第3話 口下手だが、悪い人ではない

「どうだ、将軍。立派な帝国紳士に見えるだろう?」


 首にシルクの白いクラバットを巻き、爽やかな水色のコートを羽織ったディルクは、得意げにふふんと鼻を鳴らす。

 今日は大公が住まうグレンダン城に向かう。

 大公に女だと思われないよう、ディルクは帝国から持ってきた正装に身を包んでいた。

 腰まで伸ばした波打つ栗色髪も、コートと同色のリボンで一つにまとめた。


(さすがにこの格好なら、女に見えないだろう)


 ジェニース家の人間に女だと勘違いされてしまったディルク。

 男しかしない格好ならば、問題ないだろうと思ったのだが。


「わぁぁっ……! 皇子様、フロックコート姿も綺麗……! 男装の麗人みたいです!」


 クレマティスの隣りにいたマシューは、青い瞳を潤ませながら感嘆の声を洩らした。

 

「おい、失礼だぞマシュー」


 頬を赤らめていたマシューであったが、クレマティスに睨まれ、さっと青くなった。


「もういいよ、将軍……怒んなくても」


 マシューはあきらかに悪気はなさそうだ。ということは、本気で男装した女に見えてしまったのだろう。


「ディルクちゃん、お化粧はやめたほうがいいかもしれないわね。唇がさくらんぼみたいに赤いと、どうしても女の子っぽくなっちゃうから」


 マシューの隣りにいた二人の母親──アルラは、フォローを入れてくれた。だが。


「ママさん、俺、化粧してないんです……」


 残念ながら、ディルクはすっぴんであった。


 ◆


「……ディルク様は人と仲良くなるのが早いですね」

「そうか? 普通だぞ」


 身支度を整えたディルクとクレマティスは、グレンダン城へ向かうため、ある部屋を目指して長い廊下を歩いていた。


「普通、ですか……。私はなかなか人と仲良くなれないうえ、敬遠されることも多いですから」


(……だろうな)


 クレマティスは大層な美形だが、帝国成人男の平均身長よりやや背が高いディルクが見上げるほど大きい。外見だけでも威圧感があるのに、腹に響くような低い声をしている。

 これで口が上手ければ良いギャップになったと思うが、お世辞にも喋り上手ではない。

 少なくとも、ディルクはクレマティスのことを「口を開くと残念な人だな」と思っている。


(……まぁでも、悪い人ではないんだろうな)


 ディルクをもてなそうと、たくさんのくだものを用意してくれた。不器用だが、どこか憎めない。


「まあまあ、将軍は良い男なんだからさ! もっと明るく笑えば? そしたら人と仲良くなれるんじゃない?」

「わ、笑う……?」


 クレマティスは淡々としていて表情に乏しい。朗らかな顔をすればどうかとディルクはアドバイスしたのだが。


「こ、こうですか?」


 クレマティスは不自然に口端を上げ、頬を引き攣らせた。どうも、彼は笑っているつもりらしい。


「ごめん……余計なこと言ったわ」


 ディルクは即座に謝った。クレマティスはしてはいけない表情を浮かべていたからだ。


「笑うのは昔から苦手なんです……」

「弟やママさんはあんなに表情豊かなのに?」

「私は父に似たのでしょう……」


(宰相は笑うの苦手なんだ……)


 二人の間に微妙な空気が流れつつも、目的の部屋にたどり着く。

 扉を開けた先の小部屋の床には、青白く光る魔法陣があった。小部屋には窓はなく、家具一つ見当たらない。

 魔法陣は大人が二人程入れる大きさがあり、円状に古代文字が刻まれていた。


「この魔法陣がグレンダン城に続く転移装置になります。私の家族は魔力認証を受けておりますので使えますが、他の者は使えません」

「へええ、さすが宰相の家だな。こんな便利なのがあるんだ。あれ? でも俺は使えないんじゃないの?」


 ディルクは帝国の人間で、もちろんこの魔法陣の魔力認証を受けていない。

 どうやってグレンダン城まで転移するのだろうかとディルクは考える。


(クレマティスの魔力で俺の全身を包み込む……とか?)


 クレマティスからはけして少なくない魔力を感じる。ディルクを、まるまる魔力の膜で覆うぐらいのことはやってのけそうだ。

 

「そこは解決方法があります。あまり外部には知られたくないのですが……」

「へえ、どうすんの?」

「ディルク様、失礼いたします」


 クレマティスはいきなりディルクの肩と脚裏に手をまわすと、ひょいっと彼の身体を抱えあげた。

 いわゆるお姫様抱っこをされてしまったディルクは、ぱちぱちと瞬きする。


「何で……?」

「魔法陣にさえ足を付かなければ、魔力認証がない者でも飛べるのです。魔力認証を受けた者の転移魔法の詠唱は必要ですが……」

「……城に続く転移装置が、そんな雑な作りでいいの?」

「複雑ですと、今度は誰も使えなくなってしまうのです」


 クレマティスの言うことはなんとなく分からないでもない。でも腑に落ちないと思いながらも、ディルクはお姫様抱っこされたまま、グレンダン城へ運ばれたのだった。

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