平穏、安穏、極めて日常 ~ゲームの黒幕に転生した俺は、精神魔法で隠れ無双する~

阿伊宇

かくして原作改変は為されましたとさ


「わしらがいかにゃ誰がいくべさ」


「おらんたちがぁ腐った貴族ば打ち倒して、食べもん持って帰って来るけぇよ」


「あいつらぁ贅沢ばしちょる。お灸据えんといかんけん!」


「俺らの手で裁きを下すんだッ!」


「かみさま、どうか私たちをお守りください」


 ベルグエルデ王国とレジスティア皇国の間で勃発した、三十年戦争。民草を、国力をすり減らしながらも意地で続けられた泥沼の戦争。


 徴収され、二度と帰ってこない男衆。働き手を奪われ、それでも増え続ける税負担。

 満足に飯も食えず、それが故に高齢者は森に捨て、養いきれない子供も身売りに出す。

現世に幸福を見出せず、誰しもが死後の安泰を願って夜の女神に祈りを捧げる。


まさにこの世の地獄だった。


 しかし、それでも戦争が終わればきっと良くなるはずだという希望を胸に、彼らは足掻いて、足掻いて───ようやく戦争が終わって。


………翌年、大凶作だった。


 全く雨が降らなかった。水が無ければ、いくら種を植えても育ちはしない。

 作物の備蓄も、当然ありはしない。たくさんの人が死んだ。


 その次の年は雨が降った。前の年の分を取り返すように、いっぱい雨が降った。人々は喜んだ。救いだと、恵みだと。


………黒が空を覆った。飛蝗だった。


 折角育った作物も、全て食われてしまった。神罰だと、人は神々に許しを求めた。あの無為な戦争の所為だと、怒りの矛先を貴族に向けた。


 そうして革命の火は灯った。


 それはカルーディ男爵領においても例外ではなく。農民の発起により、命辛々逃げおおせた子供二人を除く一家全員が惨殺された。彼らは戦争に関わっておらず、暮らしぶりも貧しいものだったが、貴族という肩書の前には関係なかった。


 この時代では、ありふれた悲劇の一つだ。


 唯一、生き延びた子供が後世で思想統一によるディストピアを作ること以外は。


 まあそれも、今回は起きなかったことだからどうでもいい話ではあるけれども。





      ◇





「「誕生日おめでとう、ヨルン!」」


「おめでとう、にぃに」


 今日、俺は四歳になった。豪勢な食事が用意された部屋に父上と母上、妹の案内に従って入った瞬間、祝福の言葉が飛び交った。


「わぁ、おにくだ! ちちうえがとってきたの?」


「ああ、そうだ。裏の森にな、こんなでっかい猪がいたんだ!」


「おっきい! だいじょうぶだったの?」


「ああ! 俺の手にかかれば、弓でシュっと一発よ!」


 父上は身振り手振りや擬態語を多用しながら、己の成果について話す。これ程の大きさの猪、相当森の奥に行かなければ見つからなかっただろうし、仕留めるのも決して楽じゃないはずだ。


「もう、あなた。それでは何も伝わりませんよ。ヨルン、あらためておめでとう。私とテアで作ったプレゼントです」


 そういって渡されたのは、小さな木箱で。


「これは……?」


「これはね! 手袋! かかさまと一緒に編んだの!」


 開けてみれば、左右不揃いな手袋が入っている。形が整っている方が母上が編んだもので、所々ほつれている方はテアが編んだのだろう。母上に教えてもらいながら、その小さな手で慣れない作業をするテアの姿が思い浮かぶ。


 ああ、何とも嬉しいものだ。


「ありがとう! ちちうえ、ははうえ、テア!」





    ◇





 かくして夜は更け、俺は自室の窓から外を眺めていた。まだ電灯もないこの世界。夜の灯りと言えば月明かりくらいで、当然見えるものなど何もない。


 ずっとずっと真っ暗闇で。俺はそんな当たり前に、奇妙な感慨深さを感じていた。


 本来ならば今頃、向こうから無数の松明の光が迫ってきているはずだった。


 ヨルン・カルーディの四歳の誕生日。この家は革命に酔った農民たちの襲撃を受けるはずだった。


 ああ、そんなこと許すはずがないさ。


───俺は転生者だ。


何の因果か、死んだかと思えば一部界隈で有名なシナリオゲーである「《転移者》神古燐の奇妙な日々」に登場する黒幕キャラ、ヨルン・カルーディに転生していた。


 彼はこの世からあらゆる悲劇を無くすために全人類の思想を統一しようとし、それを不完全ながらも成し遂げたキャラだ。

 

その切っ掛けとなるのが、今回の襲撃。


 両親が身代わりとなることで妹と共に逃げ出せたヨルンは、激動の時代を生き抜く中で人間という生物の悪性を知ってしまう。やがて精神魔法に覚醒し、人の思考を読めるようになれば人間への失望はより深まり。そこから何やかんやがあって全ての人間を「善人」にするしかないという結論に至り、ディストピアに繋がるわけだが。


 俺は生まれた時から、この襲撃を止めるために動いていた。


 赤子の頃からの訓練により早期に精神魔法に覚醒し。それでも不足した力量は、ひたすら時間をかけることで補った。


 ゲームでのヨルンのように、周辺の村の全ての人間を「善人」にできたわけではない。しかし浸食しきった思考誘導により、やつらはカルーディ男爵家の者に危害を加えることに繋がる思考は許されていない。考えることすらできず、それに気付くこともできない。


 始まる前に、襲撃は終わった。


 俺は家族を守ることに成功したのだ。


 最早外に関心はなく。椅子に座ると、木箱を手に取る。今日贈られた、不揃いな手袋だ。取り出して着けてみるが、どうしても違和感がある。手も動かし辛い。出来の良いものだとは、決して言えないだろう。


 それでも、どうしようもなく温かいのだ。


───………。


「俺は、絶対に家族を守る。誰にも危害を加えさせやしない。万難は降りかかる前に排除する」


「そのためなら俺は、もう一度黒幕になってやるさ」

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