寝間着の勇者

@happyend_ski

第1話

須藤翼は目を覚ました。青い空、そよ風が吹き抜ける草原に倒れ込んでいた。彼が最後に覚えているのは、車道に飛び出した少女を助けようとした瞬間だった。普段引きこもっている彼が、食糧を求めてコンビニへ行った帰り路だった。命を懸けて少女を救おうとしたが、その先の記憶は無かった。


「ここは……どこだ?」


その呟きに応えるように、突然、一人の騎士が現れた。全身を重厚な鎧で覆った騎士は、冷静な目つきで翼を見つめる。


「勇者よ、我が国へようこそ。王があなたをお待ちしております。」


その言葉に困惑する翼。しかし、騎士に促され、彼は城へと向かうことになる。


広大な城の中、重厚な王座の前に立たされた翼。そこには、威厳に満ちた王が座っていた。


「勇者よ、我が国を救ってくれ。」


その言葉に、翼は一瞬息を呑んだ。勇者、異世界、魔王討伐。全てが現実離れしていたが、王の真剣な眼差しに、何も言えずに頷いてしまう。


「君は神に選ばれた勇者だ。魔王を討ち、我らの国を救う使命を持っている。」


使命という言葉が胸に響く。自分が勇者なのか――その疑念はあったが、ネット小説を読みふけり一種の憧れがあったことは否めなかったことや、まだ戦いについて現実感がなかったこともあり、とりあえず受け入れることにした。


王の命を受け、翼は魔王討伐のための特訓に入ることになった。まず最初に取り組んだのは剣術や戦闘技術だった。しかし、すぐに翼は気づく。自分は何もしていないように感じるのに、剣の扱いが自然にできるようになっていることに。どんなに重い剣でも軽々と扱え、武術もあっという間に習得していく。その圧倒的な才能は、他の訓練生を圧倒し、周囲の目を引きつけた。


「なんだ、この力は……」


周囲が驚く中、翼は自分でも理解できないまま次々にスキルを習得していく。身体は疲れを感じず、すべてがスムーズに進む。しかし、その一方で何かが欠けているような感覚があった。自分が学んでいるはずなのに、何か大事なものを得ていないような感覚――それを自覚しながらも、翼はその違和感を無視し、訓練に励む日々を送る。


ある日、剣術の訓練中、訓練場に大柄な戦士が現れた。彼の名はライアン。戦場を数多く渡り歩いてきた熟練の剣士だ。訓練場の他の者とは一線を画す存在感を放ち、翼の前に立ちふさがった。


「お前が勇者か。どれほどの力を持っているか見せてもらおう。」


ライアンは一言も待たず、剣を抜いた。彼の攻撃は力強く、正確だったが、翼は本能的にその攻撃をかわし、反撃に転じた。剣が空を裂き、翼の一撃がライアンを捉えた。


「見事だ。お前は本物の勇者だな。」


ライアンは剣を納め、微笑んだ。そして、自ら翼の仲間となることを決意した。豪放磊落な彼は、翼の旅において欠かせない存在となる。


剣術の訓練を順調にこなしていた翼は、次に魔法の訓練に挑むことになった。魔王討伐のためには、剣技だけではなく、魔法の知識と技術も必要不可欠だという。翼は、王国で最も優れた魔法使いであり、冷静沈着なエレナの指導のもと、魔法の基礎を学ぶことになる。


