第34話「結界の中で」

「――さすが、ナギサ……。おかげで、楽できた……」


 結界が張られた中で、ミャーはご機嫌そうにナギサへと話しかけてきた。

 その視線の先には、氷でカチコチとなったゴブリンがいる。

 先程、ナギサが仕留めたものだ。


(この子、本当に手伝わなかったな……)


 ミャーは、ゴブリンが召喚されてすぐにナギサから距離を取り、傍観していたのだ。

 わかっていたこととはいえ、ここまで授業を放棄するのも凄いことだと思われる。


(まぁ、だいたいみんなが魔物を倒すまでにかけていた時間と同じくらいでやったから、変に目立ってはいないと思うけど……)


 他のパーティーは皆二人組できちんと戦っていたのだが、低級魔物相手に手こずっている様子はなかった。

 そのため、一人で戦わないといけないとはいえ、ナギサが下手に手こずってしまえば逆に悪目立ちしたことだろう。

 だからこそ、皆と同じ討伐時間に合わせたのだ。


 観戦していた者たちから見れば、ナギサは少しばかり優秀な生徒、というふうに映ったことだろう。


「――ふ、ふん! まぁまぁね……!」


 ナギサとミャーが結界の外に出ると、待ち伏せするかのように仁王立ちをしているアメリアが、話しかけてきた。

 その隣では、フェンネルが仕方なさそうに笑っている。


(この子との決闘があったから、苦戦するわけにいかなかったってのもあるんだけどなぁ……)


 既にナギサの実力の片鱗を見ているアメリアの前で、ゴブリン相手に手こずった場合、彼女は手を抜いていることに気が付いただろう。

 ましてや、性格的に騒いでしまいかねない。

 そのため、余計にナギサは手こずるわけにいかなかったのだ。


 アメリアが見ていなければ、ナギサはもう少し時間をかけて倒したことだろう。


「あはは……ありがとうございます」

「褒めてないんだけど!?」


 ナギサがお礼を言うと、アメリアは驚いたようにツッコミを入れてきた。

 相変わらずだなぁ……とナギサは思ってしまう。


「アメリア、うるさい……」


 アメリアの態度が嫌だったようで、ミャーがジト目で注意をした。

 それにより、アメリアは息を呑んでしまう。

 やはり相変わらずの光景だった。


「ミャーさん、もう少し優しい言い方をしてあげたほうが……」


 アメリアの心情を知っているナギサは、可哀想になり思わずアメリアを庇ってしまう。

 すると、ミャーが不満そうにナギサの顔を見上げてきた。


「ふ~ん……ナギサ、アメリアの味方するんだ……?」


 どうやら、ナギサがアメリアの肩を持ったことが気に入らなかったらしい。

 先日はアメリアに手を出しただなんだとからかってきていたのに、アメリアと仲良くすることは面白くないようだ。


(女の子って、難しい……)


 ナギサはそう思うものの、すぐに口を開いた。


「私は、お二人の味方ですから……」

「……ナギサ……みんなに良い顔してると……待ってるのは……修羅場……」

「えっ!?」


 突然怖いことを言われ、ナギサは声を上げてしまう。

 すると、ミャーはグリグリと頭をナギサの腕へと押し付けてきた。


 ミャーの行動の意味がわからないナギサは、思わずアメリアとフェンネルを見るが――アメリアは落ち着きがなく、フェンネルは仕方なさそうに笑みを浮かべていた。


 アメリアの落ち着きがないのは、ミャーが怒っていると思っているからだろうけど、フェンネルが笑っている理由がナギサにはわからない。

 とりあえず、二人ともナギサを助けてくれそうにはなかった。


「――ピュアさん、カインドさん、順番です」


 ミャーのグリグリ攻撃に困惑していると、フェンネルとアメリアの名前が呼ばれた。

 それにより、アメリアの様子は一変し、とても偉そうな態度でナギサの顔を見上げてくる。


「見てなさい、私とフェンネルのコンビネーションを。こんなの、一瞬で終わらせてやるんだから」


 アメリアは、フェンネルと息がピッタリらしい。

 自信満々なところは却って心配になるのだが、フェンネルが付いているなら万が一も起きないだろうとナギサは考える。


「ナギサ、座る……」

「あっ、はい。そうですね」


 ミャーは、直属の部下のような二人の戦いに興味がないようで、観覧席に座りたがった。

 せっかくなら近くで見てあげればいいのに……とナギサは思うものの、逆らうことはせずに二人で観覧席の後ろのほうへと座る。

 そしてすぐに、ミャーはナギサの膝を枕にして寝転がった。


「自由すぎません!?」

「誰も、怒らない……」

(そりゃあ、お姫様は怒れないだろうけどさ!?)


 普段なら注意しそうなミリアもこの場にはいないので、ミャーは好き放題だった。


「頭、撫でていいよ……?」


 ミャーはクリクリとしたかわいらしい瞳で、上目遣いになりながらナギサの顔を見てくる。 

 それは、《撫でろ》ということだった。

 前にも撫でたことがあるナギサは、鼓動が高鳴るのを感じながら優しくミャーの頭を撫でる。


「ごろごろ……♪」


 相変わらず撫でられるのが好きなようで、ミャーは気持ちよさそうに喉を鳴らした。

 そんな甘えん坊のお姫様を甘やかしながら、ナギサは結界の中へと入ったアメリアたちに視線を向ける。


「さぁ、ゴブリンでもスライムでもかかってきなさい!」


 アメリアは凛々しい佇まいで魔物を召喚する魔道具を見つめている。

 結界の周辺では、クラスメイトたちがワクワクとしながら中を見つめていた。

 フェンネルはクラスで二番人気であり、アメリアも三番人気なので、皆注目しているのだろう。


 彼女たちの実力なら、本当に一瞬で終わることも考えられるが――。


 そんなことをナギサが考えていると、魔道具が動き出した。

 そして――身長がアメリアの二人分以上あり、角を二本生やす凶悪な顔をした、ゴツイ魔物が現れたのだった。

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る