第31話「素直で素直じゃない猫」
「――んぅ……?」
ナギサが医療室に向かっていると、抱えているアメリアがゆっくりと目を開いた。
決闘場を出た際に周囲の視線がないことを確認し、ナギサが治癒魔法をかけたおかげだろう。
焦点が合っていない朧げな瞳は、ボーッとナギサの顔を見つめている。
まだ意識ははっきりとしないようだ。
「気分は悪くありませんか?」
「……えっ?」
彼女が目を覚ましたのでナギサが声をかけると、アメリアの口から戸惑いの声が漏れる。
そして、意識が覚醒し始めると、大きく瞳を揺らした。
「ななな、なんであんたに抱っこされてるの!?」
現状を認識するなり、顔を赤くしながら文句を言ってくるアメリア。
ナギサが男だということは知らないので、同級生にお姫様抱っこされている状況が恥ずかしいのだろう。
目を覚ませばパタパタと両手両足を振って暴れると思われたのだが、意外にも身体は身を固めたようにおとなしい。
「会長に、医療室へお連れするよう言われましたので」
「あっ……」
ナギサの言葉により、アメリアは自身が負けたことを思い出したのだろう。
ショックを受けたように俯いてしまった。
「私、あんたに負けたのね……」
発せられた言葉は、空気を重くするほどに元気がない。
よほど落ち込んでいるようだ。
年下の女の子を落ち込ませたことに罪悪感を抱いたナギサは、すぐに口を開く。
「いえ、あれはまぐれで避けられただけですし、魔法で闘ったわけでもありませんから勝ったとは……」
「馬鹿にしないで……!」
「――っ!?」
フォローしようとしたナギサは怒鳴られてしまい、驚いて足を止める。
「私のあれを、まぐれで躱せるはずがないでしょ……! それに、私はあなたに避けられないと思って、確実に勝つ手段を選んだつもりだった……! それで負けたのに、言い訳なんてできないわよ……!」
目の端に雫を溜めながら怒鳴るアメリアを見て、ナギサは意外に思う。
てっきり勝負に負けても負けたと認めず、むしろナギサが言ったように、まぐれだとか、油断しなければ勝てたとか言ってくると思っていたのだ。
プライドがとても高そうに見えるが、意外と素直なのかもしれない。
「そんなことは……」
「うるさいうるさい! うわあああああん、姫様たちにみっともないところ見せちゃったぁ!」
「ちょっ!? な、泣かないでください……!」
アメリアは突然大声で泣きだしたので、女の子を泣かすことに慣れていないナギサは慌ててしまう。
こんなところを誰かに見られたら、誤解を生みそうだ。
そんなナギサなんてお構いなしに、アメリアは泣き続ける。
「私のばかぁ! なんで負けちゃうのよぉ! ミャー様を見返したかったのにぃ!」
「アメリアさん……」
見返したかった――その言葉が、ナギサの胸に刺さる。
ミャーがアメリアに対して辛辣なのは、誰の目から見ても明らかだ。
そして、アメリアがミャーのことを敬っていることも、見ていて十分にわかった。
もしかしたら、ミャーに忠告されてもなおナギサに挑んできたのは、ミャーが目をかけるナギサを倒せば、自分を見てもらえると思ったのかもしれない。
(多分この子は、強がっていただけなんだろうな……)
偉そうにしたり、新参者であるナギサにマウントを取ろうとしたりしていたのは全て、自分を守るための虚勢だったんじゃないか、とナギサは考える。
そう考えれば、高圧的な態度を取る割に小心者だったり、プライドがとても高そうな割に素直なところがあったりすることにも、説明がつく。
何よりそういった、弱い自分を隠すために強く見せようとする冒険者や魔物は、今までも見てきた。
「もう駄目だよぉ! 絶対呆れられたもん! 家からも追い出されちゃうんだぁ!」
「大丈夫ですよ、落ち着いてください」
泣き喚くアメリアに対し、ナギサは優しく頭を撫でる。
それにより、目に大粒の雫を溜めたアメリアが、ナギサの顔を見た。
ナギサは優しい笑みを浮かべながら、口を開く。
「ミャーさんは、そこまで器が小さい御方ではありませんよ」
「えっ……?」
「アメリアさんが焦らずに成果を出していけば、ミャーさんは認めてくださると思います。それにこういう時は、焦ると空回りしてしまいますから、まずは落ち着くことが大切ですよ」
出会ったばかりのミャーのことを、ナギサは完全に理解しているわけではない。
しかし彼女は、実力よりも性格を重視している節がある。
午前だけを見ていても、性格が騒がしいタイプだと、ミャーは嫌っているような態度を取り、目立たないおとなしい子には、比較的優しい対応をしているところがあった。
アメリアの本当の性格が悪くてプライドの高い子ならどうしようもないが、素直に自分の負けを認められる子なら大丈夫な気がする。
この子は失敗というか好感度を取り戻すことに焦っているだけで、落ち着けばいい子なのではないかと。
「なんで、あんたがそんなこと言ってくるのよ……?」
ナギサのことを疑うようにアメリアは見てくる。
あれだけ高圧的な態度を取り、その上勝負に負けたアメリアに対し、優しい態度を見せるのが解せないのだろう。
なんでも何も、目の前で泣き喚かれて無視できるほどナギサの性格は図太くない。
ただそれ以上に、ナギサはアメリアみたいな子が放っておけなかった。
「アメリアさんが普段からとても努力されておられることは、先程の動きからわかりました。ですから、きっとミャーさんもわかってくださいますよ」
「~~~~~っ!」
ナギサがニコッと微笑みかけると、アメリアは顔を真っ赤にして言葉にならない声を上げながら、ナギサの手から飛び降りてしまう。
「ど、どうなさいました……?」
背を向けているアメリアに対し、ナギサは戸惑いながら声をかける。
すると、胸に手を当てていたらしきアメリアは、ビクッと肩を震わせた。
そして、ゆっくりとナギサのほうを振り返る。
「な、なんでもない……! あんたに言われなくても、私は頑張ってミャー様を見返してみせるんだから……!」
アメリアは顔を真っ赤にしたままそう怒鳴ると、タタタッと走り去ってしまった。
その後ろ姿を眺めながら、ナギサは――
「なんで、更に嫌われたの……?」
――アメリアがキレながら逃げたようにしか見えず、状況についていけないのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます