しかし、


あなたも見え方がきれいなだけであった。街や祭りや人気アイドルやあの詐欺師女と同じ。


雨粒を受け、陽の光の中で爛々と咲いていた桜の木の中で見つけたのがあなただった。木の幹は先程までの激しい豪雨の所為か傷だらけ、ピンク色に光る花弁は包み込むように優しくて触ると手がくすぐったかった。


このやわらかな光を誰にも取られたくないと本気で思った。


でも、ある朝。

ニュースで今日は晴れだと聞いたから気まぐれにその日の朝食のたまごサンドを持って、その桜を見たら、見えた。


木の幹にびっしりと付く蟲、蟲、蟲。その幹の傷は、雨に打たれたせいじゃない。


ふと手にくすぐったさが蘇る。いや、違う。

恐る恐る見ると、手には痒さを孕んだ虫さされが何本も走っている。


髪から毛虫がぼとぼとと落ちる落ちる落ちる。


視界がピンク色に歪んだ。


あなたは誰から見ても美しく見えた。なぜなら、あなたは自分を偽っていたから。自分の汚さを誰よりも知っているのがあなただった。その汚さは一緒にいた私ですらも知らなくて、きっとあなたも知らない。でも、あなたが知らないあなたの汚さは、私が知っている。


愛した桜だったから、毛虫を払った。

調べると木の剪定や、殺虫剤が良いと書いてあった。毎日早起きして、増える虫刺されなんか気にしないと自己暗示をかけ、催眠をかけ、気づかないふりをして、毎日早起きして、愛した桜だったから、毛虫を払った。


でも、毛虫は多すぎて私の手は朽ち果てた。

そして、何回も吹き付けられる殺虫剤の効果であなたは、あなたも、弱ってきていたのだ。


桜の木が私に倒れかかってくる。

もう、殺虫剤を吸い込みすぎて意識が混濁していたから。もう、手が毛虫により朽ちて無くなっていたから。あなたの今まで負ってきた苦しみや、痛みや、憎悪を全て理解しきることもできずに私はぷちんと潰れた。


しかし、今はいい気分だ。あなたが倒れてくれたから、もう毛虫を払わなくていいのだから。あなたの過去やめんどくさい癖なんて気にしないでいいのだから。


これからは私も他の誰もと同じように他の桜を無責任にきれいだと言う。ただし、見るだけ。


真に受けてその桜を育てる馬鹿がいたら、そいつの死角で共に笑おう。皆さんよ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

あなたさえいなければ 【再掲】 猫山鈴助 @nkym5656szsk

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る