worldwar3

硝煙

第1話・プロローグ

2056年、人類はみな共存し、少しの対立はあれど世界は平和だった。

貿易は円滑に進み、全ての国は先進国になった。

国際連盟はその役割を完全に果たせるようになり、すべての国家はいずれ一つになるだろうと。一人の男が決起するインシデントが起こるまでは。


――大和帝国首相官邸附属病院


おぎゃぁ!おぎゃあ!おぎゃぁ!

病室から赤ん坊の泣き声が聞こえると一人の青年と少女が廊下を走ってきた。


「おお、ついに生まれたのか。この元気な泣き声は男の子か⁉」


「お父様、赤ちゃんが生まれたってほんと?」


「ああ、噓をつくはずがないじゃないか。お前の最初の姉弟だぞ。」


そう会話しながらドアを開けて二人が女性に駆け寄る。


「あなたの弟が生まれたの。かわいいでしょう。」


赤ん坊を少女にやさしく手渡し抱かせながら会話をしているのは徹の妻の霧島葵とその家族、大和帝国首相・霧島徹と娘の霧島美咲だった。

彼らは歴代の首相一家で優秀な頭脳と性格を持っており、皇帝への忠誠心もとても厚く、皇帝の次に国民に親しまれていた。

そしていま、一人の男児を授かり、名を零とした。


「この子の名前は前から決めていた「零」にしましょう。私たちの最初の男の子を記念して、ね」


「へぇ、この子が0ならあと男の子が1人要るなぁ。男児が生まれる確率を2分の一として...子供が後二人も欲しいのか!よし、しっかりスタミナ付けて夜も頑張るからな!」


「もう、変なこと言わないでよあなた。私たちもう三十よ。そんなに子供は産めないわ」


葵は顔を赤らめながら答えた。しかし徹の言うことも一理ある。彼らは名乗らなければ毎回20代前半と間違えられるのだ。

まあそのせいで大手芸能雑誌の「文秋」にも毎回スクープがでかでかと4ページ分特集されてしまうのだが。


「ま、そんな話はさておき。これからは家族みんなで協力してこの子を育てていこう。伸び伸びと成長して、好きな職業について、俺と葵みたいな関係になれるような女の子を見つけられるまでな」


「はぁ。もう...」


このインシデント0001が2056/2/4に起こった後、霧島零はすくすくと育っていった。

仲のいい友達ができ、ペットのハムスターを「ホシ」と名付けて大事に育て、本を読んでゲームをして外で遊んで...中学三年生になった時には恋人だってできた。

しかし、これからの流れを大きく変えるインシデント0002は2072/5/13に起こったのだ。


―――大和帝国立三代川みよかわ高等学校グラウンド


「朝日!パスだパス!こっち!」


「おう!任せた!」


霧島零は高校の自学年で早くも中心的存在になっており、頭脳明晰、スポーツはサッカーが得意、理科作品コンクールでは小型ガスタービンの模型を作って研究するなど、天才少年といっても過言ではないようなスペックを持って教師からも厚い信頼があった。


ポーン!

大きな音と共に零が蹴ったサッカーボールはキーパーの脇をものすごいスピードで通り抜け、ゴールに勢いよく突っ込む。

それと同時に見学していた女子達から黄色い歓声が上がったが、これをスルーして

駆け寄ってきた幼馴染であり恋人でもある諏訪園すわぞの 有栖ありすから受け取ったスポーツドリンクを飲んでタオルで汗を拭く。


「れーくん、歓声を上げてるからって私以外の女子になびいたりなんかしないでよね。ないとは思うけど」


「きみの予想が当たっているよ。僕は少なくとも目が黒いうちは約束を守るからね。おっと!」


突然強い風が吹き、零が持っていたタオルを道の方に吹き飛ばした。


「私がとってくる!」


「いや、いい。僕がとってくるよ」


そういって零は駆け出した。


「ふぅ、こんなところまで飛んで行ったのか。しっかし不思議だな。こんなに強い風って突然吹くものなのか?」


愚痴を言いながらも道路の真ん中に落ちていたタオルを車がいないことを確認し、拾おうとしたその時、


「あ」


気が付いた時には乗用車のバンパーが眼前にあった。


ドシュッ!バキッ!ドサッ!


