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「ねぇ、若菜わかな。全然興味も関心もなかった人にキスされて好きになっちゃうってこと、あると思う?」

「……どうした急に」

「……いや、部活で書いている小説の参考にしようと思って」

「うーん?」


 昼休みに中庭で友達の青森あおもり若菜わかなとベンチに座り昼食を食べる。

 坪野先生の件でなんだかモヤモヤが取れない私は、『創作活動』と偽って若菜に質問をした。


「うちも別に恋愛したことがあるわけじゃないし、キスもしたことがないから難しいけれどさ。想像するに……確かにうちなら好きになってしまう可能性はあるかも」

「なんで?」

「キスの相手によるけどさ。〝キスされた〟ってだけで好きになっちゃうってことは、満更でもないってことじゃん? 本当に嫌いな人だったら、好きになるとか以前に、怒りが湧きまくると思わない? 止めて欲しい、気持ち悪いってならない?」

「確かに」

「でも、例えば密かに思いを寄せていた人とか。カッコイイなぁって思っていた人とか。何かしら突出したポイントがあるなら、全然おかしくないと思うよ」


 あくまでも創作上の話だけどね、と言いながら若菜は笑った。


「……そうかぁ、確かにね」


 お弁当を食べながら若菜の言葉を思い返し、深く意味を考える。


 ならば、私が抱いているこの思いはなんだろう。


 別に坪野先生のことが好きだったわけではないし、本当に興味も関心もなかったのに。


「……うーん。分からない」



 私が書庫に行かなくなって数週間が経っている。


 だけど授業中は普通だし、先生はすれ違っても何も言ってこない。私が書庫へ向かわないことに対して、何も言わないのだ。



 先生は所詮その程度だった。


 きっと何とも思っていない人ともキスくらいできる。多分、そういうことなのだろうと最近になって思う。


 でも、私は違う。


 先生のことは別に興味も関心もなかったけれど、会わないと心に決めるほど、先生のことが気になってしまってどうしようもない。


 好きなのか。それすらも分からないけれど。

 このままだと、坪野先生の沼に堕ちていってしまうような気がして、漠然とした不安でいっぱいだ。




「てかさ、今度は恋愛小説でも書いちゃうの?」

「え?」

「ほら、伊緒って恋愛要素のある小説書いたことが無いじゃない? なんだか珍しいなって思って」


 そんな若菜の言葉に対して「そうなの、珍しいでしょ」なんて言って適当に回避した。まさか私自身のことなんて。若菜とは言えど、このことは話せない。


 私はお弁当を食べながら目の前に広がる校舎を眺めた。

 

 日頃と全然様子の違う坪野先生。

 それを目撃した日から、あの姿が私の頭の中にずっと居座り、どこかに消えてくれる様子はない。



「……一日ひとひこそ 人も待ちよき ながを かくのみ待たば 有りかつましじ」

「え?」



 ふいに聞こえてきた和歌。

 その声の方向に首を動かす。



「——その相手、好きになってもらう為にキスしたまでありそうですね。その小説を読んだとするならば、〝僕〟的にはそう深読みをします。キスしたことによって主人公が意識し始めたのだとすれば、その相手の狙い通りですよね」

「……」

「ね、藍原さん」



 そこに立っていたのは坪野先生だった。


 とつぜん坪野先生が中庭に現れた。先生は「国語科準備室からあなたたちの姿が見えたから来ました」と、聞いてもいない経緯を勝手に白状する。


 若菜との会話を先生に聞かれたことが恥ずかしくて、つい黙り込む。

 すると若菜が横で「坪野先生がなんの用ですか?」怪訝そうな声を上げる。そんな彼女を他所に、先生は私の腕を引っ張ってベンチから立たせた。



「ちょ、坪野先生!?」

「……うるせぇ、黙っとけ」



 ボソッと若菜には聞こえないくらい小さな声でそう呟き、「少しお借りします」と呟く。そして先生は私の腕を掴んだまま校舎に向かって歩き始めた。



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