翼は王国で最も強力な魔法使いであるエレナに師事することになった。彼女は冷静で、美しさと知性を兼ね備えた女性だった。


「まず、魔法の基本を学びましょう。魔法は感覚の一部であり、力を引き出すためには精神を研ぎ澄ませることが重要です。」


エレナの声は落ち着いていたが、その言葉には揺るぎない自信が感じられた。彼女は杖を手に取り、軽く振ると、目の前に小さな火の玉が生まれた。


「これが、基本中の基本である『炎の魔法』。やってみて。」


エレナが促すと、翼は一瞬戸惑いながらも、彼女の動作を真似て手を前に出し、集中した。だが、何も起こらない。焦りが胸に広がる中、エレナが再び語りかけてきた。


「力んではダメ。魔法は自分の中にあるエネルギーを感じ取り、それを自然に引き出すことが重要。焦らず、ゆっくりと。」


その言葉を聞いた翼は、少しずつ呼吸を整え、再び集中した。すると、突然、手のひらから小さな火の玉が生まれた。


「やった……!」


翼が驚きの声を上げると、エレナは微笑みながら頷いた。


「悪くないわ。だけど、ここで満足してはいけない。魔法は感覚の延長にあるもの。もっと深く感じ取って。」


翼は彼女の言葉に従い、より高度な魔法を学ぶために訓練を続けた。


日を追うごとに、翼の魔法の力は確実に向上していった。彼は炎の魔法だけでなく、氷や風、雷といった様々な属性の魔法も習得していく。だが、翼の成長スピードは異常なほど速かった。どんな魔法もすぐに体得し、操ることができる。その能力に、翼自身も驚きを隠せなかった。


「これが……俺の力なのか?」


エレナはそんな翼を静かに観察していた。


「なるほど……やはり、特別な力を持っているのね。どこまで強くなるか、最後まで見届けさせてもらうわ。」


エレナは微笑んだが、どこかに謎めいた冷静さがあった。彼女はそのまま翼の仲間となり、旅を共にすることを誓う。


訓練が続く中、最終試験に挑むことになる。それは「影の騎士団」との決戦だった。魔王の配下であり、かつて封印された騎士団が復活し、翼たちを待ち受けていた。


試験の最中、翼と仲間たちは苦戦を強いられていた。影の騎士団は圧倒的な戦力を誇り、次々に仲間たちを追い詰めていった。絶望感が広がる中、突然現れたのは、黒髪をなびかせる美しい女戦士リリスだった。


「あなたたち、無事?」


彼女は素早い剣技で敵を次々に倒していった。彼女の存在は、まるで光が射したかのような安心感をもたらした。


「あなたが勇者の翼ね。私もあなたと共に戦うわ。」


彼女の言葉には揺るぎない信念があった。リリスの強さと美しさ、そしてその心の優しさに、翼は次第に惹かれていく。戦いの中で彼女は常に翼を支え、励まし続けた。その言葉が、翼にとってどれほどの力となっていたかは、やがて深く知ることになる。


リリスの活躍もあり、「影の騎士団」の騎士団長を倒すことができた。その功績により、王は最終試験に合格したことを認め、翼に改めて魔王討伐の依頼をした。


「勇者よ、どうかこの世界を救ってくれ…。」


翼とその仲間たちは決意を新たに魔王の城へと向かう。


翼たちの旅は、困難と試練の連続だった。彼らの目的地である魔王の城へ向かう途中、数々の強敵や謎めいたダンジョンが彼らを待ち受けていた。


最初に現れたのは、砂漠の巨獣サンドワームだ。翼たちが砂漠を進む中、地中から突然襲いかかってきたその巨大なモンスターは、数十メートルもの体長を誇り、どんな攻撃も通じない硬い外皮で覆われていた。翼たちは協力し合い、エレナが魔法でワームの弱点を見抜き、ライアンが機を見てその腹部に一撃を加えることで何とか撃退することができた。


「やった……! これで先に進める!」


だが、喜びも束の間、次に待ち受けていたのは、闇の魔法使いが支配する暗黒の森だった。この森では、翼たちは幻覚に襲われ、互いを敵だと誤認して戦う寸前まで追い込まれる。だが、リリスの冷静な判断と、仲間たちの信頼が彼らを救った。リリスは翼に言った。


「あなたを信じているから、私は戦う。だから、どうか自分を信じて。」


その言葉に、翼は心を取り戻し、リリスとともに幻覚を破り、魔法使いを討ち取ることに成功した。


冒険を進めていくうちに何体もの凶悪なボスと出会い、そして討ち果たすことで、ついには魔王城の前に到着した。


その前に立ちはだかったのは、魔王の配下である強力なボス、闇の巨人ギガントだった。


ギガントは、闇のエネルギーを纏い、翼たちに襲いかかってきた。巨大な腕が振り下ろされるたび、大地が揺れ、彼らの体を震わせる。ライアンが先陣を切り、斬撃を加えるも、その巨体はびくともしない。


