アゲハとヒガンバナ

dede

鳳蝶と彼岸花

「彼岸花ってよく見なくても気持ち悪い花の形してるわよね。私嫌いよ」




 そう、墓石の横で赤い彼岸花の花弁を弄びながらアゲハが言った。


「そうそう、そういえば彼岸花ってアゲハ系の蝶が好むらしいよ」


 アゲハが眉を顰めて露骨に嫌そうにする。


「ソースは?」


「うちの向かいのおばあちゃん。庭の彼岸花によくクロアゲハやキアゲハが止まってるんだって」


「あら?まだお元気かしら?」


「元気元気。あ、ここに来る前にオハギ貰ったから後で一緒に食べようか?」


「嬉しいわね。おばあちゃんのオハギ好きなのよ。で、裏は取ったの?」


「ネットで調べたところ、アゲハ系だけ赤を認識できるから……らしいよ」


「へぇー派手好きな所が如何にもアゲハ系ね?私アゲハ蝶嫌いなのよ。なんだかお高く止まってて鼻につくわ。タテハやシジミの方が小柄でいじらしく、なんと可愛らしいこと」


「ブーメラン」


「私はね、私の名前も……」


「ストップ」


 僕はアゲハの言葉を遮った。


「それ以上は言っちゃだめだ。ご両親が悲しむ」


アゲハがしゅんと項垂うなだれた。


「……そうね、言い過ぎたわ。ありがとう、ショウ。でもね、やっぱり彼岸花はいけないわ。いけ好かないわ。観てごらんなさいな、この光景を!」


 僕は周囲を見渡す。ちょうどシーズンなので彼岸花がこれでもかと咲き誇っていた。


「ここ、霊園なのよ!?あいつらが自己主張してるおかげでこの時期だけココ、ど派手なのよ!霊園の落ち着いた雰囲気、返せっ!」


「うーん、たぶん何十回、何百回とココで繰り返された光景だし、文句言われても。それに僕は好きだよ彼岸花。綺麗で」


「ハッ、この駄日本人がっ」


アゲハ、君も日本人だろうに。あと僕をまるで日本人代表であるかのように蔑んだ目で見るのは止してくれ。


「ほんとにジャパニーズは死とか儚さとか美しさが絡んだものをとうとがるわね?彼岸花とか染井吉野とか綾波レイとか」


「え、その3つを同列に並べる?」


「並べるわよ?染井吉野も彼岸花も同一個体なのよ?全部同じなの。だから一斉に咲くの。あいつら、あんだけ派手に咲いときながら、ガワだけなのよ?」


 実を、結べないの。笑っちゃうわよね、と、そう続けた。


「それでも僕は好きだよ。染井吉野も彼岸花も」


「俗物」


「いいね、俗物。ハナから高尚さなんて求めてないよ」


「ところで綾波は?」


「アスカ派だよ」


「ほんと、俗物。レイの素晴らしさが分からないの?」


「自分が好きなんじゃないか」


「生意気」


「そうかな?」


「ええ、でもそれでいいわ。……そろそろ日が沈むわ。そろそろ帰りましょう」


「わかった。じゃあ、また明日」


「待ってオハギは?……ええ、じゃあ、さようなら」






「ねえ、ショウ君。今年もお墓参り行ってるの?」


 僕たちと同じ小学校から進学してきた女子から、そんな風に話しかけられた。


「当たり前だろ?」


「そうかもだけど、もうあれから7年も経つよ?そんなずっと行かなくても」


「何年とか関係ないよ。逆に行かないとどうにかなりそうだよ」


「っ……そっか。でもね、アゲハちゃんだって、そうして欲しいとは」


「僕も分からないけど、君も知らないよね、アゲハちゃんがどう思ってるかなんて?」


「そうだけど!でもアゲハちゃんはさ!」


「……軽々しく誰かの気持ちを代弁だなんて、しない方がいいよ?生きてても死んでてもさ?」




「いえ、私はそんな事ちっとも思ってないわよ?彼女の意見に概ね賛成」


 今日も霊園に行くと、アゲハはあっけらかんとそう言った。


「正直来なくて良いんじゃない?別に私が死んだの、あなたのせいではなくてよ?」


「そうは言っても、来たら居るんだ。居るなら来るさ」


 僕が小学4年生の時に一緒に遊んでいたアゲハが川に流されてそのまま亡くなった。別に咎められなかったが、それで罪悪感がなくなるものでもなく。それから何度も彼女のお墓を訪れていた。

 そして、ちょうどアゲハが亡くなったお彼岸の頃、一周忌に訪れてみると、自分の墓石にアゲハが座っていた。


『あら、ショウ?背、伸びたんじゃない?』


『そういう、アゲハもな?』


『なにそんなにガン泣きしてるのよ、うざったいわね?……なにか心配掛けたかしら?ねえ、ちょっと、泣き止みなさいよ?えぇ?あの、ねえ、ちょっと、泣き止んでったら。なんでそんなに泣いてるのよ……』


 それから毎年、彼岸花の咲いている間だけアゲハが墓場に現れる。




「今年で何度目かしら?ショウは何歳になったの?」


「17歳だよ」


「いいわね、青春真っ盛りみたいで。……うん、なかなか男前に育ったじゃない?」


「ありがとう。でもアゲハの美しさには霞んじゃうよ」


「言うじゃない?ちゃんと女性を褒められるなんて、いい男に育ってるんじゃない?」


「ホントだよ。眩いくらいだ」


「ウソでしょ?透けちゃうの間違いじゃない?光ってたら成仏しちゃいそうよ?」


 毎年彼岸花が咲く頃が待ち遠しくて、咲き始めるとアゲハのお墓に毎日通っているのだった。


「ねえ、ショウ?分かってる?17歳よ?青春真っ只中なのよ?」


「それが?」


「それ、貴重なのよ?私が言うわ。それ、貴重なのよ?」


「だから?」


「私が言うわ。もうここに来る必要はないわ。数週間とはいえ、無駄に浪費する事はないのよ」


「貴重なら対価には見合うかな?明日も来るよ」


 僕はお墓を後にした。


「……そもそも不要なのよ?対価なんて要らないの。ねえ、ショウ。なんでそれを分かってくれないの」




「華がないわ。ショウ、あなた、いつも黒っぽい服ばかりね?」


 翌日、霊園に出向いてみると、第一声がそれだった。


「そうかな?でもここはお墓だし」


「ウソはいけないわ。私の生前からあなたは黒くて無地の服ばかりだったじゃない。それではモテないわよ?」


「誰かに好かれたいとは思ってないよ」


「なかなか格好よく育ったのだし、もっと高望みなさいよ?ピンクのアロハシャツぐらい着こなしてこその男よ?」


「……なあ、アゲハ。僕が君を好きだと言ってたら応えてくれてたかな?」


 そんな言葉がポロっと口から出てしまった。それを聞いてアゲハは値踏みするように僕を見つめていたけれど


「お断りだわ。そんな情けない告白なんて、生涯お断りだわ」


「……そっか」


「その顔、分かってないわね?」


「え?」


「ねえ、ショウ?あなた今、どれだけ私に残酷な仕打ちをしたか、分かってる?」


「え、そんなつもりは」


「つもりなんて知らないわ?あなたは、したの。もう、2度と顔を見たくないわ。バイバイ」


 翌日から、彼女は姿を現さなくなった。






「ねえ、ショウ。私はやっぱりその彼岸花って花が好きになれないの。だってそうじゃない?存在自体が不穏で不吉なんですもの」


「そうかな?僕は好きだよ。君に会える時はいつだってこの花が咲いてるんだもの」


「ねえ、ショウ。今年は何歳になったの?」


「28歳だよ」


「老けたわね」


「僕が28なら、君もそうだよ?」


「何を言うのショウ?私は素敵なお姉さんよ?」


「うん。変わらず美人だ」


「ありがとう」


 僕の目の前にはすっかり大人の女性になったアゲハがいて、優雅に微笑みかけていた。


「あなた、バカね?なんで来るなと言われたのに来てるの?誰もいないのに、通い続けてるの?そう、バカなのね?」


「来たかった。それだけだよ」


「勝手」


「そう。だから君は気に病む必要はないよ」


「病む気がないって。……ほんと、バカよね誰もいないお墓に毎年来てさ」


「そもそもお墓は誰もいないもんだし、……いたじゃん、アゲハ」


 そういって僕は草むらを指差した。


「いつも、隠れてたでしょ?」


「気づいてたの?」


「僕が見つけられなかったのは君が溺れた時だけだよ」


「だからって」


「ま、仕方ないんだよ。君を守れなかったんだ。こうなるのは、仕方ない」


「あなた、バカね。あと、そのシャツ似合ってないわよ?」


「そう?ピンクぐらい着こなせっていわれて頑張った結果なんだけど」


 僕は腕を広げて赤いシャツを見せびらかす。


「超絶似合ってないわよ?特にお墓に似つかわしくないわ?」


「そっか。でもそれでアゲハが声かけてくれたんだったら、ずっと着ちゃおうかな」


「……もう、そんな事しなくて良いのよ」


「え?」


「草葉の陰から見守るのも億劫だし、霊園の落ち着いた雰囲気も壊されちゃうし。もう、来ないで!……もう、これからは私があなたに憑いていくわよ?」


「……これからずっと一緒にいてくれるの?」


「……もぅ。これ、そんな善いものじゃないのよ?」


「でも一緒なんだろ?」


「そうだけど」


「じゃ、天国だよ」


「……もぉ。この、バカ」


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