第33話「胸騒ぎ」

「――もう、魔物を相手にするのですね……」


 ナギサはアメリアと対決した決闘場に着くと、隣を歩いていたフェンネルへと視線を向ける。


「魔物と言いましても、ゴブリンやスライムのような低級魔物を一体ずつ魔道具で召喚し、戦うだけですから危険は少ないですよ」


 ナギサが緊張すると思ったのか、フェンネルはニコッと優しい笑みを浮かべて教えてくれた。

 さすがに、入学して間もないのに魔物の巣へ乗り込むようなことはしないようだ。


 普通に魔物を召喚できる魔道具が作られていることには思うところがあるものの、許可は下りているのだろう。


「まぁ、魔物の巣にも……行くけどね……。数人のパーティーに分かれて……教師が引率するから……危険は然程ない……」

「なるほど……」


 話に入ってきたミャーに頷きながら、ナギサは(なんだかんだ言って、お嬢様方を危険にはさらせないよね……)と考える。

 

 現在ナギサの胸の中では、学園側が魔物から領地を守れる実力を付けさせることを目的にしている割には、やっていることが理に適っていないことが引っ掛かっていた。


 というのも、安全が保障された戦いや冒険では、人はあまり成長しないのだ。

 むしろ、下手に安全な環境で自信を付けてしまうと、油断や驕りを生んだり、命の危険が訪れた時に対応できなかったりするので、あまり良くないと考えている。


 しかし、王族や貴族のご令嬢を預かっている以上、万が一でも大怪我を負わせるわけにはいかないので、仕方がないということもナギサはわかっていた。

 だからこそ、なんとも言えない気持ちになった。


(貴族が戦場に出ず、冒険者に任せっきりにしてるのは正解だね……)


 とすら、ナギサは思ってしまう。


「魔物と戦うの、めんどくさい……。ナギサ、よろしくね……」

「あはは……」


 今回は二人組のペアになり、一体の魔物を倒すという感じらしい。

 そのため、ミャーはパートナーであるナギサに押し付けるつもりのようだ。


(ゴブリンとかが相手なら、本気を出さずにやれるからよかった)


 魔物の巣に飛び込むならまだしも、この決闘場で低級魔物を相手にするのなら、ナギサは魔法も剣も使わずに倒せる。

 そして、低級魔物は他のお嬢様方も倒せるはずなので、ナギサが倒してしまっても問題ないのだ。


 今回も正体を怪しまれる危険はなさそうだ、とナギサは思った。


 しかし――授業を担当する先生が現れると、ナギサは異変に気が付く。

 現れたのは、普段魔法の実技授業を受け持つミリアではなく、知らない教師だったのだ。


「ミリア先生ではないのですね? これが普通なのでしょうか?」

「いえ、教科担当の先生が体調不良や用事で休んだりしない限りは、先生が変わることはないはずですが……」


 フェンネルに尋ねてみると、彼女は戸惑いながら説明をしてくれた。

 見れば、クラスメイトたちも戸惑っているように見える。


(午前は、普通にミリア先生がいたから、無理もないか……。一応、用事で早引きした可能性もあるけど……)


 ナギサがそんなことを考えていると、教師の口からミリアは用事があるため席を外しており、代わりに自分がこの授業を担当する、という旨が説明された。

 それにより、クラスメイトたちは納得したようで、何事もなかったように雑談を始める。

 しかし、ナギサは腑に落ちていなかった。


(本当に用事があったなら、午前のうちにミリアさんから説明があるはずだけどね……。よほどの急用ってことかな……?)


「ナギサ……」


 ナギサが周りの様子を観察しながら考え込んでいると、ミャーがクイクイッとナギサの服を引っ張ってきた。


「どうなさいました?」

「耳、貸して……」


 声を掛けると、ミャーはナギサに屈むように言ってきた。

 言われた通りナギサが腰を屈めると、ミャーは耳打ちをしてくる。


「実は昼休みの間に……何者かが、学園に侵入しようとした形跡が見つかった……」

「――っ」


 信じられないことをミャーから言われ、ナギサは息を呑んでしまう。

 どうやらそれで、ミリアは席を外しているようだ。

 学園に侵入しようとする者など、あの組織しか考えられない。


(アリスちゃんのもとに行かないと……!)


 お姫様四人の中で、一番狙われる可能性が高いのは前にも狙われたアリスだ。

 だから当然、ナギサもテキトーな理由を付けてアリスのもとに向かうべきだと考える――が……。


「一応、侵入自体は……されてないらしい……。ただ念のため……ミリア先生は……アリスの護衛に付いてる……」


 既に、学園側は手を打っているようだ。

 となれば、ここで下手に動いて怪しまれることは避けたい。

 侵入されていないのであれば、ナギサはまだ自由に学園で動けるようにしておかなければならないのだから。


「それは安心ですね」


 ナギサはそう笑顔で返すが――胸の中で、ざわめきが起きていた。

 アリスが襲われた日の夜を機に、当然学園側は警備の強化を図っている。

 そのため、侵入難易度が格段に上がっていることはわかるのだが――本当に、侵入程度で組織が失敗するのだろうか、という疑念があるのだ。


 何より、失敗した痕跡を残していることが怪しい。


(アリスちゃんにミリアさんが付いてるのなら、僕はミャーさんから離れないほうがいいか……)


 クラスが違うとはいえ、シャーリーの近くにはリューヒがいる。

 今一番手薄になっているのは、教員の護衛が付いているとはいえ、ミャーだろう。

 だからこそ、ナギサは念のためミャーの護衛に付くことにした。


 やがて、授業が始まり――生徒たちは、ゴブリンやスライムなどの低級魔物に苦戦することがなく、あっさりと倒していく。

 それにより、すぐにナギサとミャーの番が回ってきた。




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【あとがき】


昨日(11/7)18時過ぎ頃に32話を公開してますので、

もしまだ読んでないよって方はそちらもよろしくお願いします!

(昔、一日三回とか更新した時に「複数話更新したら更新したって言ってほしい」

 という意見を頂いたことがあるので、念のためです!)

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