「くそ、こいつは硬すぎる……!」


ライアンが叫ぶと、エレナが呪文を唱え、強力な魔法でギガントの体を包み込むが、それでも十分なダメージを与えることはできなかった。


「やつの弱点は、胸元のコアね。何とか一撃を打ち込めれば…」


エレナが魔法で分析した結果を伝える。


「私とライアンが引きつける! その間にコアを破壊して!」


リリスが叫び、翼に向かって指示を出した。


翼はリリスとライアンのサポートを受けながら、一気にコアへと突撃した。剣を振り上げ、全力でその弱点に向かって突き刺す。


「終わりだ……!」


一瞬の閃光が走り、ギガントの体が崩れ落ちた。彼らはついに勝利を手にし、魔王との決戦への道を開いた。


ついにここまで来たか、と翼は達成感を覚える。転生前、RPGを嗜んでおいてよかった、と思う余裕すら出てきた。


魔王の城に足を踏み入れた翼たちは、広大な暗黒の空間に圧倒された。周囲を覆う闇がまるで自分たちの存在を否定するかのように重くのしかかってくる。玉座の奥に座る魔王は、その漆黒の鎧と圧倒的な威圧感で彼らを迎えた。


「ここまで来たか、勇者よ……だが、この先はない。」


魔王の声は低く響き、空間全体を震わせるほどの威圧感を放っていた。翼は剣を構え、仲間たちとともに魔王に向かって進んだ。


「俺たちは……お前を倒すためにここまで来たんだ!」


翼の叫びが玉座の間に響き渡る。だが、魔王は笑みを浮かべたままだった。その瞬間、彼の周囲に漆黒の霧が巻き上がり、空間全体がゆがみ始めた。


「来るぞ!」


ライアンが声を上げた瞬間、魔王が放った一撃が空間を切り裂き、翼たちに襲いかかってきた。巨大な剣が空を裂くと同時に、衝撃波が広がり、翼たちはその勢いに押されて後退した。だが、すぐに立ち上がり、魔王に反撃を試みる。


エレナが唱える炎の魔法が魔王を包むが、その炎もすぐに闇に吸い込まれてしまう。リリスが飛びかかり、剣を振るうが、魔王はその一撃を片手で受け流した。


「強すぎる……!」


リリスの声には焦りがにじんでいた。魔王の力は圧倒的で、これまでに倒してきたどの敵とも比較にならない。だが、翼は剣を握りしめ、心の中で叫んだ。


「ここで……俺たちがやられたら、全てが終わる!」


翼は仲間たちを奮い立たせるため、自分に残された全ての力を振り絞り、魔王に向かって突撃した。魔王は再び漆黒の剣を振り上げ、翼に向かって一撃を放とうとしたが、その瞬間、リリスが横から飛び出し、魔王の腕に斬撃を加えた。


「今だ、翼!」


リリスの声に応じて、翼は一気に間合いを詰め、渾身の力を込めた剣を振り下ろした。その剣先が魔王の胸元を貫き、漆黒の鎧に亀裂が走った。


「これで終わりだ……!」


だが、魔王は笑みを浮かべたままだった。


「甘いな、勇者よ……」


魔王の体が崩れ落ちるかと思いきや、闇がその体を包み込み、さらに強力な姿に変貌していった。


「こいつ……まさか……!」


翼たちは言葉を失った。魔王は完全に覚醒し、その力は先ほどよりも遥かに増していた。全身から放たれる圧倒的な闇の力に、翼たちは次々と膝をついた。


「終わりだ、勇者よ……」


魔王が再び剣を振り上げたその瞬間、リリスが立ち上がり、叫んだ。


「翼、あなたならできるわ。私たちを信じて!」


彼女の言葉に、翼の心に再び勇気が湧き上がった。彼は仲間たちと共に、全力で魔王に向かっていく。自分たちはここで負けるわけにはいかない。この世界を守るため、仲間たちのため、そして自分自身のために。

全ての力を振り絞った最後の一撃は魔王の心臓を貫き、闇が一瞬にして消え去った。

魔王が消滅した後、静寂が訪れた。翼たちは勝利を手にし、この世界を救ったのだ。だが、その瞬間、翼は胸に重くのしかかる感情を感じた。

リリスが、涙を浮かべながら翼の元に駆け寄った。


「あなたが……好きです。ずっと、そばにいたい。」


その言葉に、翼は驚きながらも、心の奥底で喜びを感じた。


王都へ凱旋した翼を待ち受けていたのは衝撃的な事実であった。異世界の勇者は、魔王を倒した後、元の世界に戻らなければならない――それがこの世界の掟だったのだ。

王よりそのことを伝えられた翼は深い悲しみに苛まれた。

異世界での冒険が彼にとってどれほど大切なものであったか――。


「今更元の世界へ戻る……? 本当にそれが俺にできるのか……?」


見慣れた訓練場の端で絶望に暮れていた。元の世界へ戻ることは、ここでの冒険譚も愛するリリスもすべて失うことのように思えた。加えて、元の世界では、自分はただのニートであり将来は絶望的に感じられた。


気づくとリリス、ライアン、エレナがそこに立っていた。

リリスは沈んだ表情の翼を見つめ、優しく微笑んだ。


「あなたがどこにいても、私はあなたを愛しています。元の世界でも、あなたならやれるはずよ。」


リリスのその言葉は、翼の心に深く響いた。彼女の信頼が、愛情が、彼に勇気を与えた。


「翼、お前がどんな場所に戻っても、お前はお前だ。戦ってきた経験を忘れるな。俺たちの冒険はお前の中に生きているんだ。」


ライアンも続けて激を飛ばす。

エレナも静かに頷く。


「ここでの経験は、無駄ではないわ。どんな世界でも、自分を信じて前に進んで。」


こうして、翼は仲間たちとの言葉を胸に刻み、元の世界での新たなスタートを切る決意を固めた。

その瞬間、体が徐々に透明になっていくのを感じた。元の世界へ帰る時と悟った。泣きたい気持ちを抑えながら最期の言葉を紡いだ。


「ありがとう。皆のことは一生忘れない。平和になったこの世界をもっと素敵な世界へ変えてくれ。俺も元の世界で頑張るから。」


皆は笑顔でそれに頷いた。


「最後に、リリス、お前と会えてよかった。愛している。」


リリスは笑ったような泣いたような表情を浮かべながら頷いた。


「さよなら、また会おう!」


こうして翼は元の世界へ帰還した。


目が覚めたのは、冷たい金属の感触がするベッドの上だった。翼は重い体を引き起こし、目の前に広がる無機質な部屋を見つめた。VRヘッドセットを外し、自分が再び現実に戻ってきたことを理解した瞬間、すべてが虚構だったことが心の底から理解できた。

彼が経験してきた異世界は、実は仮想現実の「再生プログラム」に過ぎなかった。翼は修行や魔王討伐をしていると思っていたが、脳に錯覚を起こさせ、社会復帰のための職業訓練として様々な職業スキルを無意識のうちに身につけさせられていたのだ。


「これが……現実……?」


すべてが仮想現実だったという事実に、翼は深く絶望した。リリスとの愛も、仲間たちとの絆も――すべてが作り物だった。


翼は深い絶望に沈み、自ら命を絶とうとした。だが、それさえも叶わず、再びプログラムに戻されることになった。彼の記憶は再び書き換えられ、同じ冒険が繰り返される――彼がそれに気づくことなく、また「勇者」としての役割を演じ続けるために。


須藤翼は目を覚ました。青い空、そよ風が吹き抜ける草原に倒れ込んでいた。彼が最後に覚えているのは、車道に飛び出した少女を助けようとした瞬間だった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

寝間着の勇者 @happyend_ski

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