痛いはずなのに何も感じず、意識が朦朧とする中で零は思った。

「嗚呼、僕は死ぬんだ」と。


―――桜義市立病院


ピッ...ピッ...ピッ...


当たり所が良かったため一命をとりとめた零だが、右足を激しく骨折したうえ、左手指1本を損傷するなどの全治5か月のけがを負った。


「右足が治ったとしても、もう激しい運動はできないよ。サッカーなんてもう一生無理だろう。運動は軽いランニングのみをおすすめしたいね。」


そう医師から言われ、たくさんある自分の中の一つを全否定されたように感じた彼は完全にふさぎこんでしまい、死んだ魚のような焦点の定まらない目で病室の天井を見ていた。有栖が会いにいっても同じ状態が続き、天井を見続けて「ああ...」「うん」「へぇ」としか言わないような無気力の塊になってしまった。


―――諏訪園家・有栖自室


「うーん...」


有栖は考え込んでいた。どうすれば零を元気づけて一緒に笑って過ごせるのか、という問題についてである。親や先生にきいてもありきたりすぎて全く効果がないようなことばかりで、大人に頼ることはとっくにあきらめていた。

時計が0時を指しそうになっていたので有栖はもう寝ることにしようとしたのだが、ベッドに入ろうとした瞬間、有栖はひらめいたのだ。


「そうだ!足が使えないなら手と頭を使って楽しむところに行けばいいんだ。ちょっと調べよう!」


自分のレッドワイン色のノートパソコンを立ち上げ、国土交通省が運営しているマップアプリケーション「MapQuestor」を開くと、足が不自由でも楽しめそうなところを調べ始めた。

この時、諏訪園有栖が零を連れて行くところを帝国立中央図書館に決定したことは、インシデント0003として記録されている。


―――翌日、朝7時46分


「有栖!いい加減起きなさい。もう45分よ⁉」


「ふぇ?は、はわぁ!すぐ準備しなきゃ遅刻しちゃう!」


急いで制服に着替え、顔を洗ってメイクをし、パンを胃に押し込んで歯を磨いた彼女は「行ってきまーす!」と言いながらドアを勢い良く開け、走っていった。


――大和帝国立三代川みよかわ高等学校


キーンコーンカーンコーン  


チャイムの音が鳴り始めると同時にバッタン!というドアを開ける音と共に教室に一人の少女が転がり込んできた。


「先生、わたし遅刻ですか?」


「セーフですよ諏訪園さん。早く席に座ってください」


遅刻になっていないことを先生に確認し安心して席に座ると、彼女は夜更かしして考えた計画を思い返しながら、黒板を見つめていた。


―――桜義市立病院201号室


201号室に看護婦の許可をもらって入った有栖は、さっそく零を図書館に誘うことにした。


「ねえねえれーくん、今度一緒に図書館に行かない?」


「図書館?へぇ、だったら国立図書館がいいな。あそこには一回も行ったことがないし、いろんな本がたくさんあるって聞くしね。」


「へぇ、れーくんって一回も国立中央図書館に行ったことないんだ。なんで?」


「ああ、理由は確かあそこにはいい本もたくさんあるけれど悪い思想の本もたくさんあって、それを僕がもし読んだら過激思想に染まってしまうと思って連れて行かないことにしているって父様と母様が話していたと美咲姉さんに言われたよ」


「じゃあその本があるところにれーくんを連れて行かなきゃいいんでしょ?」


「まあ端的に言えばそうだね。別にすっと監視されているわけでもあるまいし...

よし、行こう!そこの松葉杖とってくれないかい?右足が動かないんだ」


そういわれて有栖は松葉杖を手に取ると、「はい、どうぞ」と言って零に手渡した。


「ありがとう、有栖」


ゆっくりと椅子から立ち上がると、有栖の右肩を持ってゆっくりと歩き始めた。…………………


自動ドアの「ウィーン」という音が鳴り、空の頂点で燃え盛る炎のような真夏の太陽がぎらぎらと照り付ける中、二人は駅に歩いて行った。


「ねぇ、れーくん」


「何だい?」


「こうして二人でくっついて歩くのなんて、いつぶりかな...」


「確かにそうだね。高校に入ってから部活動やら大学受験勉強やらであまり一緒にいてあげられなかった。ごめん」


「べ、別にいいよ。謝らなくて。私だって寂しくって部活中のれーくんに話しかけちゃったもん」


「ああ、いつもスポーツドリンクとタオルを持て来てることね。あれ、二人で会う機会がなかったからなかなか言えなかったけど、はじめて持ってきてくれた時から毎回、うれしかったよ。いつも疲れているタイミングで持ってきてくれているからね」


