灰と碧

星詠みリ

第1話

緊急ニュース速報

ランニー国大統領が昨日、暗殺されました。国家議事堂前で銃撃され、НТКの医師団による懸命な救命措置も虚しく、39歳の若さで息を引き取りました。


薄暗い部屋の中、テレビの前に置かれた椅子に座る少女は、そのニュースをじっと見つめていた。黒髪に緑のメッシュを入れた、小柄な少女、ゲルダだ。


「聞いたか?大統領が殺されたそうだ」


少女の傍ら、ソファに横たわる老人は、パイプをくゆらせながらぶつぶつと呟いた。


「ふん、自業自得だな。夜遅くに出歩かなきゃ、撃たれることもなかったろうに」


「おじいちゃん!」


少女はくるりと振り返り、老人に微笑みかけた。


「なんだい、可愛いゲルダ?」


老人は頭を振って、ゆっくりとソファから起き上がった。


「夕飯は何にする?」


「おじいちゃんが食べたいものでいいよ。ゲルダがちゃんと作るから」


嗄れた声で老人は答えた。


「そうかい。わしは何でもいいよ。ゲルダがちゃんと食べてくれればそれでいいんだ」


「わかった、おじいちゃん。何か作るね」


少女は椅子から立ち上がり、部屋を出て行った。老人の声が後を追うように聞こえてきた。


「ゲルダ、砂糖は入れすぎないようにね!」


「はーい!」


少女の名前はゲルダ。生まれつき体が弱く、小柄だった彼女は、幼い頃から家事を手伝い、祖父の面倒を見てきた。両親は行方不明のまま、ゲルダは祖父と二人暮らしだ。かつて軍人だった祖父は、ゲルダを何よりも愛していた。しかし、老いには勝てず、最近は体が思うように動かない。二人は質素な二部屋のアパートで暮らしている。最新の電化製品などなく、唯一の娯楽はラジオだ。軍の通信部隊で長年働いた功績として贈られたそのラジオは、最新型で、チャンネルの切り替えや電波の受信感度も抜群だった。


15歳と363日を迎えたゲルダの身長は、わずか147センチだった。


部屋を出て、ゲルダは台所へ向かった。夕暮れの太陽の光が窓から差し込み、綺麗に整頓された台所を照らしている。ゲルダは卵のパックから卵を二つ取り出し、棚の上からフライパンを取り出してガスコンロに置いた。ガスコンロの横にはガスボンベが置かれている。ゲルダはボンベのバルブに手を伸ばし、少しだけ回した。ガスがゆっくりと管を通り、コンロへと流れていく。棚の下からマッチを取り出し、擦って火をつけた。強すぎず弱すぎず、ちょうど良い火加減だ。卵をフライパンに割り入れると、黄身と白身が熱い鉄板に落ちてジュッと音を立て、焼けていく。壁には釘にかけられた袋に入ったパンがあった。それを取り出し、ゲルダはパンを切り始めた。まずは薄切りを一枚、それから最初のものよりずっと厚い一枚を切り取った。薄い方はすぐにゆっくりと食べた。棚の上から皿を取り出し、厚切りにしたパンを置いた。その上に蜂蜜とバターを塗る。フライパンからはバターが焼ける音が聞こえてきた。タオルで手を包み、ゲルダは慎重にフライパンの蓋を開け、ヘラで焼き上がった目玉焼きを皿に移した。パンと一緒に皿に盛り付けると、準備は完了だ。


「おじいちゃん、できたよ!」


ゲルダはアパート中に響き渡る声で叫んだ。


ゆっくりと重い足音が近づいてくる。祖父が寝室からゆっくりと台所へ歩いてくる。夕焼けが美しく、電灯の必要もないほどだ。ゲルダは、この瞬間、この上ない幸せを感じていた。


祖父が台所に入ってきて、ゲルダの隣に座ろうとしたその時、窓の外で激しい閃光が走った。


眩い閃光の後、強烈な光が辺りを包み込んだ。光はゆっくりと弱まり、空には巨大な球体が現れた。それはまるで燃え盛る炎のような、真っ赤な球体だった。球体の周りにドーム状のものが現れ、濃い煙が立ち上る。ドームは急速に膨張し始め、衝撃波が押し寄せた。


