6
「ちょ、坪野先生。なんですか一体!」
「お前が書庫に来なくなったからだろ」
「……」
「来いって、言ったよな?」
連れて行かれた先はやはり書庫だった。
周りに誰も居ないことを確認して足早に中へ入る。
先生は部屋に入ると速攻鍵を閉めて、私を抱き締めながら勢いよくキスしてきた。
「なっ……!?」
見た目は〝いつも通り〟の坪野先生。
先生の眼鏡が邪魔で気になり、閉じていた目を薄っすらと開いた。
すると、なぜか先生と目が合う……。
同じように目を開いていた先生は、眼鏡越しに鋭い眼光で私を見つめていた。
「
「……え?」
「1日なら、人を待つのはかまわない。でも、こんなに長く待たされたら、とても耐えられない。……この和歌で言う〝長く〟とは、数週間や数か月のことを指しているわけではない。だが、この和歌が思いつくくらいに……〝俺〟はお前を待っていた」
「……」
〝いつも通り〟の姿で〝いつもとは違う〟口調で喋られると調子狂う。
どちらも坪野先生だということは分かっているのに、今目の前にいる人は……まったく知らない人のような感覚がしてどうしようもない。
「せ、先生はどういうつもりですか?」
「どうって」
「たまたま書庫で遭遇してしまっただけの私に、き……キスまでして。これが罰だと言うのですか?」
「……」
少し首を傾げて黙り込んだ先生。
……ほら、先生にとっては〝その程度〟ってこと。
そう思うとなんだか悔しく思えて、涙が少し滲んできた。
私ばかりが気にして、馬鹿みたい。
「……もういいです。離して下さい」
そう呟いて先生の体を押すと、さらに強く抱き締められてしまった。
逃げられない、力強い先生の抱擁。
押しても……びくともしない。
「お前、本当に〝たまたま遭遇したから〟って思ってんの?」
「え?」
「たまたま遭遇した人にキスしたら、ヤバすぎるだろ」
「……」
むしろ、そうとしか思えませんでしたけれど!?
この人ヤバいと、何度も思いましたけれど!?
返す言葉が見つからなくて口をパクパクしていると、また唇を塞がれた。
しばらくむさぼるように重ね続けていると、途中で息継ぎのために離した先生は、吐息交じりの声を吐き出す。
「〝文芸部部長〟が気になっていた。って言ったら、どうする?」
「……は?」
「お宅の顧問から『鍵は文芸部部長が所持』『部長は書庫に置いてある書籍をたまに見に来る』という情報をもらっていたとしたら、どう思う?」
「…………」
この人の言っている意味がまったく分からない。
意味不明すぎて呆然と先生の顔を眺めていると、意地の悪そうに口角を上げた。
「書庫に来るのが、お前だけだと分かって過ごしていた。お前なら、本当の〝俺〟を知られてもいいと思ってな」
「……授業以外の接点がなかったし、大体その姿、見られたくかったって言っていたじゃないですか」
「それはそういう設定だ」
「設定……」
なんて言われて、そうなんですね……とはならない。
この人は本当に何を言っているのだろう。
「しかし……あれだ。〝俺〟はずっと気になっていた。1人だけ2年生の部長。一生懸命、物事に取り組む姿勢に妙に惹かれてな。しかも文芸部だろ。〝俺〟は国語教師だからさ、親近感なんかも抱いたりして」
そう言ってまた、唇を塞ぐ……。
ついばむようなキスを繰り返して、先生はまたチュッと音を立てながら離れていく。
「やっぱり、甘い」
「そ、その甘いってなんですか? 私がチョロイと言う意味ですか!?」
「違うわ、バカ」
先生はまた私の顎に手を添えて、クイッと上を向かされる。そして唇を優しく撫でて、また意地の悪そうに口角を上げた。
「藍原の唇が甘いってこと」
「……甘いものなんて食べていませんけれど」
「そういうことじゃねぇよ、バーカ」
カプッと唇を甘噛みされ続け、最後に軽く舐められる。優しい唇の動きに、心臓が痛いくらいドキドキしてしまう。
「……けれど、先生。私は先生のこと興味も関心もありませんけど」
「まぁ、そうだろうな」
「……」
「だけどさ、キスは嫌じゃないだろ?」
「え?」
「抵抗しないのがすべてだよな」
私から離れた先生は眼鏡を外してポケットからヘアピンを取り出した。そして髪を適当に掻き上げて、ネクタイも少しだけ緩める。
〝いつもとは違う〟姿の先生は、本日何度目かの意地の悪そうな笑みを浮かべた。
「キスから始まる恋も悪くないと思わない?」
「……は?」
「恋の始まり、ゼロ距離。恋愛感情は後からでいいよ。その方が燃えるから」
なんてわけの分からないことを言った坪野先生は、また口角を上げていた。
この人、ヤバい……。
そう思った時には、やはりいつも遅かった——……。
恋の始まり、ゼロ距離。 終
恋の始まり、ゼロ距離。 海月いおり @k_iori25
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