第36話「英雄の戦い」

「――きゃっ!」

「アメリアさん!?」


 必死で逃げ回っていたアメリアは、ステージに躓いてしまい、ゴテンッと転がってしまった。

 オーガロードはニチャァッと卑しい笑みを浮かべ、斧を振りかぶる。

 それにより、死を察したアメリアはギュッと目を閉じて、身を固めてしまった。


「アメリアさん……!」


 フェンネルはアメリアを助けようと、懸命に駆け寄る。

 しかし――彼女が辿り着くよりも早く、オーガロードは斧を振り下ろしてしまった。


「だめぇええええええ!」


 フェンネルの悲鳴が響く中――キィンッという音が響いた。

 直後、オーガロードの斧が弾き飛ばされ、オーガロード自身も体勢を崩す。


「えっ……」


 助かると思っていなかったアメリアは、ゆっくりと目を開ける。

 すると、目の前には亀の甲羅のような形をした、アメリアの倍以上ある大きな氷が彼女を守るように浮いていた。


「アメリアさん、これはアメリアさんが……!?」

「う、うぅん、違う……。私じゃない……」


 駆け寄ってきたフェンネルに対し、アメリアは戸惑いながら首を振る。

 しかし、すぐに誰がやったのかアメリアは気が付いたようで、勢いよくナギサのほうを振り返った。


 アメリアと目が合ったナギサは、優しく笑いかける。


「間に合ってよかったです……」


 ナギサの表情を見たアメリアは、無意識に大粒の涙が目に溜まる。

 そして、顔を歪め、ポロポロと泣き出してしまった。


「ナギサァ……!」

「嘘、結界の外から中に遠隔魔法を……!?」


 泣いているアメリアの横で、フェンネルは驚愕していた。

 それほどありえないことを、ナギサはやっているのだ。


「結界の外から……中に魔法を発生させるのは……通常の遠隔魔法よりも……かなり高度な技術が……求められる……。その上、結界の反発により……魔法を使用した者を……激痛が襲うはず……」


 ミャーは、気絶している教師の首根っこを掴んで引きずりながら、ナギサの傍に歩いてきた。

 彼女の言う通り、現在ナギサの全身には激しい痛みが走っている。

 だけど、そんなの知ったことではなかった。


「耐久に振っている結界なので、幸い反発もそこまでたいしたものではありません」


 ナギサはミャーに心配をかけないよう、ニコッと笑みを浮かべる。

 しかし、ミャーはハンカチを取り出し、優しくナギサの顔を撫でた。


「汗を沢山かいてるのに……よく言う……」

「あはは……」


(ミャーさんには、やせ我慢ってバレてるみたいだな……。でも、今はこうするしかないし……。それに結界の反発も厄介ではあるけど、それよりも魔法の力が弱められてるほうが厄介だ……)


 耐久に振っているとはいえ、結界は結界なのだ。

 中では多少なりとも魔法を抑える力が働いており、ナギサの魔法も弱められていた。


(外から、オーガロードを倒すのは無理か……)


 オーガロードはオーガと違い、高い再生能力を持っている。

 そのため、一撃で仕留めるか、再生が追い付かない速度の連撃で仕留めるしかないのだ。

 魔法の力を弱められ、かつ、集中力を削ぐ激痛により、ナギサには不可能だった。


 もちろん、コントロールを無視して威力重視の魔法を使えば、オーガロードを一撃で仕留められるのだが――その場合、アメリアやフェンネルも無事では済まない。

 確実なのは、結界を解除してナギサが直接戦うことだった。


 そんなことを考えていると――突然、ナギサの全身から痛みが軽減する。

 見れば、ミャーがナギサの身体に手を添えて、魔法を使っているようだった。


「ミャーさん……」

「シャーリーほどではないけど……私も、回復魔法を使えるから……。ナギサは、あの二人を助けて……」


 回復魔法は、属性魔法とはまた別で適性が必要なのだが、ミャーはその適性があったようだ。

 おかげで、みるみるうちにナギサの身体は楽になる。


「ありがとうございます……!」


 ナギサはお礼を言うと、再度結界の中へと視線を向ける。

 中では、体勢を立て直したオーガロードが、斧を拾わずに口を目一杯膨らませていた。


「まずいです、炎魔法が来ます……!」


 氷の甲羅から顔を出してオーガロードの動きを窺っていたフェンネルが、慌ててアメリアの手を引こうとする。

 焼かれる前に逃げようとしているのだろう。


 しかし――。


「大丈夫です、防げますから……! そこから動かないでください……!」


 ナギサは氷の甲羅から出ないように二人へと呼びかけた。


「氷では溶かされてしまいますよ……!?」


 フェンネルが嫌がるのも無理はない。

 常識的に考えて、氷の盾では炎魔法を防げないのだから。

 だが、ナギサには勝算があった。


「……フェンネル、大丈夫……。ここは、ナギサを信じよう……」


 ナギサの言葉を信じれなかったフェンネルに対し、意外にも待ったをかけたのはアメリアだった。

 彼女の身体はガクガクと震え、汗もダラダラと流れているので、この状況に怯えているのは間違いない。

 にもかかわらず、心だけはナギサを信じようとしているようだ。


 幼馴染の言葉により、フェンネルも覚悟を決める。


 直後――烈火のごとく燃え滾る炎が氷の甲羅を襲ったが、氷の甲羅は溶けるどころか、完全に炎を殺していた。


「凄い……でも、どうして……!?」


 氷魔法はどれだけ極めても、炎魔法には負けてしまう。

 それが一般的な考えとして沁みついているフェンネルには、この状況が理解できないようだ。


「溶かされる前に……氷を再構築すれば……氷が勝つし……威力の差によって……氷が勝つこともある……。でもこれは、そういったレベルの話……じゃない……?」


 ミャーもナギサに魔法をかけながら中の様子を観察していたようで、疑問を抱いているようだった。

 これだけ強い炎魔法を、氷魔法で防げるのか――というのが疑問なのだろう。


(ほんと、この子は勘がいいな……)


 ナギサは思わず苦笑してしまう。

 実際、ナギサが使っているのは氷魔法だけではなく、甲羅の表面に水の盾も張っているのだ。

 氷の甲羅に届く前に、水の盾が炎魔法とぶつかっているおかげでそこが相殺し、防げているだけだった。


「二人とも、オーガロードの攻撃は私が防ぎますので、結界を張っている魔道具を見つけることはできませんか!?」


 ナギサはオーガロードの攻撃を防ぎながら、二人に呼び掛ける。

 結界の中に入って戦う以外オーガロードを倒せない以上、結界を二人に解いてもらうしかないのだ。


「わ、わかった、探してみる……!」

「私も……!」


 ナギサが完全にオーガロードの攻撃を防いでみせたことで、彼女たちの信頼を勝ち取れたのだろう。

 先程とは違い、フェンネルも素直に従っている。

 何より二人とも、落ち着きが取り戻せているようだった。


「うがぁあああああ!」


 攻撃を防がれて頭に血が上ったのだろう。

 甲羅の外に出てきた二人を、オーガロードは即座に襲おうとした。


 しかし――

「私が遊んであげるよ、オーガロード……!」

 ――ナギサが複数の大型の氷柱を発生させ、オーガロードへと放った。


 オーガロードはアメリアの時にしたように、炎を吐いて氷柱を溶かそうとする。

 だが、水の衣でコーテイングされた氷柱には、炎など効かなかった。


「ぐがぁあああああ!」


 氷柱が全身に突き刺さったオーガロードは、酷い叫び声をあげたのだった。

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