第13話 次の討伐依頼
「やあっ! たぁっっ!!」
勇ましい声が、ジェニース家の演習場に響く。
石づくりの無骨な四角い空間に、クレマティスとディルクはいた。
(ディルク様……良い太刀筋だ)
二人は訓練用の剣を持ち、打ち合っている。
互いの刃が当たるたび、カンと高い金属音が鳴った。
クレマティスが想像していた以上に、ディルクの剣術は洗練されていた。動きに無駄はなく、構えは手本のように美しい。
クレマティスは口の端をくっと上げる。戦を除けば、強い相手と戦える状況は心踊る。ディルクは純粋に強かった。少しでも油断すれば一本取られてしまうだろう。
「やっぱり将軍は強いな……! ははっ、歯が立たねぇや」
やっとのことでディルクから一本を奪う。彼は顔じゅうに玉のような汗を浮かべながら笑った。そのすべらかな頬は赤く高揚しており、つい、クレマティスは昨夜の情事を思い出しそうになる。
「……いえ、ディルク様もかなりのものですよ」
頬が熱くなるのを感じながらも、ディルクに手を差し出した。
その時だった。
クレマティスの腰に下げられていた手のひらサイズの四角い魔道具が、にわかに震え出した。
「申し訳ございません、城から連絡が……」
「いいよ」
ディルクの許しを得たクレマティスは、魔道具についた小さな魔石に触れた。すると、宙に映像が浮かび上がった。
「おおっ、人の顔が浮かび上がったぞ」
『申します申します。グレンダン城からの伝言です。クレマティス将軍、ディルク皇子、至急登城ください。大公閣下がお呼びです』
映像が喋った内容に、二人は顔を見合わせた。
魔法の力で手早く身を清め、それぞれ正装に身を包んだクレマティスとディルクは、急いで転移装置のある小部屋に向かう。
小部屋の扉を開けると、床にはいつもどおり青白く輝く魔法陣があった。
クレマティスは「失礼いたします」とディルクに声をかけると、彼の肩と膝裏に手を回し、すっと抱き上げた。
「……これ、どうにかならないの?」
「……ご辛抱いただけると助かります」
大の大人が、それも男が男に抱き上げられる状況は複雑に違いない。
ディルクはクレマティスの腕の中でなんとも言えない表情を浮かべていた。
◆
「次に討伐する魔物は、ローパーかぁ」
クレマティスとディルクは、大公から新たな魔物討伐の依頼を受けた。討伐対象はローパー。野生の魔物ではなく、人間が家畜として育てているローパーだ。
ローパーは縄のような触手を複数持つ植物性の魔物で、最弱のスライムよりは強敵とされているが、それでも下級に位置する。
ローパーが出す甘い粘液は美容に良いとされていて、公都には粘液を粉末に加工したものが入浴剤として売られていた。
二人が昨夜使った入浴剤も、ローパーの粘液入りのものであった。
ローパーは何故か人間の男を好む。だから人間の男のみに効く媚薬入りの粘液を出すのだ。
「今回討伐対象となったローパーは、大きく育ちすぎたうえ暴走してしまったので、女性従業員の手に負えなくなったそうです」
クレマティスは大公から渡された書類の束を読み上げる。詳しい討伐内容は書類を読むように言われたのだ。
「……女にも、エレメンタルマスターや公国軍の将軍はいるよな?」
ディルクは、女の討伐部隊を派遣したらどうだと言いたいらしい。
「それが、大きく育ちすぎたローパーは男性を求めて牧場中を逃げ回っているらしく……」
「俺たちでおびき寄せろってことか……」
ディルクは顔の中心に皺をぎゅっと寄せた。
「……無策で行ったら、絶対えっちなめに遭うよな」
「幸か不幸か、我々は昨夜ローパーの粉末入りの湯に浸かっております。ある程度、ローパーが出す媚薬の耐性はあるかと」
「耐性はあっても襲われたくねぇな。しっかり作戦を立てていこうぜ」
眉尻をつり上げたディルクはふんと鼻息をはく。
気合いが入っているらしい。
(たった一回の討伐で……ディルク様は用心深くなられた)
若い皇子の成長に、クレマティスは目を細める。
確かにスライム討伐ではあわやというめに遭ったが、どれだけ酷い目に遭っても『今回大丈夫だったんだから次も大丈夫だろう』と考える楽観的な人間は意外といる。
スライム討伐での件を糧にして、次は作戦をしっかり立てていこうとするディルクはきっとこれからも魔法使いとして成長していくことだろう。
「将軍、ローパーはたしか剣とか金属の攻撃に弱いんだったよな?」
「はい。よくご存知ですね」
「ああ。ここの蔵書室の本に書いてあったからな。……んで、粘液には魔力がふんだんに含まれているから、属性攻撃魔法はききにくいんだっけ?」
「はい」
(これからも、ディルク様の成長を見守っていきたい)
ローパー退治には明日の朝、向かう。
時間はあまり残されていなかったが、二人はしっかり作戦を練ったのだった。
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