第8話 異色のバディ

「よくぞ魔石洞窟のスライムを討伐してくれた! エレメンタルマスターを何人か送り込んだのだが、なかなか殲滅できなくてな。さすがクレマティス将軍とディルク皇子だ」


 スライム討伐を何とか成功させたディルクとクレマティスは、翌日の昼に大公に報告を行った。


(エレメンタルマスターを何人も……? そんなこと聞いてないぞ)


 ディルクは笑顔を引き攣らせる。自身の慢心が原因だが、一時は危ない状況に陥った。

 エレメンタルマスターが手こずった魔物相手と知っていたなら、もっと慎重になったのにと思うが、口には出さない。


「約束どおり、報酬は弾もう」

「ありがとうございます」

「まだ色々頼みたいことはあるが……。疲れただろう。まずはゆっくり休んでくれ」


 大公の隣に佇んでいた宰相が、封書を持ってきた。「中をご確認くださいませ」と言われたので開けると、そこにはディルクが想像していた以上の金額が記されていた。


「うわっ、こんなに……!?」

「新たな国に来たのです。入り用でしょう」

「ありがとうございます!」


 ディルクは宰相に心からの笑顔を向ける。宰相はクレマティスの父親だ。髪や口髭は真っ白だが、顔立ちや声はクレマティスにどことなく似ている。五十歳ぐらいの初老の男で、背丈はディルクとさほど変わらない。


 大金を手に入れたディルクは、ほくほく顔でクレマティスと共に謁見の間を出た。


(報酬、嬉しいな〜! これだけあれば一人で部屋を借りて暮らせそうだよな)


 ジェニース家の居心地は良いが、いつまでもお世話になっているのは心苦しい。

 まとまった金が手に入ったら出て行こうと思っていたが、思いの外早くなんとかなりそうだ。


「……ディルク様」

「な、何だ? 将軍」


 頭上から自分を呼ぶ低い声が聞こえ、ディルクはびくりと肩を震わせる。

 

(気まずいな〜……昨夜、あんなことがあったからな)


 ディルクは頬が熱くなるのを感じる。

 仕方がなかったとはいえ、昨夜初めて性交した。

 クレマティスを意識しないでいるなんて無理だった。


「今後のディルク様のお住まいですが……」

「あ〜、そろそろ出て行かないといけないよな? 今日、お金もらったし……」


 ディルクはそろそろとクレマティスを見上げる。


「いえ、ディルク様さえよければ、今後もジェニース家で暮らしませんか?」

「……へっ?」


 クレマティスの申し出に、ディルクの口から変な声が洩れた。


「私はディルク様の護衛の任に就いております。魔道具を使って遠隔であなた様を見守ることも可能ですが、いざ何かあった時、おそばにいたほうがすぐに対処できるかと思いまして……」

「俺は将軍やジェニース家の人達がいいならかまわないけど……」


 一人暮らしへの憧れはあったが、ジェニース家に置いてもらえるのは正直助かる。

 魔法使いは魔導書や魔石など、何かと金がかかるからだ。


「……かまいません」

「そっか、良かった。これからもよろしくな! 将軍!」


 ディルクはこの気まずさをなんとかしたいと思い、あえて明るく言った。

 これからも二人で討伐やらなんやらに行くこともあるだろう。遠慮があったらやりづらい。


「それと、昨夜のことですが……」

「な、なんだよ」


 昨夜のことに対して、何か言われるのかとディルクは身構える。


(また謝られるのかな……)


 謝罪はもういらないと思った。

 お互い助かったし、性行為自体は気持ち良かった。

 それでもういいじゃないかとディルクは考えていた。


「……責任を取ろうと」

「別にいいよ。あの行為を提案したのは俺だし」

「ですが、あのような場所でディルク様は初花を散らすことになってしまいました……」

「初花って……」


(女かよ……)


 またここでも女扱いされるのかとげんなりする。

 ディルクは天井を見上げながら、頬を掻いた。


「……俺は男だから、別にそういうの気にしないし。雑にしてくれていいぜ?」

「男だからと言って、雑に扱っていいわけではありません」


 クレマティスはきっぱりと言い放った。


「違いますか?」


 真っ直ぐに見つめられたディルクはたじろぐ。

 額に汗を浮かべた彼はこくりと頷いた。


「確かに、そうかもしれないな……」


 男だから女だからとか、関係ないかもしれないとディルクは考え直した。帝国では、男は雑に扱われるべきだという考えがまかり通っているが、確かにクレマティスの言うとおりだ。

 男だからと言って、雑に扱っていいわけじゃない。


「……将軍は育ちがいいな」

「急になんですか?」

「いや、俺みたいな得体の知れないやつにも真摯に向き合ってくれるじゃん。真面目だよな」


 帝国を追放された件でも、クレマティスはディルクに非があるとは考えなかった。


「……堅物すぎるでしょうか?」

「いんじゃない? 俺は将軍の堅物さが嫌いじゃないぜ」


 ディルクはクレマティスの背をぽんと軽く叩く。


「こっちこそごめんな。将軍も初めてだったんだろ?」

「……いえ」


 クレマティスはもの言いたげな顔をしたが、ディルクはそれ以上は聞かなかった。


 

 かくして公国軍将軍と帝国皇子という異色のバディが誕生した。

 この二人の出会いが、今後の公国の行く末を大きく変えることになるのだが、まだ彼らは知らない。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る