その言葉をきいて有栖は頬を赤らめながら蚊の鳴くような声で何かを言った。


「なんか言った?」


「何にもないよ~だ!」


そうやって話しているうちに二人は駅に着き、電子切符をスマートフォンで買って無人改札を通り、エレベーターでホームへと上がっていった。


「駅に来るなんて久しぶりだなぁ。4ヶ月前に入学祝で日本に飛行機で行くために空港まで列車で行ったっきり乗ってないよ。ぼくは」


「へー、私は友達とよく新宿谷しんじゅくたににお買い物に行ってるからよく電車に乗るんだよ。あ、もう24分発の電車が来るよ」


『まもなく、三番線に電車が到着します。堀西、札信、新津本、朝羽原、京進、帝国国会議事堂前に停車いたします、桜義中央方面の特急・帝国国会議事堂前行です』


ウィィィーーーン...プシュー という音とともに停車したリニア車両はシャッタードアを静かに開けた。


「私たちがとった席は...4号車の11のCとD座席だね。行こっか」


「わかった」


二人は四号車の前方ドアから車内に乗り込むと、車両前方から11列目左のD・C席に座った。


「久しぶりに乗るけれど、特急列車ってやっぱりいいね。シートも柔らかいし、そして今日に至っては有栖が隣にいるしね」


「もう、変なこと言わないでよ!れーくん。私怒っちゃうぞ」


そういって頬を膨らます有栖の頭を零は「ごめんよ、機嫌を直してくれ」と言いながら撫でていると、


『まもなく列車が発車いたします。シートベルトが外れないように固定されているか、しっかりとお確かめください。』


という車掌の声と共にドアが閉まり、車両が加速を開始した。

リニアモーターで推進する列車は音をほぼ立てず、あっという間にマッハ0.9に到達した。


『列車は急加速より安定走行に移行いたしました。立ち上がっていただいても支障はございません』


「ふぅ、苦しかったぁ。なんで特急列車ってこんなに急加速するんだろ」


「ああ、それね。この国は広大な領土を持っているくせに人口だけは3億程度と少ないからね。人が住んでいる地域が一つ一つで50キロ以上離れているんだ。僕たちが住んでいる足利区昭良町だって次の町までは57キロも離れている」


「そうなんだ。私、列車に乗ったりして移動するときはすぐ寝ちゃうし、調べ物は全部AIがやってくれるから距離とかそんなの全然知らなかったな」


「知らないなら今から学べばいいじゃないか。僕たちはまだ16歳だし、人生はあと60年以上はあるはずさ。少なくとも僕はそう思っているよ」


返事が聞こえてこないので零が横を向くと、可愛い寝顔で小さないびきをかいている有栖がいた。彼はその顔をみてクスッと笑うと、有栖の頬にキスをして自分もイヤホンとアラームをセットして眠りについた。


―――1時間後


耳につけたイヤホンから鳴るアラームの音で起きた零は有栖の肩を少し弱くたたいて起こした。


「ふはゃぁ?もう到着?やっぱり列車ってはやいねぇ。れーくん」


「そうだね。芯から同感できるよ。なにせ僕ももう少し有栖のいい匂いに包まれていたかったからね」


有栖がもたれかかってきて肩が凝ったことを零は皮肉りたくなって零がそういうと、


「えへへ、ありがとっ!」


という意外な返答をされ、一瞬零は戸惑った。怒ると思ったのに感謝されたのだから当然の反応だ。しかし、恋人に笑顔で見つめられたためか戸惑った表情も一瞬で消え、二人は歩いて一緒に駅から出た。


15分歩き、図書館に到着した零と有栖はひとまず別行動にして、一時間したらエントランス前の長椅子に集まることにした。



――――――――――――――――――――――――――

第2話の半分くらいまではラブコメとなっており、ラブコメ・恋愛だけが読みたい方はそこでやめることをお勧めします。理由を述べますと小説概要欄に書いてある登場人物が主犯の一人の男を除いて惨殺されるという悲惨な状況に4、5話目からなる可能性が高いからです。


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