第18話 双子の弟夫婦

 そうこうしているうちに、舞踏会の日がやってきた。公国のジェニース領からブルクハルト王国の城までは陸路で三日かかった。


「……結構な長旅だったな」


 最初の内は初めて乗る魔導列車や魔力原動の車にはしゃいでいたディルクだったが、ブルクハルト王国の王都に到着する頃にはぐったりと寝て過ごすことが多くなっていた。


「お疲れ様でございます」

「将軍もお疲れ様。……移動は疲れたけど、ブルクハルト王国は初めて来たから楽しみだな」


 ブルクハルト王国は世界有数の魔石の産地だ。いたるところに魔石を加工する工場があり、非常に栄えている。魔石鉱山の周囲には鉱石街が広がっており、他では出回らない魔石が売っているらしい。

 ディルクは検問所でもらったパンフレットを手にしながら、胸を踊らせる。


「ブルクハルト王国には五日間滞在する予定です」

「魔石鉱山も見学できるんだよな! 鉱石街で買い物もしたいな〜」

「はい、ぜひ……。あの、ディルク様」

「なんだ?」


 遠慮がちに口を開くクレマティス。どうしたのだろうかと、ディルクは顔を覗き込む。


「今、私の双子の弟が、弟の妻と共にブルクハルト王国に遊学中なのです」

「あ〜。そんなこと言ってたな」


 クレマティスには双子の弟がいる。宰相の補佐役をしていると聞いていたがまったく会わないのでディルクは疑問に思っていたが、大公のめいで今はブルクハルト王国にいるらしい。

 

「弟夫婦はブルクハルト王国で法律を学んでいます」

「法律……。めっちゃ賢そう」

「ええ、頭は良いかと。弟は公国の法学校を主席で卒業していて、義妹は公国の最高裁判官の娘です」

「……そんなお堅そうな弟夫婦に会っていいの? 俺」


 ディルクは自分の顔を指差す。


「もちろんですよ。弟夫婦に手紙を出しましたが、ディルク様に会いたがっていましたよ」


 ディルクは堅苦しいのが大の苦手だ。言葉使いも女避けのために荒っぽい話し方をしているが、元々畏まるのが得意でないのだ。


「安心してください。ジェニース家で一番の堅物は私ですよ」

「……将軍とはもう三ヶ月半も一緒にいるだろ。慣れたよ」


 口ではそう言いつつも、気が楽になった。クレマティスの堅物さにはすっかり慣れている。双子の弟が彼よりも堅物でないのなら、打ち解けられるかもしれないと思った。


 ◆


 舞踏会が行われるのは夜。その前にディルクはクレマティスの弟夫婦に会った。

 場所は王城近くにある高級宿のラウンジだ。

 高い天井に等間隔に取り付けられた小ぶりなシャンデリアが輝く、白を基調とした豪奢な空間だった。整然と四角いソファが並べられた場所の前に、弟夫婦はいた。


「ディルク様、こちらが私の双子の弟のバルトサール、そして義妹のドリカです」

「お初にお目にかかります。バルトサール・エステル・ジェニースと申します。ご挨拶が遅れて申し訳ございません」

「妻のドリカでございます」


 クレマティスとバルトサールは、双子と言ってもあまり似ていなかった。共通点は髪と目の色ぐらいか。クレマティスは軍人らしく精悍な印象だが、バルトサールはいかにも文官といった様相だ。そして、二人は背の高さこそ同じぐらいだが身体の厚みがまったく違った。

 前髪をきっちり後ろに流したバルトサールは、黒い礼服に身を包んでいた。長身で、品の良い彼によく似合っている。


(金髪碧眼の美形だな……双子の弟も)


 ディルクはよそ行きの顔を作ると、帝国式の礼をした。


「ディルク・マチアス・ウィザーです。クレマティス将軍にはお世話になっています」

「まぁ! ディルク皇子……! 噂には聞いておりましたが、こんなに美しいだなんて……!」


 バルトサールの妻ドリカは、ディルクを目すると感嘆の声をあげ、頬を紅色に染めた。

 バルトサールの一つ歳下だというドリカは、黒髪に薄紫色の目をした、背が低く少しぽっちゃりとした可愛らしい印象のひとだった。眼鏡をかけているが、しっかり化粧をしているので野暮ったい印象はない。髪は頭の後ろで丸い形にまとめられていた。小さなビジューが散りばめられた紺色のドレスを着ている。

 ドリカに外見を褒められ、ディルクは心の中で苦笑いするが、顔には出さない。

 惚れられたら厄介だなと思っていると、いきなり肩を掴まれ、ぐっと抱き寄せられた。

 驚いて顔を上げる。彼の肩を抱いたのは、クレマティスだった。


「ディルク様は私の大切な方です」


 短いが、クレマティスはそうはっきり宣言した。

 バルトサールは驚いたように目を見開き、ドリカは大きな瞳を煌めかせる。

 二人を勘違いさせるには充分すぎた。


「お、おい」


 自分達は大公のめいで動くバディで、特別な間柄ではない。クレマティスのこの行動と発言はまずいのではないかと、ディルクは焦る。


「まだ公にはできませんが、近いうちに……」

「そうなのか、おめでとう兄さん」

「お二人ともお似合いですわっ」


(どういうことだよ……)


 クレマティスは軽率な行動を取るような人間ではない。なにか考えがあって、弟夫婦にディルクを大切な存在だと紹介したのだろう。そう考えながらも、ディルクは釈然としなかった。

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