第20話 魔石鉱山見学
翌朝、魔石鉱山に向かう馬車の中で、ディルクはずっと俯いていた。
今朝目覚めてから、何回も昨夜のことを思い出しては叫び出したいような気持ちになり、落ち着かないのだ。
頬に手を当てる。じんわりとした熱が手のひらに伝わる。きっと自分の顔は赤くなっていることだろう。
それだけ、クレマティスから誘ってもらえたことが大事件だったのだ。
「ディルク様」
「うわっ! な、なに!?」
馬車が止まり、扉が開かれる。外で警護をしていたクレマティスに声をかけられたディルクは、驚いてびくりと肩を震わせる。
「魔石鉱山に到着いたしました。ご気分はいかがですか?」
「……大丈夫だ」
つい、クレマティスを意識しそうになるディルクだったが、慌てて顔を取り繕った。だが、どこか不自然だったのだろう。クレマティスはじっとディルクを見つめている。
「な、なんだよ」
「顔が赤い……風邪でしょうか?」
クレマティスは屈むと、ディルクの額にぴとりと自分の額をつける。
急に顔を近づけられてしまったディルクは、顔から火を吹く思いがした。ぐらりと視界が歪む。
「目、目がまわる……」
「ディルク様!?」
◆
(俺、何してんだろ……)
馬車の中、ディルクはクレマティスの膝を枕にして寝ていた。馬車の中は狭い。ディルクは仰向けに寝転びながら、白いジョガーパンツに包まれた脚を組む。魔石鉱山は汚れる可能性があるので、今日の彼は黒いローブを着ている。
「……昨夜、無理をさせてしまったせいですね。申し訳ございません」
「……将軍のせいじゃねぇよ」
ディルクは恥ずかしさを誤魔化すために、あえて乱暴な言葉使いをする。
今更、何でこんなにクレマティスを意識してしまうのか、自分でもよく分からなかった。
また、昨夜彼から誘われた時のことを思い出す。
自分を誘う彼は、手元灯の微かな光に顔の片側だけ照らされていたせいか、酷く色っぽく見えた。
性交の前にあれだけ胸が高鳴ったのは初めてだった。
(……俺、本気でクレマティスに惚れちまったのかな?)
元々、クレマティスのことは初対面の時からかっこいいと思っていた。口下手で余計なことを言うこともあるが、誠実で優しい彼にどんどん惹かれた。
だが、自分達の関係はこれ以上進まないし、進めるべきではないと思う。
いくらクレマティスの家族から彼と結婚したらと言われても、そうするべきではないとディルクは考えている。
ディルクは頭を押さえながら、ゆっくり上体を起き上がらせる。
「……ありがとう。もう平気だ」
「ご無理はなさらぬよう。外に出られる前に水分を摂った方がいいです」
「……ああ」
クレマティスは、馬車に備えつけてあるボトル入れから水が入ったものを取り出すと、木製のカップに注ぐ。
ディルクは水が入ったカップを受け取ると、ごくごくと喉を鳴らしながら飲み干した。火照った身体に水は甘露に思えた。
◆
クレマティスとディルクは、人々が集まっているところに向かう。魔石鉱山見学はまだ始まっておらず、案内人らしき人物が、発掘場の入り口の前で何やら見学者に語っている。
案内人は黒いローブを着ていて、胸に八角形の飾りを付けていた。エレメンタルマスターの証だ。
「エレメンタルマスターがいる」
「……魔石鉱山に結界を張っている方でしょう」
魔石は巨万の富を産む。賊の類が侵入できぬよう、エレメンタルマスターが二十四時間体制で結界を張っているのだとクレマティスは説明してくれた。
「なるほどなぁ」
クレマティスはやはり物知りだとディルクが感心していると、見学者への説明を終えたらしいエレメンタルマスターが近づいてきた。
エレメンタルマスターは、青く染めた髪を短く整えた女だった。すらりと背が高く、ディルクと同じぐらい身長がある。歳は二十代半ばぐらいに見えた。
「魔石鉱山へようこそ、ディルク皇子。私は魔石鉱山の管理人ライデアと申します」
「こちらこそ、今日は案内をよろしく頼む」
二人は握手を交わす。王国式の挨拶だ。
ディルクの隣に佇んでいたクレマティスも、ライデアと握手をした。
魔石鉱山の発掘場に入る前に、ライデアの手によって一人一人結界が張られる。万が一大きな落石があった場合、何もしなければ死ぬ恐れがあるとのこと。
「うへー、おっかない! 魔石の発掘も命懸けだな」
「魔石の発掘そのものを行っているのは人間ではありません。人型のゴーレムです。さすがに危険すぎますから」
ブルクハルト王国は魔石を使った産業が盛んで、魔石を動力源とするゴーレムの開発も進んでいるとライデアは語る。ゴーレムは人の代わりに、危険な場所で働いてくれているのだ。
ゴーレムは岩を人型に組んだような形をしており、身体の色は水色、桃色、黄色など、色々だ。
「すごい技術だな……」
魔石鉱山の発掘場内の至るところに、ゴーレム達はいた。皆せっせと魔石を拾ったり、運んだり、岩壁を削ったりしている。働き者だ。
(俺だったら、嫌になっちまうかもな〜……)
娯楽もなく、ただ働くために生かされる。そんな人生はごめんだ。ゴーレムに生まれなくて良かったと思った。
◆
見学者一行は進む。
目の前に、一際大きな岩壁が現れる。その岩壁は、一面透明な朱色に輝いていた。よく見ると、炎のような揺らめきも見える。
あまりの美しさにディルクは息をのむ。
「これはかつて伝説と謳われた魔石、バーミリオンでございます」
ライデアはつけまつ毛に縁取られたつり目を細めると、どこか得意げな様子で言った。
「バーミリオンは一般的な魔石の約百倍もの魔力を含んでおります」
「百倍か……。こんだけありゃ、何でもできそうだな」
一般的な魔石は、小指の先程度の大きさのものでも、魔道具の照明に入れれば一年はもつ。これがバーミリオンならば百年持つということなのだろうか。
ディルクは目の前にある朱色の壁をしげしげと見つめた。血の色に近い色合いのせいか、少し不気味に感じる。
他の見学者達も興味深そうに朱色の壁を見つめていた、その時だった。
何かが崩れるような、大きな音が奥から響いた。
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