07

 すぐ近くに、叔父の顔があって、こんなときもぎこちない思いをして、手入れしていない髭に目線をやる。うっすらと白みがかっている。一度、叔父の目をみると、当然のようにこっちをみていて、揺れに耐えているのも相まって、叔父はどこか必死なようにみえた。僕は叔父の目と髭を交互にみていた。その間、たぶん叔父はずっと僕の目をみていた。

 揺れが収まったお風呂場に、服を着た大人と、服を着ていない子どもがいる。僕は透明な湯船になんとか身を隠すように丸まったまま。叔父は、大きかったな、大丈夫か、などといいながら、僕の様子を確認する。

 もう、揺れは、収まっている。

 なかなかこの場を離れようとしない様子の叔父に、僕は身動きもとれず、言葉も許されず、ただいちいち頷くばかりだ。何より恥ずかしいのは、叔父は服を着ているということだった。一方的な防戦なので、叔父の視線はいちいちずるい。叔父が僕のどこをみているのかはよくわかる。何を考えているのかは全くわからない。

 叔父は僕にかける声をすべて出し切った様子で、大丈夫そうだな、もう行くからな、と言った。言ったものの、ぎりぎりまで僕のことをじっとみているように感じる。僕はすべてをみられてはいないだろうと思いながら、うん、と愛想なく呟く。叔父のチノパンに跳ねた水滴が点々。それがお風呂場から去った後に、僕は潜めていた身体をなんとか解放する。

 役に立たない柔らかい湯を両足で蹴り上げる。湯が水面から二つ隆起する。僕は深くため息をついた。



 まだまだ冬の空だ。これだけ陽射しがあるのに、きちんと寒い。窓をピシリと閉めて、叔父が下りてくるのを待つ。

 古時計がカチカチと鳴る。こたつの上に臍の形を持ったみかんが盛られている。

 下半身が熱くなって、こたつから出る、また入る、を繰り返す。これが日曜日の居間。ここには、叔母の姿もない。僕は熱くなった身体を思いっきり開いて、畳の上に大きく広がった。そこから見える景色は、全部傾いている。

 テレビでは最近頻繁に生じる地震について、女性のアナウンサーが怪訝そうな顔を作って話している。この女の人、角度で顔が変わるなと思う。右横からみると、いっそう美に近づく。隣にはたぶん偉い男性がフリップを変えては説明をして、日本がいかに危険な状態であるかを説いている。

 画面右上の白い数字。時刻は二時をすぎたところ。まだ叔父は来ない。使っていないストーブの隣に、お茶が二リットルのペットボトルに入っている。叔父は未だ姿をみせない。まぁいいや、と思い、ペットボトルのままべこべこと飲む。

 少し、揺れた?

 背中で振動を感じる。しばらく経っても、見慣れた緊急地震速報のテロップは流れない。地震に慣れてしまって、地震でなくても地震と勘違いしてしまうことがよくある。今回もその類いらしい。

 僕はテレビの音量を下げて、おおきくあくびをする。この女の人、この角度だと綺麗でなくなってしまった。あぁ、こんなところで寝たことなかったのにな。畳に溶けていく僕の身体。いいのかなと思いながらも、ありのままの自分に従った。

 ぴくっと身体が揺れて、もしかしてと思い、ペットボトルのお茶を見つめる。僅かだが、揺れている。

 箪笥を背もたれにして、テレビ画面へ目を向ける。何も伝えてはいない。思い過ごしなのか、単純にそれがまだなのか。

 箪笥はギシギシと音をたて、スマホが途端に震えだす。いかにも警告といったような音が鳴りだして、僕の鼓動が速くなるのがわかる。

 おい、地震だ、という声が二階のほうから聞こえる。叔父と叔母がとても慌てている様子だ。うわぁ強い、叔父が大声をあげている。

「悠斗!」

 居間の扉を勢いよく叔父が開けた。その向こうで、叔母が階段の手すりにつかまっている。

「今度のは、本当に強いぞ」

 叔父はそう言うと、大きな箪笥を気にしながら、僕に駆け寄ってくる。僕は両手で頭を覆い、身を守っていることを叔父にみせる。

 叔父は立っていられなくなったようで、おおよそ倒れこむように僕に覆いかぶさった。身体に重さを感じて、少し身をよじらせる。叔父はそのまま僕の横に崩れて、僕は叔父の両手に包み込まれた。

 やがて揺れは収まり、叔父の身体の隙間から、ペットボトルが倒れていたり、いくつかの本が落ちていたりするのが見えた。叔父は固まったままで、まだ僕を抱きしめている。身体を離そうとするが、うまく力が入らない。叔父の呼吸は依然として荒い。

「……」

 どっち?

 叔父の胸元の鰐に、何度も問う。

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あなたが好きだと言ったそれに僕はなりたい 西村たとえ @nishimura_tatoe

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