音。魔物か?」

「魔物の気配はありませんが……もしかしたらゴーレムが暴走しているのかもしれません」


 ゴーレムは魔石を原動力とした魔道具の一種だ。だが、人間と似たような動きが求められるゴーレムは、一般的な魔道具とは違い、かなり複雑な魔法の術式が組み込まれている。人間と同等の働きをさせることができる一方、ひとつ術式を組み間違えるだけで、暴走に繋がるのだとラスが言っていたのをディルクは思い出した。


 暴走したゴーレムを止める方法は一つある。

 ゴーレムの背に刻まれている古代文字の、後ろ一文字を読めないように傷を入れるのだ。


 奥に進めば進むほど、地面の振動が激しくなる。転ばないよう、足元に強化魔法をかける。


「いたっ! ライデアだ!」


 特徴的な青い髪が見える。ライデアの周囲には一目で普通ではないと分かる動きをしたゴーレム達がいた。ゴーレム達は岩のような腕を大きく振り上げ、唸り声をあげながら暴れている。

 ライデアはそんなゴーレム達をなんとか止めようとしているが、魔法の詠唱すらままならないようだ。


「将軍、ゴーレム達を魔法で足止めしてくれ! 俺がゴーレム達の背後にある、古代文字に傷をつける!」

「はいっ!」


 この三ヶ月半もの間、二人は十回ほど魔物討伐に出向いた。すでに連携はできており、急な討伐でも対処できるようになっていた。


「捕縛!」


 クレマティスが叫ぶと、地面から紫色をした槍のようなものがいくつも突き出した。ゴーレム達は槍の檻に捕らわれ、身動きが取れなくなる。


「うおぉっっ!!」


 ゴーレム達が動けなくなっている隙をつき、跳躍力を魔法で強化したディルクが飛びかかる。彼の手には護身用の長ナイフがあった。

 ゴーレムの背に飛び乗ったディルクは、古代文字の一番後ろの文字に傷を入れていく。すると、それまで身じろいでいたゴーレムが魔力切れを起こした魔道具のように動かなくなった。

 すべてのゴーレムの背に傷をつけたディルクは、長ナイフを持った手を高く上げる。


「ゴーレム達がおとなしくなったぞ!」

「さすがです! ディルク様!」


 ディルクがゴーレムから離れると、地面から生えていた紫色の槍がすべて消えた。

 ゴーレム達は重い音を立てながら、床に倒れていく。辺りに砂埃がぶわりと舞った。


「あっ、しまった!」


 ついライデアの存在を忘れていた。彼女は尻もちをついたまま、茫然と座り込んでいた。青い髪や黒いローブには砂が盛っている。


「大丈夫か? ライデア」

「あ、ありがとうございます……ディルク皇子。それにクレマティス将軍も……。なんとお礼を言ったらいいか」

「まずはここから出ましょう」


 ◆


 発掘場から出たディルク達。ディルクは周囲に首を巡らせる。あれだけたくさんあった馬車が一つを残し、すべてなくなっていた。


「外には……誰もいないな」


 逃した見学者の姿はすでに見当たらない。見張りのゴーレムがいるだけだった。ブルクハルト城に向かったのかもしれない。


「ライデア殿、発掘場で働くゴーレム達がなぜ暴走したのか……お聞かせいただけますか?」


 クレマティスは淡々とした口調でライデアに尋ねる。


「……ゴーレム達を動かす指示系統の術式を工夫したので、最近は暴走が起こっていなかったのです。上手くいっていたと、思っていたのに」


 見学者達を案内していた時とは一転、ライデアは瑠璃色の瞳をおろおろと左右に揺らしていた。ゴーレム達の暴走にひどく動揺しているようだ。


「良かったらその術式、俺達にも見せてもらえないか? ほら、文章とかも第三者が見るとミスを見つけやすいって言うだろ?」

「どうでしょうか? ライデア殿」

「……よろしいのですか?」


 ディルクは断れるかもしれないと思いながらも提案したが、ライデアは意外にもすんなり受け入れてくれた。


「……ありがとうございます。この魔石鉱山を管理するエレメンタルマスターは私一人で、色々行き詰まっていたのです」


 魔法を極めたエレメンタルマスターを必要とする場所は多くあるが、どこも人手が足りていないのが現状だ。

 ライデアはいっぱいいっぱいだったのだろう。目に涙を浮かべていた。


 ◆


 ブルクハルト城の客室に戻ったディルクとクレマティスは、ライデアから受け取ったゴーレムを動かす術式が記された魔導書に目を通していた。


「この術式すげぇ読みやすい。さすがエレメンタルマスターが書いた魔導書だ」

「生み出した魔法を皆が使えるよう、魔導書を作るのもエレメンタルマスターの仕事ですからね」


 ライデアは、各方面に今回のことについて謝罪と説明に行かねばならず、ここにはいなかった。魔石鉱山を管理する、一人きりのエレメンタルマスターとして頑張る彼女を不憫に思ったディルクとクレマティスは、何とかしてやりたいと思い、真剣に魔導書を読み込む。

 だが……。


「……特に不備はなさそうなんだよな」

「……ええ、術式としては完璧です」


 一見すると不備は見当たらない。だが、複数のゴーレムが暴走していたということは、何か術式に問題があるはずなのだ。


「今日のところは休みましょうか。疲労した頭と身体では良い気づきはできないでしょう」

「……そうだな」


 ディルクは魔導書をぱたりと閉じると、口に手をあて、あくびを噛みころした。

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