部屋の中では、祖父が目を覆うほどの強い光に襲われた。ゲルダは祖父を見ていたため、最初の閃光には気づかなかったが、燃え盛る球体ははっきりと目にした。


「ゲルダ、お茶を忘れているぞ」


祖父はぶつぶつと文句を言った。


「あら、ごめんなさい。すぐに入れるわ」


ゲルダは棚からカップを取り出し、お茶を注いだ。砂糖をスプーン3杯入れて、祖父の前に置いた。


祖父はゆっくりとゲルダの隣の椅子に座り、お茶を飲み始めた。熱いお茶に砂糖をたっぷり入れた、祖父の大好物だ。祖父は蜂蜜とバターを塗ったパンに手を伸ばそうとしたその時、テーブルがガタガタと揺れた。祖父はゲルダを心配させまいと、何も言わずにパンを手に取り、お茶で流し込みながら食べ始めた。


パンを食べ終え、お茶を飲み干すと、祖父はカップをテーブルに置いた。彼は身動きもせず、まるで老いた頭の中で何かを考えているようだった。起こった出来事、これから起こるであろうこと、そして何よりも、愛するゲルダを守ること、彼女を安全な場所に避難させること。部屋はしばらく静まり返っていたが、やがて祖父はゆっくりと、苦しそうに「その時だ」と呟いた。それは深い意味を持つ言葉ではなかった。ただ、それが祖父の最後の言葉となった。


その言葉が終わると同時に、窓ガラスにヒビが入った。祖父はゲルダの手を取り、自分のほうへ引き寄せた。力強く抱きしめると、窓に背を向け、かがみ込んだ。窓ガラスは衝撃波で粉々に砕け散り、破片が祖父の背中に降り注いだ。ゲルダは前を向いていたため、祖父の最期の表情を見ることはなかった。


爆発。ゲルダは目をぎゅっと閉じた。何が起こっているのかは見えなかったが、音は聞こえた。轟音と破壊音。割れたガラスが窓から落ちてくる音。


街の建物は、まるでドミノ倒しのように次々と崩れ落ちていった。アパートも崩壊が始まった。崩れ落ちる瞬間、ゲルダは目を閉じ、祖父に抱きしめられたまま横倒しになり、鉄骨の瓦礫の下敷きになった。


彼女は祖父の温かい腕の中で横たわっていた。まだ冷めやらぬ血液が、ゲルダを温めていた。しばらくすると、地面の温度が上がり始めた。瓦礫の下はそれほど高温ではなかったが、それでも熱を感じた。ゲルダは体を寄せ、祖父にもっと近づきたかった。


瓦礫の下は真っ暗闇で、音はほとんど聞こえなかったが、轟音と風の音がかすかに聞こえてきた。ゲルダは祖父の腕の中で眠りに落ちた。どれだけの時間が経ったのか、ゲルダは目を覚ました。彼女はまだ瓦礫の下にいた。しかし、それはもはや瓦礫と呼べるものではなかった。完全に焼け焦げた瓦礫は、わずかな隙間を残すのみだった。祖父の腕の力は弱まり、ゲルダを強く抱きしめることはなくなっていた。地面は冷え、ひんやりとしていた。


ゲルダはゆっくりと目を開けた。冷たい空気が全身を駆け巡る。祖父の体も冷たくなっていた。二人は狭い空間に閉じ込められており、体全体を動かすことはできず、手だけがわずかに動かせた。ゲルダは残った鉄骨の破片に力を込めて押すと、それは簡単に曲がり、崩れ落ちた。瓦礫は砂のように崩れ落ち、小さな出口ができた。出口からは、ゲルダと祖父に強い光が向けられていた。


光の先には、一人の女性が立っていた。彼女は光るボールのようなものを手に持っていた。体にフィットした黒いベルトとブラジャー、その下には派手なピエロの衣装を着て、背中には長いレールと大きなバッグを背負っている。


虹色のゴーグルをかけたその顔には、РПГ-67(防毒マスク)が装着されている。手には鋼鉄の糸でできたグローブをはめている。模様などは一切ない、シンプルなものだ。


女性はゲルダの顔に光を向け、次に祖父の顔に光を向けた。首元からボタンを取り出し、彼女は皮肉たっぷりの声で無線に話しかけた。


「生存者一名!応答願います」


無線からノイズが聞こえ、声が返ってきた。


「感染は確認されず!応答します」


「感染は確認されず!応答します」

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灰と碧 星詠みリ @polie

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