第19話 俺はハラハラした

「ウナさんと言ったかしら。貴方はデイルさんの奥様ではないんですよね」


「ええ、わ、私はデイルとは別に……」


「ああ、よかったあ。私、もしかしてお嫁さんなのかと思っていましたわ。そうですか。無関係なのですね」


「無関係……というわけでもないのだけれど」


「じゃあ、どんな関係なんですか?」


 師範代、ぐいぐいくるなあ。

 ウナさんが言いあぐねている様子は新鮮だな。


「ウナさん。嫁入り前の娘が殿方と一つ屋根の下で眠るなんてはしたないですわ。幸い、私どもの道場が運営しているアパートがありますの。そこで暮らした方がデイルさんも気楽なのではないかしら」


「何で? デイル! 私が出ていった方がいい?」


「そ、そんなことあるわけないだろ。ウナさんは、ずっと俺の家で……」


 その瞬間、サリアさんの目がギラリと光る。


「デイルさん。いい年をして貴方も貴方です。嫁入り前の若い子と結婚するつもりもないのに、一緒に暮らすなんていやらしいです。世情の噂もよくないですわ」


「いや、師範代」


 今日の師範代は、なぜか頑なだな。

 でも、ウナさんが少し悲しそうなのは、俺は……。


「師範代。俺はB級冒険者になってウナさんと結婚するつもりです。だから、その、離れて暮らすなんて……」


「そ、そうね。誠に不本意だけどデイルは私の婚約者候補なの。だから、ご飯だって作ってあげないといけないし」


 互いに照れて明後日の方を向きながら、俺たちは別居を否定する。

 別居なんてことになったら、俺はまた引きこもる自信があるよ。


「それでもいびつな同居のように思えますよ。デイルさん、しっかりして」


 そういうとサリアさんは、向こうに去って行った。


「あの人、もしかして……」


 ウナさんは思慮深そうに、青い瞳を更に青くする。


「ん? 何?」


「あの人、デイルのことが嫌いなのかも」


「ええ!」


 それはショックだ。

 今まで仲良くやってきたと思ってたのに。


「相手に優しいふりをして、実は軽蔑しきっている気配を感じるわ」


 マジか……。

 俺に普通に話しかけてくれる女の人だったのに。

 道場に通いづらくなるなあ。

 そんな俺を眺めながら、ウナさんは独り言をぽつりと漏らす。


「エルフ語(デイルを好きになるなんて私くらいだと思ったけれど。これは油断ならないわね)」


「ん? 何か言った?」


「あの人としばらく距離を置いた方がいいんじゃないかしら」


「う~ん。でも、今修行中だし」


「じゃあ、あんまり話をしない方がいいわよ」


 ウナさん、どうしてこんなに師範代に厳しいんだ。

 これからの訓練に支障が出そうだな。

 そんな俺を慰めるように、華やかな音楽がホールに流れ始める。


「デイル! 踊ろっか」


「ええ、俺、踊れないけど」


「いいから。ただ、音楽に合わせて動いていればいいの」


 ホールの端に移動した俺たちは、手を繋いで踊る準備をする。

 ワルツの音楽が流れ始めると、ウナさんは俺の手をぐいっと引いてくる。


「あら、思った以上に不器用なのね。まるで操り人形のようにぎこちない動きだわ」


「ひどいな」


 ウナさんのきらめく金髪がひるがえり、俺はカモミールとベルガモットの混じった匂いに包まれる。

 ウナさんの顔に浮かぶ楽しそうな表情と無邪気でいたずらっぽい口元から、俺は目を離せない。


「そんなに見つめすぎるのもどうかと思うのだけど。ほら、足が全然動いていないわよ」


 そう言われても、青色の瞳が綺麗で一度見ると目が離せなくなる美人さんなんだよなあ。

 見つめすぎるのは俺だけじゃないと思うな。

 周囲の殿方の視線に気付いていないのかな?

 薄いエルフ服に透けたスタイルの良さも際立っているし。


 ああ! 領主様までガン見かよ……。

 連れてこない方がよかったかな。


 踊りが終わり、互いに礼をかわす。


「じゃ、そろそろ帰ろうか。踊りも踊ったし」


 ウナさん、自由過ぎますよ。

 でも、確かにそろそろ帰る時間だし、馬車の手配をしようかな。


 ところがその瞬間、つかつかと一人の若者が俺たちの側に寄ってきたんだ。


「素敵なレディ。どうか私と一曲踊っていただけませんか?」


 周囲からおおという声が上がる。

 それもそのはず。

 この爽やかなイケメンさんは、伯爵家の第一公子アンドレイ様なのだ。


 ウナさんは断ってよいものかどうか、戸惑いの表情を浮かべながら俺を見つめている。

 青い目が「踊りたくない!」とはっきりと主張している。


 ウナさんが誰かと踊っている姿を見るのは、俺だって嫌だし、断固阻止したい。 


「デイル……」


「申し訳ありません、公子様。ウナさんは私の婚約者なのです。見れば一緒に踊ることを恥ずかしがっている様子。どうか、ご容赦を」


 ウナさんが嬉しそうに俺を見つめている。

 これが正解だよな。

 けれども、公子様も後には引かない。


「はは、デイル殿。別に婚約者殿を盗ろうというわけではない。貴族であれば、マナーとして一緒に踊るというだけですよ。まあ、貴殿は貴族ではないのですが」


 婚約者でも誰かと踊らないといけないのか? 貴族って大変だな。

 俺は嫌だ。

 俺の顔が曇っているのを見たウナさんが、思わずふっと笑いながら、公子の前にひざまずく。


「公子様。我がアリアンロッド族のしきたりで、婚約者以外の男性と触れることは禁じられております。誠に光栄な申し出なのですが、一族の掟を破るわけには参りません」


 頭を下げたまま、きっぱりとウナさんは断った。

 いや、男前だな。


 公子は明らかにひるんだ表情になるが、掟には逆らえないと考えたようだ。


「掟であれば是非もない。誠に残念だが今回は諦めるとしよう」


 俺とウナさんは黙って頭を下げる。

 気が変わったら大変だと俺は公子が向こうに行った瞬間に「ウナさん、帰ろう」と提案する。

 すると、期せずして「デイル、帰るわよ」とウナさんも同じ話を被せてきた。


 じゃあ、とっとと帰るか。


 マックール卿に挨拶をすると、豪華なシャンデリアの広間を通り過ぎ、私たちを送ってくれる馬車まで移動する。


「ふう、肩がこったわね。帰ったらすぐに眠りましょう」


「一緒に?」


「貴方はその煩悩を教会で懺悔してから、馬車に乗るといいわ」


 ウナさん、目が笑ってないですよ。

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お嫁さんを探していた俺が、いつの間にか魔王討伐に出かけていた件について ちくわ天。 @shinnwjp0888

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